グロース上場がすべてじゃない。相場に振り回されない「プロマーケット経由のステップアップ上場」という選択肢
FinanScope(ファイナンスコープ)公式 note をご覧いただき、ありがとうございます。株式会社デジタルキューブ 取締役の和田拓馬です。
2026年6月16日、一時的にですが日経平均は7万円を越え、終値も6万9404円50銭と過去最高を記録、これまでにない水準にあります。AI 関連・半導体関連株の急騰が日経平均を牽引し、「AI バブル」「半導体バブル」という言葉も聞こえてくるほどです。
ところが、その一方で TOPIX の上昇は緩やかで、グロース市場に目を向けると多くの銘柄が停滞気味です。指数の大幅高の恩恵を受けているのは一部の大型株に集中しており、グロース市場での資金調達はしやすい環境とは言いにくい状況が続いています。
ちなみに、スタンダード市場では昨日6月16日、タクシー配車アプリ大手の GO(581A)が上場、公開価格比21.3%高の2910円をつけ、公開価格ベースの上場時価総額は1864億円と今年最大となりました。
こうした相場を見ていると、グロース上場企業の多くが苦しんでいる点のひとつに、早く「大衆の期待を背負う市場」に上がりすぎた、という側面もあるのかもしれないと感じています。例えるなら、高卒でプロ野球に入るのと、大卒でプロ野球に入るのとの違いでしょうか。高卒入団が悪いわけではありませんが、経験を積んでから舞台に立つ方が力を発揮しやすいケースもあるのではないでしょうか。
こうした相場を見ていると、「市場環境が整ったタイミングでグロースに上場したい」と考えている経営者もいるかもしれません。グロース市場での資金調達を主目的にするなら、株式市場の動向を意識することには一定の合理性があります。
ただ、少し立ち止まって考えてみると、「相場が整うのを待つ」という判断には、構造的な問題があります。
上場準備には2〜3年かかります。「準備が整ったタイミング」と「相場が整ったタイミング」が一致する保証はどこにもありません。準備を急いで相場に合わせようとすれば体制が追いつかず、相場を待って準備を止めれば組織が弛んでいく。「市場環境次第」という判断軸では、上場という目標に自社の経営を振り回されかねないのです。
本記事では、「相場に依存しない上場設計」という発想から、プロマーケット(TPM)経由のステップアップ上場という選択肢を考えてみます。
「相場が整ったら上場」という発想の限界
上場の意思決定において、「市場環境」を判断軸のひとつに入れること自体は間違いではありません。特に、上場時の公募増資で資金を集めることが主な目的であれば、株式市場の状況は無視できない要素です。
ただ、上場の目的が「資金調達」よりも「信用力の向上」「採用力の強化」「組織の永続性の担保」にある場合、相場の動向は本質的な判断軸にはなりません。「東京証券取引所の上場企業である」という事実が取引先・金融機関・求職者に与える効果は、株式市場の好不調とは関係なく発生するからです。
以前の記事 『利益が出ているのに TPM を選ぶ』会社の論理 でも触れましたが、目的を問い直すと「なぜ上場するか」の答えが変わり、「どの市場に・いつ上場するか」の判断も変わってきます。
加えて、グロース市場への直接上場を目指す場合、「相場が整う」以外にもクリアすべき条件が増えています。
グロース市場が求めるものが変わりつつある
東証グロース市場は、「高い成長可能性を持つ企業向けの市場」として設計されています。上場後は「事業計画及び成長可能性に関する事項」の開示が義務づけられ、ビジネスモデル・市場環境・競争優位性・成長戦略を投資家に説明し続けることが求められます。
近年、この要求水準が実質的に上がりつつあります。
2023年12月、経済産業省がグロース市場の課題として「成長が停滞する企業の増加・滞留」を指摘しました。上場後10年経過時点での時価総額40億円という維持基準に未達の企業が全体の31%に上り、上場時より時価総額が下がっている企業が全体の49%に達しているという現状への危機感が背景にあります。
これを受けて東証は上場維持基準・新規上場基準の引き上げ議論を進めており、グロース市場が求める「高い成長可能性」の事実上のハードルが上がりつつあります。東証が2026年2月に公表した資料でも、「グロース市場の上場維持基準の見直しにより、一般市場に上場する企業の規模がこれまでよりも大型化していくことが想定される」という認識が示されています。
「とりあえずグロースを目指す」という時代は終わりに近づいています。グロース市場への上場を選ぶなら、自社のビジネスモデルと成長ストーリーが「高い成長可能性がある」と説明できる水準にあることが、以前にも増して求められています。
TPM 上場が「相場に振り回されにくい」理由
TOKYO PRO Market(TPM)は、特定投資家(プロ投資家)を対象とした市場です。一般投資家が参加する一般市場と異なり、上場時の株価形成が株式市場全体の相場動向に左右されにくい構造を持っています。
また TPM には形式基準がありません。売上高・利益額・株主数などの数値要件がなく、「経営の実態として上場企業としての要件を満たしているか」という実質基準で審査されます。これは「準備が整ったタイミングで上場できる」という自由度の高さを意味します。
グロース市場への直接上場を目指す場合、形式基準を満たすタイミングと、相場が整うタイミングと、自社の準備が整うタイミングの3つが揃う必要があります。TPM への上場では、このうち「形式基準を満たすタイミング」という制約がなくなります。「経営の準備が整ったと判断したタイミングで上場できる」という点が、相場への依存度を下げる最大の要因です。
さらに、TPM 上場後の運営コストも一般市場と比べて低く抑えられます。四半期決算や J-SOX 対応が任意であること、開示要件が限定的であることから、上場後の管理負荷が相対的に小さい。「上場するために経営リソースを過剰に消耗しない」という点も、中小企業にとって重要な要素です。
プロマーケット経由のステップアップという設計
「TPM を経由して一般市場へ」というルートについては、以前の記事 ステップアップ上場を選んだ企業は、どんなことを考えていたのか で詳しく取り上げました。17社のデータから見えてきた中央値は「2年1か月・2.0倍」。TPM 上場から一般市場への移行で時価総額が平均2倍に成長しています。
ここでは、グロースへの直接上場と比べたときの「TPM 経由」の固有のメリットを整理します。
準備の段差を分散できる
グロースへの直接上場を目指すと、「形式基準を満たすレベルの体制整備」と「成長ストーリーの構築」と「実際の上場手続き」を、ほぼ同時に進める必要があります。これを2〜3年で一気にやりきるのは、管理部門が手薄な中小企業にとって相当な負荷です。
TPM 経由であれば、「まず TPM 水準の体制を整えて上場し、上場後に一般市場水準へとレベルアップする」という段階設計が可能です。体制整備の負荷を時間的に分散できます。
信用力向上を先取りできる
グロースへの上場を待っている間は「非上場企業」のままです。TPM に先に上場することで、「東京証券取引所の上場企業」という信用が前倒しで得られます。採用競争力の向上・取引先との関係強化・金融機関との交渉改善といった効果を、グロース上場を待たずに享受できます。
一般市場審査が効率化される見通し
東証は2026年秋以降の施策として、「TPM 上場企業としての実績を勘案した一般市場審査の効率化」を検討しています。TPM での開示・ガバナンスの実績が一般市場審査に正式に反映されるようになれば、TPM を経由することで審査期間の短縮が期待できます。つまり「TPM で積み上げた実績が、グロース審査で評価される」という構造が整いつつあります。
ステップアップ先は東証グロースだけではない
前述の「ステップアップを選んだ企業」記事でも紹介しましたが、TPM からのステップアップ先の過半数は東証ではなく、名古屋・福岡・札幌といった地方市場です。地域密着型のビジネスを営む企業にとって、地元の証券取引所への上場は採用・取引先との関係強化に直接効いてくる選択肢です。「TPM 経由のステップアップ=東証グロース」という前提を外すと、自社に合ったルートの幅が広がります。
どんな会社に向いているか
「グロースへの直接上場より、TPM 経由が合理的」と感じるケースを整理します。
ケース① 利益は出ているが、成長ストーリーの説明が難しい
グロース市場は「高い成長可能性」を強調できることが重要です。安定した利益を出しているが、急成長型のストーリーが描きにくい業種・ビジネスモデルの企業にとって、グロースの審査ハードルは高くなりやすい。信用力・採用力の向上という目的であれば、TPM で十分に達成できます。この点は 『利益が出ているのに TPM を選ぶ』会社の論理 で詳しく論じていますので、あわせてご覧ください。
ケース② 地方に本社があり、地元市場への上場が事業戦略に合う
東京の一般市場への上場よりも、地元・九州や名古屋の市場への上場が採用・信用という観点で効果的なケースがあります。「TPM → 地方市場ステップアップ」というルートは、地方企業の成長戦略として非常に合理的です。
ケース③ 管理部門が手薄で、体制整備に時間が必要
CFO・管理部長クラスの人材がまだいない、規程類の整備が途上、月次決算の精度が不十分——こうした状況でグロースへの直接上場を急ぐのは無理があります。「TPM 水準の体制を整えてから上場し、上場後に一般市場水準へ引き上げる」という段階設計の方が、組織への負荷が小さく、確実性が高まります。
ケース④ 上場のメリットを早く実感したい
グロースへの直接上場の準備に3〜5年かかるとすると、その間はずっと「上場の効果がない非上場企業」です。TPM であれば準備期間が2年程度に短縮でき、上場の効果(採用力向上・信用力向上・組織の引き締め)を早期に享受できます。先に上場して組織を整えながら、次のステップへ進むという発想です。
もちろん、グロースへの直接上場が正解である企業も存在します。VC から出資を受けており投資家へのリターンが必要な企業、資金調達額の最大化が最優先の企業、成長ストーリーが明確でグロースの審査水準を満たせる企業 ── こうした条件が揃う場合は、グロースを直接目指す方が合理的です。
重要なのは「なぜ上場するのか」という問いへの答えを起点に、「どの市場に・いつ・どのルートで」を設計することです。相場や外部環境を入口にするのではなく、自社の経営計画と目的を起点に設計する。その選択肢のひとつとして、TPM 経由のステップアップ上場があります。
まとめ
「相場が整ったら上場」という発想は、グロース市場が求める水準の高まりと、上場準備の長期性を考えると、現実的な判断軸になりにくくなっています。TPM 上場は相場依存度が低く、経営の準備が整ったタイミングで上場できる柔軟性を持ちます。「TPM で先に上場して信用力を獲得し、体制を整えてから一般市場へ」というステップアップ設計は、特に管理体制が途上・地方企業・安定収益型企業にとって合理的な選択肢です。
なお、TPM を「通過点」ではなく「目的地」として活用する論点については「『利益が出ているのに TPM を選ぶ』会社の論理」を、実際にステップアップを選んだ企業の事例とデータについては「ステップアップ上場を選んだ企業は、どんなことを考えていたのか」をあわせてご覧いただけると、より立体的に理解していただけると思います。
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