ステップアップ上場を選んだ企業は、どんなことを考えていたのか
FinanScope(ファイナンスコープ)公式 note をご覧いただき、ありがとうございます。株式会社デジタルキューブ 取締役の和田拓馬です。
「TPM は通過点」という言葉を、上場関連の文脈でよく耳にします。TOKYO PRO Market(以下、TPM)に上場してから一般市場へ移行することを、一種のルートとして語る表現です。ただ、この言葉には注意が必要だと感じています。
東証は2026年2月、TPM を「一般市場上場とその後の成長を目指す企業が集う市場」として位置づけ直しました。
【参考】プロマーケットの今後の方向性について(PDF)2026年2月18日 東京証券取引所 上場推進部
多様な目的を持つ企業の受け皿として活用されることを明示した形です。以前の記事『利益が出ているのに TPM を選ぶ会社の論理』でも触れましたが、ステップアップは TPM 活用のひとつの形ではあっても、すべての企業に求められる「正解」ではありません。
では、実際にステップアップを選んだ企業は、どんなことを考えて動いていたのでしょうか。先述の資料で公開された17社の事例データをもとに、読み解いていきます。
「通過点」という表現の意図を解く
TPM の特徴のひとつに「形式基準がない」ことがあります。売上高・利益額・株主数などの数値要件が存在しないため、規模を問わず実質基準を満たせれば上場できます。この柔軟さが「まず TPM に上場して体制を整え、次に一般市場へ」という発想を生み、「通過点」というイメージにつながってきました。実際に2025年末時点で17社が TPM から一般市場へのステップアップを果たしています。
これまでTPM に上場した企業総数の216社のうち、ステップアップを果たしたのは約8%です。残りの90%超は TPM に引き続き上場またはM&AによるExit,上場廃止を選択しています。
東証の資料でも、TPM に期待する活用像として「知名度・信用力の向上」「社内体制整備の段階的な実現」「M&A・資本提携の相手探し」など多様な目的が列挙されています。ステップアップはその選択肢のひとつに過ぎず、「TPM に上場したからいずれ一般市場へ」という義務はありません。
この前提を置いた上で、あえてステップアップを選んだ17社の判断を見ていきます。

17社が示すこと ── 数字の全体像
東証資料によれば、TPM から一般市場へステップアップした17社(2025年末時点)の主な数字は以下のとおりです。
ステップアップまでの期間:中央値2年1か月(最短9か月〜最長7年4か月)
TPM 上場時の時価総額:中央値11億円
一般市場上場時の時価総額:中央値20億円
時価総額の成長率:中央値2.0倍
「中央値2年1か月で2.0倍」という数字だけを切り取ると、「TPM に2年いれば時価総額が2倍になって一般市場へ行ける」という印象を持つかもしれません。ただ、実態は各社様々ですし、ステップアップを果たした企業のデータ(≒生存者バイアス)という点も留意が必要です。
まず期間のばらつきが非常に大きい。最短9か月から最長7年4か月まで、約10倍の開きがあります。「2年1か月」はあくまで中央値であり、個社ごとに大きく異なります。
時価総額の成長率も同様です。最低は0.7倍(QLS ホールディングス社)、最高は8.1倍(AIAI グループ社)と、10倍以上の開きがあります。最新事例の AlbaLink 社 は2年間で6.9倍(21億円→144億円)という顕著な成長を示しています。一方で、TPM 上場時より時価総額が下がった状態でステップアップした企業も存在します。
「TPM でステップアップすれば成功する」という保証はなく、事業の成長と準備の質が問われることに変わりはありません。数字はそのことを正直に示しています。
最短・最長・2段階 ── 3つの事例で読む「ステップアップの形」
データのばらつきの背景には、各社の異なる戦略と文脈があります。3社の事例を通じて、「ステップアップを選んだ企業が何を考えていたか」を読み解きます。
株式会社 Geolocation Technology ── 9か月で移行した「最短」の事例
静岡県三島市に本社を置く Geolocation Technology 社は、2020年12月に TPM へ上場後、わずか9か月後の2021年9月に福岡証券取引所 Q-Board へステップアップしました。時価総額は TPM 上場時の3億円から、Q-Board 上場時に23億円と7.7倍に成長しています。
9か月という短さは、「TPM 上場後に急いで準備した」のではなく、「TPM 上場前から一般市場への上場準備を並行して進めていた」結果だと考えられます。TPM を「最初のゴール」としてではなく、最初から「中間地点」として設計した戦略です。
資本政策や株主構成の設計を一般市場の形式基準を意識して行い、体制整備も一般市場水準で進めていたからこそ、TPM 上場後すぐに次のステップへ移れたのではないかと思います。
株式会社パパネッツ ── 7年4か月をかけた「最長」の事例
埼玉県越谷市に本社を置くパパネッツ社は、2017年10月の TPM 上場から、福岡証券取引所 Q-Board へのステップアップまでに7年4か月を要しました。
7年という長さは、「準備が遅れた」というより、「市場環境の変化や事業の成長ペースに合わせた結果」だったと見るのが自然です。長期化した理由は個社によって異なりますが、このデータが示すのは「ステップアップに最低2年かければいい」という話ではなく、「自社の準備が整い、市場環境が整ったタイミングで動く」という判断が必要だということです。
また、パパネッツ社が選んだ移行先が「東証」ではなく「福岡証券取引所 Q-Board」という点も注目です。九州への展開を重要拠点として位置づけていた同社にとって、地域市場への上場は事業戦略とも一致した選択でした。
株式会社ニッソウ ── TPM→名証→東証グロースという「2段階」の事例
愛知県名古屋市に本社を置くニッソウ社は、2018年2月の TPM 上場後、2020年3月に名古屋証券取引所セントレックス市場(現ネクスト市場)へ移行し、さらに2022年7月に東証グロース市場へ上場しています。
2段階のステップアップは、一見遠回りに見えます。ただ、この経路には合理性があります。TPM から直接東証グロースを目指すと、準備の負荷が一度に集中します。地方市場を中間ステップとして挟むことで、体制整備と株主基盤の拡大を段階的に進められるのです。最終的な目標が東証グロースやスタンダードであっても、地方市場を経由することで準備の負荷を分散し、確実性を高める選択として、2段階のルートは有効な戦略です。

地方市場を選んだ企業の論理
ステップアップした17社の移行先を見ると、東証(グロース・スタンダード)が7社に対して、名古屋証券取引所・福岡証券取引所・札幌証券取引所など地方市場が10社と、過半数を地方市場が占めています。
「ステップアップ=東証グロース」というイメージを持つ方も多いですが、実態は地方市場の方が多いのです。
株式会社ジェイ・イー・ティ ── 中国地方企業が東証スタンダードへ
岡山県に本社を置くジェイ・イー・ティ社は、半導体洗浄装置を手がける企業です。2021年3月に TPM へ上場後、2023年9月に東証スタンダードへのステップアップを果たしています。TPM 上場時の時価総額111億円は、スタンダード上場時に182億円と約1.6倍に成長しました。
地方企業でありながら東証を選んだ背景には、半導体関連産業という業種特性があります。顧客が国内外の大手半導体メーカーであり、全国・グローバルの投資家に届く東証の認知度が必要だったと考えられます。「誰に届けたいか」という問いへの答えが、市場選択に直結した事例です。
株式会社バルコス ── 鳥取から名古屋証券取引所ネクスト市場へ
鳥取県倉吉市に本社を置くバルコス社は、ハンドバッグメーカーです。2020年10月に TPM へ上場後、2025年2月に名古屋証券取引所ネクスト市場へステップアップしました。
東証の規模感は自社にとって過剰ではないかという現実的な判断も、地方市場選択の背景にあることが多いと感じています。
株式会社フロンティア ── 山口から福岡証券取引所 Q-Board へ
山口県周南市に本社を置いていたフロンティアは、2018年に TPM へ上場後、2019年に本社を福岡へ移転し、その後2021年に福岡証券取引所 Q-Board へ移行しています。本社移転と市場移行の両方を経て九州経済圏に軸足を置いた事例であり、単なる「ステップアップ」ではなく、事業の重心そのものを移す過程として上場市場の変更があったと読み取れます。
これら3社の事例から言えるのは、「ステップアップ先は、自社の事業地盤と投資家層のターゲットによって決まる」ということです。全国の投資家や機関投資家にリーチする必要があれば東証、地域密着の事業基盤や個人投資家を中心とするなら地元市場という判断は、どちらも合理的です。
ステップアップを選ぶなら、TPM 段階から準備すべきこと
ステップアップを最初から意図して TPM を活用する場合、TPM 上場の準備段階から意識しておくべきことがあります。デジタルキューブの上場準備を経験した立場から、3つの軸を整理します。
軸① 体制整備は「一般市場水準」を見据えて設計する
TPM は形式基準がなく、J-SOX 対応や四半期決算も任意ですが、適時開示や株主総会対応については上場企業としての対応が求められます。ステップアップを見据えるなら、規程類・開示体制・株主対応を「一般市場でも通用するレベル」を意識しながら進めていくことを推奨します。
東証資料でも、TPM 上場経験者の声として「業績面では一般市場に直接上場することも可能だったが、社内の管理体制を段階的に整備するため、まず TPM に上場した。TPM 上場の効果で優秀な管理系人材を採用でき、一般市場に向けた対応も着実に進められているので、ステップを踏む形にして良かった」という内容が紹介されています。体制整備の期間として TPM を戦略的に活用した事例です。
軸② 成長ストーリーを早期に言語化する
東証グロース市場では「事業計画及び成長可能性に関する事項」の開示が求められます。TPM 段階でも、このフォーマットを参考にして成長ストーリーを言語化しておくと、ステップアップ準備の大幅な前倒しになります。
ビジネスモデル・市場環境・競争優位性・中長期的な成長目標の4点を整理した文書を、TPM 上場後できるだけ早い段階から作成・更新し続けることが重要です。「なぜこの会社が成長できるのか」というロジックを、自分たちの言葉で説明できるかどうかが、一般市場での評価を左右します。
軸③ 資本政策を形式基準から逆算して設計する
一般市場への上場には形式基準があります。東証グロース市場の場合、上場時に150人以上の株主、流通株式比率25%以上、流通株式時価総額5億円以上などが求められます(2026年5月時点)。これらの基準は、TPM 上場時点から逆算した株主設計をしておかないと、後から変えることが難しくなります。
特に株主数の拡大は時間がかかります。TPM 段階での第三者割当増資やストックオプションの活用を通じて、段階的に株主を増やしていく設計を、TPM 上場前から考えておく必要があります。
なお、東証の2026年秋以降の新施策として「TPM 上場企業としての実績を勘案した一般市場審査の効率化」が検討されています。TPM での開示・ガバナンスの実績が一般市場審査に正式に考慮されるようになれば、審査期間の短縮が期待できます。ステップアップを見据えて TPM 段階から質の高い開示・体制整備を続けることの意義が、制度的にも担保されつつあります。
最後に補足しておきます。ここまで「ステップアップを選ぶなら」という前提で話を進めてきましたが、TPM にとどまることが合理的な選択である企業は多く存在します。信用力・採用力の向上という目的が達成されており、追加コストと開示負担を負ってまで一般市場へ移行する理由が見当たらない企業には、TPM を継続して活用し続けることが最善の判断になりえます。
「ステップアップするかどうか」は、自社が「なぜ上場するのか」という問いへの答えによって決まります。その答えを起点に判断することが、市場選択の本質だと考えています。
まとめ
ステップアップを選んだ17社のデータは、中央値として「2年1か月・2.0倍」を示しつつ、9か月から7年4か月という大きなばらつきを持っています。最短事例の Geolocation Technology 社は TPM 上場前から一般市場を見据えた準備を並行させ、2段階のニッソウ社は段階的に体制と株主基盤を整えました。また、ステップアップ先の過半数は東証ではなく地方市場であり、「ステップアップ=東証グロース」という固定観念は実態と合っていません。
TPM はステップアップのための市場ではなく、多様な目的に応えられる市場です。ステップアップは選択肢のひとつ。その選択をするかどうかも、「なぜ上場するのか」という問いへの答えから始まります。
この記事が参考になりましたら、ぜひ「スキ」と「フォロー」をお願いいたします。FinanScope の公式 X アカウント(@FinanScope_pr)では、IPO 準備や財務戦略に関する最新情報、セミナー開催のお知らせなどを発信しています。こちらもぜひフォローください。
本記事において、株式会社 Geolocation Technology の本社所在地を「岡山県」と記載しておりましたが、正しくは「静岡県三島市」です。誤った情報を掲載してしまったことをお詫び申し上げます。
