森枝卓士(1955.4.7- )『食べているのは生きものだ』福音館書店 2014年11月刊 40ページ Booker Ervin (1930.10.31-1970.7.31) "Stella by Starlight" (1963.12.3) 日記 2016年5月13日 いつかわれ苔のたもとに露おきて知らぬ山路の月を見るべき 新古今和歌集 1664
日記
2016年5月13日
午前0時35分起床
室温19.1度 湿度62%
体重50.3kg BMI 18.7
懸垂5回
61歳4か月
豚汁
鶏腿肉ソテー 玉ネギ レタス
鶏胸肉蒸し焼き
ポリンキー(コイケヤ 特辛めんたい味)
Booker Ervin (1930.10.31-1970.7.31)
"Stella by Starlight" (1963.12.3)
https://www.youtube.com/watch?v=7aJn6gjoYHc
The Freedom Book (1964)
https://en.wikipedia.org/wiki/The_Freedom_Book
https://www.discogs.com/ja/release/10306904
Booker Ervin - tenor saxophone
Jaki Byard - piano
Richard Davis - bass
Alan Dawson - drums
https://en.wikipedia.org/wiki/Booker_Ervin
ブッカー・アーヴィンという
テナー・サクソフォーン奏者の名前は、
チャールズ・ミンガス(1922-1979)や
エリック・ドルフィ(1928-1964)
との共演者として、
ジャズを聴き始めた高校生の頃(1970-72)から
知っていましたが、アルバムを買ったことはありません。
2004年11月うつ病発症休職以降に
福岡市総合図書館から借りた、この演奏を含む
様々なミュージシャンとの
共演CDからの演奏42曲
Charles Mingus Mingus Ah Um (1959.5.9)
~
The Space Book (1964.10.2)
を、パソコンの
ウィンドウズメディアプレイヤーに収納して聴いてきました。

いつかわれ苔のたもとに露おきて知らぬ山路(ぢ)の月を見るべき
家隆朝臣
西行法師、百首歌勧(すす)めてよませ侍りけるに
新古今和歌集 巻第十七 雑歌中 1664
「いつになれば私は苔ならぬ、片敷く苔の袂に露を置きつつ、
知らぬ山路の月を仰ぐ境涯に入ることができるのであろう。」
『新日本古典文学大系 11』岩波書店 1992.1 p.485
壬二集[家隆の家集]「山家の心を」。
百首歌 西行勧進の二見浦百首。文治二年(1186)頃か。
苔のたもと 「苔の衣」[法衣]に同じであるが、袂(袖)を片敷いて
独り臥すイメージが働く。
苔・露・山路は縁語。
「山家」に寄せる。
藤原家隆
(ふじわらのいえたか(かりゅう)1158-1237)
和歌所寄人。新古今集撰者。
千載集初出。
新勅撰集最多入集歌人。
勅撰入集計二百八十四首。
隠岐での後鳥羽院による
『時代不同歌合』では小野小町と番えられている。
小倉百人一首 98
「風そよぐならの小川の夕ぐれはみそぎぞ夏のしるしなりける」
http://www.asahi-net.or.jp/~sg2h-ymst/yamatouta/sennin/ietaka_t.html
https://ja.wikipedia.org/wiki/藤原家隆_(従二位)
藤原家隆の百人一首歌以外については、
明治大学文学部を卒業する直前、
1978年早春頃に、
丸谷才一(1925.8.27-2012.10.13)
『梨のつぶて』
晶文社 1966.10
https://note.com/fe1955/n/n49dc2860af81
を読むまで何も知りませんでした。
「藤原家隆は『新古今集』の五人の選者の一人である。
藤原定家が単独で撰んだ『新勅撰集』には、
家隆の歌が最も多く、四十三首撰入している。
このことでも判るように、晩年、
定家は家隆を非常に尊敬していた。
そしてのちに千利久[ママ]は、
家隆の、一首に茶道の奥義を見出だした。」
「家隆伝説」
『風景』1965年10月号
『梨のつぶて』
p.104
2013年の立春、
2月4日から毎日一首づつ投稿し始めた
新古今和歌集の通読(つぶやき)が
四年かかって終わりました。
https://bookmeter.com/mutters/153791951
https://bookmeter.com/mutters/153744722
全二十巻
春夏秋冬賀哀傷離別羈旅恋雑神祇釈教
1978首
明日から再読
2017.3.26



森枝卓士(1955.4.7- )
『食べているのは生きものだ』
福音館書店 2014年11月刊
40ページ
福岡市総合図書館蔵書
2016年5月13日読了
https://www.fukuinkan.co.jp/book?id=1657
https://www.amazon.co.jp/dp/483408129X
「昔の人は、自分たちがつかまえた動物を食べ、
集めてきた木の実や果物、そして穀物を食べて
いました。そういった暮らしの中では、食べて
いるものが生きものであり、それらの命を
いただいて私たちが生きているということを、
人々は当たり前のように感じていたことでしょう。
社会の分業化が進み、効率のよい暮らしになった現代。
でもその分だけ身近でない仕事は見えにくくなりました。
そして、食べることについても、加工食品が氾濫し、
食べものを買うのが当たり前の今、自分が何を食べて
いるのかが分かりにくくなり、「生きものの命を
いただいている」という実感が薄くなっています。
そんな今だからこそ、私たちの生きる力は、
私たちの血となり肉となった、たくさんの命に
支えられているということを、
あらためて振り返ってみたいと思います。
出版社からのコメント
「4本足の鶏を描く子ども」や
「開けると菓子パンが1個入っている弁当」
といった、現在の子どもを取り巻く“食”や、
自分の日頃の食事を振り返ったときに、
どこか無機的で荒涼としたものをぼんやりと
感じていた編集担当は、あるとき本書の著者、
森枝さんと雑談していて
「我々が食べているのは、塩以外は
みんな生きものなんだよね」といわれたとき、
目の前がすっと開けてくる気がしました。
現代の“食”が生きものを食べているという
現実感があまりにも希薄なために、
そういった感覚を引き起こしている気が
したのです。目の前の食事から殺生を
遠ざけ続けてきた結果が現代の食環境
だとしたら皮肉なものです。
何を食べるか食べないかは、人それぞれに
考えがありますし、昔の生活に戻ることも
できないでしょう。でも、何を食べる
にしても、生きものを食べているのだという
自覚は、日々持ち続けていたいものです。」
今月[2016年5月]も
森枝卓士さんの
食べ物写真絵本を読みました。
『カレーライスがやってきた』1988
『手で食べる?』1998
『干したから…』2016
と続けて読んで四冊目です。
「1955年、熊本県生まれ。
アメリカ人写真家
ユージン・スミスに出会い、
写真家を志 した」p.41
フォトジャーナリスト・フードエッセイスト
による美味しそうな絵本です。
ラオスで食べられている蝙蝠の干物や
炒めたり揚げたりした蛾の幼虫は
食べてみたいとは思えませんでしたけど。
「日ごろ、スーパーマーケットなどで
食べものを買っていても、
「生きものを食べている」なんて、
考えることはないかもしれません。
でも、外国を旅したり、暮らしたり
しているうちに、そのことを
強く感じるようになりました。
「食べているのは生きものなのだ」と。」
「わたしは、肉も魚も大好きだし、
食べていきたいと思うけれども、
命をいただいていること、
殺していることだけは
忘れないでいたいと思ってます。」
「わたしたちが食べているものは、
塩を除けば、生きものから作られています。
食べているものはぜんぶ、
生きものなのです。」
p.40
「あとがき
食べているのは生きものだから」
https://ja.wikipedia.org/wiki/森枝卓士
読書メーター
森枝卓士の本棚
登録冊数9冊
https://bookmeter.com/users/32140/bookcases/11091297

https://note.com/fe1955/n/neadba4845215
https://note.com/fe1955/n/n27d6e42b4894
絵本の本棚
登録冊数397冊
著者名順
https://bookmeter.com/users/32140/bookcases/11091195

https://note.com/fe1955/n/nb13bd3cb52ac
https://note.com/fe1955/n/n93d37e35d935
https://note.com/fe1955/n/nebd3e9f13765
https://note.com/fe1955/n/nd96faab9d9e5
