【TPM 活用の新潮流】「利益が出ているのに TPM を選ぶ」会社の論理
FinanScope(ファイナンスコープ)公式 note をご覧いただき、ありがとうございます。株式会社デジタルキューブ 取締役の和田拓馬です。
先日、東京・赤坂で開催したバックオフィス Meetup に登壇いただいた船井総合研究所 IPO 支援室の宮井さんが、こんな話をしてくれました。
「経常利益が約4億円あり、スタンダード市場への上場も十分視野に入る規模感の会社が、あえて TPM を選択しました」
紹介されたのは、2026年3月25日に TPM と FPM へ同時上場した株式会社田村ビルズグループです。明治12年創業の老舗企業で、建築・不動産と環境リサイクルの2事業を展開しています。売上高は約77億円。確かに、数字だけ見ればスタンダード市場の審査基準を満たせる水準にあります。
「利益が出ているのになぜ TPM なのか」。この問いに対する答えが、今の TPM を理解する上で非常に重要だと感じています。
本記事では、TPM の役割が変わりつつある背景を整理しながら、「利益があっても TPM を選ぶ」という経営判断の論理を解説します。
「上場しやすい市場」というイメージが変わりつつある
TPM に対するイメージとして、「形式基準がなくて上場しやすい市場」「まだ規模が小さい企業や、利益が出ていない企業のための市場」という見方は、今もある程度残っています。私自身、5年前に TPM を初めて調べたとき、そういう印象を受けた記憶があります。
確かに事実として、形式基準(株主数・流通株式比率・利益額など)がないことが TPM 最大の特徴であり、それが上場の間口を広げてきたのは間違いありません。2024年に50社、2025年に46社が新規上場し、累計220社超が上場している市場においても、規模が小さな企業、利益がまだ出ていない企業が TPM という市場を選ぶことに大きな意義があります。
ただ最近、そこに別の層が加わりつつある、と感じています。
利益が十分ある企業。一般市場の基準を満たせる企業。それでも TPM を選ぶ企業が増えてきています。これは「上場しやすいから」という理由ではなく、「TPM が自社の目的に合っているから」という選択です。
両者の違いは大きい。TPM が「次善策」から「戦略的な選択肢」へと変わってきたことを、田村ビルズグループ社のような事例が体現しています。
東証が TPM の位置づけを変えた ── 『次善の市場』から『目的で選ぶ市場』へ
この変化を後押ししているのが、東証自身の方針転換です。
2026年2月、東証上場推進部は「プロマーケットの今後の方向性について」と題した資料を公表しました。資料の中では、TPM を「一般市場上場とその後の成長を目指す企業が集う市場」として位置づけ、多様なニーズを持つ企業の受け皿として広く受け入れていく方針が示されています。
これは大きな変化だと感じています。従来の TPM は「形式基準を満たせない企業向けの市場」という位置づけが強く、「グロース市場に入れない会社が行く場所」というイメージが業界にもありました。ところが東証は今、上場企業が「なぜ TPM に上場するのか、どのように活用したいのか」を明示・開示することを求める方針も合わせて打ち出しており、各社が目的を持って TPM を使う市場としての色合いが強まっています。
背景にあるのは、グロース市場を取り巻く環境変化です。上場維持基準の見直しにより、事実上、一般市場上場の規模要件が大型化しつつあります。「とりあえずグロースを目指す」という時代は終わりに近づいており、一般市場を目指すにしても、より大きな規模になるまでの「準備の場」が必要になってきています。
東証の資料では、TPM に期待される役割として、以下のような企業の受け皿が列挙されています。
知名度・信用力向上を通じて企業規模・業績を拡大したい企業
社内体制整備に向けた段階的なステップとして活用したい企業
プロ投資家から成長資金を獲得する場として活用したい企業
M&A・資本提携の相手となる事業会社を探したい企業
「基準に達していないから TPM」ではなく、「こういう目的があるから TPM」という語り方に変わっています。実態の変化と、東証の言葉の変化が、同じ方向を向いてきたといえます。
なぜ利益があっても TPM を選ぶのか ── 4つの論理
では、具体的にどのような理由で利益のある企業が TPM を選ぶのでしょうか。事例を分析すると、大きく4つの論理が見えてきます。
論理① 「何のための上場か」を問い直すと、TPM で十分だとわかる
上場には資金調達・信用力向上・採用力強化・事業承継など、複数の目的があります。このうち「資金調達のために多くの一般投資家に株を買ってもらいたい」という目的がある企業には、流動性の高い一般市場が適しています。ただ、経営者の本音として、多くの場合、目的は「信用力の向上」「採用力の強化」「会社の永続性の担保」です。
これらの目的は、実は TPM でも十分に達成できます。「東京証券取引所の上場企業」であることは、一般市場と TPM で変わりません。取引先や金融機関の反応も、大きくは変わらないというのが、上場した企業の方々から聞く実感です。
むしろ、一般市場上場には上場維持コストが年間4,000万円~6,000万円かかり、四半期開示の負担もあります。「信用力向上」という目的のために、必要以上のコストと開示負担を負う必要があるかどうか、冷静に判断する経営者が増えているのだと思います。
論理② 組織の整備を「段階的に」進めたい
利益が出ていても、内部管理体制はまだ発展途上という企業は少なくありません。月次決算の精度、規程類の整備、ガバナンス体制の構築 ── これらを「一気にスタンダード水準まで仕上げる」のではなく、TPM 上場という目標を置きながら段階的に積み上げたい、という判断があります。
東証資料にも、TPM 上場経験者の声として次のような内容が紹介されています。「業績面では一般市場に直接上場することも可能だったが、社内の管理体制を段階的に整備するため、まず TPM に上場した。上場効果で優秀な管理系人材を採用でき、一般市場に向けた対応も着実に進められているので、ステップを踏む形にして良かった」。
利益は出ている。しかし組織がついていっていない。こうした企業にとって、TPM は「背伸びをしない上場」ではなく「着実な上場」という選択です。
論理③ 地域での信用を、全国の市場ではなく地元の市場で得たい
田村ビルズグループ社が TPM と同時に FPM(Fukuoka PRO Market)も選んだことは、前回の記事でも触れました。山口・九州エリアに事業拠点を持つ同社にとって、地元の証券取引所への上場は、「全国区の信用」に加えて「地元密着の求心力」を得るための選択でもあります。
スタンダード市場に上場しても、山口の取引先や求職者に「東証スタンダードの上場企業」というシグナルが届くまでには時間がかかります。一方、地元に根ざした FPM への上場は、地域内での認知度向上に直結します。「どの市場に上場するか」ではなく「誰に届けたいか」という問いへの答えが、TPM・FPM という選択につながっています。
論理④ 株主構成と経営の自由度を守りたい
スタンダード市場やグロース市場では、流通株式比率の要件があります(スタンダードでは25%以上)。つまり、一般市場に上場すると、一定程度の株式を市場に流通させる必要が生じます。
TPM には流通株式比率の形式基準がないため、創業者が実質100%株式を保有したまま上場することも可能です。外部株主の介入を最小化しながら上場のメリットを享受したい、という経営者にとって、TPM の柔軟性は大きな魅力です。
特に、一般市場へのステップアップを将来の選択肢として持ちつつ、今は経営の機動性を保ちたいという段階の企業には、TPM 上場は「時間を買う」という側面もあります。
具体的な事例で読み解く
田村ビルズグループ ── 140年の信頼を、現代の物差しで測り直す
山口県山口市に本社を置く田村ビルズグループ社は、法人設立は2014年ですが、事業の源流は1879年(明治12年)の創業に遡ります。売上高約77億円、従業員261名(グループ全体)。冒頭で触れたとおり、スタンダード市場への上場も視野に入る規模感ながら、TPM と FPM への同時上場を選びました。
長年にわたって地域で積み上げてきた信頼を「現代の物差し」(つまり上場企業としての情報開示とガバナンス)で可視化することが、老舗企業としての次の段階だったのではないかと感じます。140年分の信頼を引き継ぐには、創業者の人格や属人的な関係だけでなく、組織としての透明性が必要です。TPM 上場はその手段として、スタンダード市場よりも「今の自分たちに合った形」だったのかもしれません。
テクノクリエイティブ ── 売上60億円・従業員1,000名超でも FPM を選んだ理由
熊本県熊本市に本社を置くテクノクリエイティブは、売上高約58億円、従業員1,143名という規模で、2025年7月に FPM へ上場しました。
総合エンジニアリング企業として、TSMC 進出後の熊本における半導体関連産業の成長を直接的に享受できる立場にある同社が、一般市場ではなく FPM を選んだことは象徴的です。九州・熊本でのプレゼンスを高め、技術者の採用競争を優位に進めることが、上場の主目的と見られます。
規模の大きな企業が地方のプロ市場を選ぶという事例は、「TPM・FPM は小規模企業のための市場」というイメージを大きく塗り替えます。
「規模が出てきたら、TPM にいる理由はなくなる」は本当か
「グロース市場に上場できる規模になれば、TPM にとどまる理由はなくなる」と思われるかもしれません。確かに、ステップアップを目指す企業にとって TPM が「通過点」であることは事実です。ただ、すべての企業にとってそれが正解かというと、必ずしもそうではないと感じています。
信用力向上と採用力強化という目的がすでに達成されている企業が、追加コストと開示負担を負ってまで移行する理由は、実は自明ではありません。ステップアップが有効な場合もあれば、TPM にとどまる合理性がある場合もあります。
TPM を「通過点」として使う発想
ここまで「TPM にとどまる論理」を主に論じてきましたが、バランスを取るために補足します。
東証資料が示したデータでは、TPM から一般市場へステップアップした企業は17社(2025年末時点)。ステップアップまでの期間の中央値は2年1か月で、時価総額は TPM 上場時から一般市場上場時に平均2.0倍に成長しています。
「最初から一般市場を見据えて TPM を活用する」という戦略は、十分に合理的です。TPM 段階で管理体制を固め、開示の経験を積み、成長ストーリーを磨いた上で一般市場に移行する。このルートを採った企業の多くが、時価総額を大きく伸ばしています。
利益がある企業にとって TPM が「戦略的な通過点」になりうる、という発想は、東証自身も積極的に後押ししています。2026年秋以降には、TPM での実績を考慮した一般市場審査の効率化も予定されており、「TPM での積み上げがステップアップ時に評価される」という構造が整いつつあります。
重要なのは、「最初からステップアップを前提に選ぶ TPM」と「当面は目的地として選ぶ TPM」の両方が、いまや正当な選択として存在している、ということです。いずれも「消極的な次善策」ではありません。
「どの市場に上場するか」より「なぜ上場するか」
ここまで読んでいただくと、「結局どちらが正解なのか」という問いが浮かぶかもしれません。
答えは単純で、「なぜ上場するか」という問いへの答えによって、正解は変わります。
資金調達のために多くの投資家の資金を集めたいなら、流動性の高い一般市場が適しています。信用力・採用力の向上が主目的で、経営の自由度も保ちたいなら、TPM が合理的な選択になりえます。地域での求心力を高めたいなら、FPM のような地元市場との組み合わせも有効です。一般市場を将来的に見据えつつ、今は管理体制を固めたいなら、TPM を「通過点」として使う戦略があります。
「利益があるから一般市場」「利益がないから TPM」という二項対立は、もはや実態に合っていません。田村ビルズグループ社やテクノクリエイティブ社のような事例が示すのは、上場市場の選択が「規模に応じた振り分け」から「目的に応じた戦略的選択」へと変化しているという事実です。
上場市場の選択は、会社のフェーズ・目的・地域性・資本政策など、様々な要素を組み合わせて判断するものです。「利益が出ているから一般市場」でも「上場しやすいから TPM」でもなく、「なぜ上場するか」という問いへの答えを起点に選ぶこと。それが、これからの上場市場の選び方ではないかと感じています。
まとめ
「利益があっても TPM を選ぶ」という判断の背景には
①資金調達以外の目的では TPM で十分
②組織整備を段階的に進めたい
③地域での信用を地元市場で得たい
④株主構成と経営の自由度を守りたい
という4つの論理があります。
東証自身が TPM を「各社のニーズを広く受け入れる市場」として位置づけ直した今、「TPM は次善の市場」というイメージはもはや実態を反映していないと感じています。利益規模で上場市場を決める時代から、経営目的で上場市場を選ぶ時代へ。田村ビルズグループやテクノクリエイティブの事例は、そうした変化の最前線にあります。
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