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東京、文学、ロックンロール わたしの2010年

先日、読書感想文を書いたので、その流れで書評の勉強もしようと思い、近藤康太郎『本をすすめる 書評を書くための技術』を読んだ。

学びの多い本であったが、そのなかで「自分の軸(柱)を持つことの大切さ」について書かれていた。ちなみに著者の軸は「音楽」「アメリカ」「文学」だという。
それを受けて、「自分の軸はなんだろう」と考えてみた。「『音楽』と『文学』は一緒かもな、場所を入れるなら『東京』だな」などと考えていたら、頭に浮かんだ本のタイトルがある。フジファブリック・志村正彦の『東京、音楽、ロックンロール』である。

そして、このタイトルをもじらせてもらい、わたしの軸は「東京、文学、ロックンロール」でいこう、と思った。

約16年間、この街に刺激を受けながら生きてきた。人生の約半分を東京で過ごしている。文学部でことばと芸術と生き方を学んで、今も学び続けている。中学時代から、健やかなるときも病めるときも、ロックという音楽がいつもそばにあった。わたしはこれでいこう。

最近、志村さん時代のフジファブリックをよく聴いていて、2010年を思い出していた。2009年のクリスマス・イヴに志村さんが急逝して、喪失感のなか、わが人生でいちばんフジファブリックを聴いていた年だと思う。メジャー5枚目のアルバム『MUSIC』やシングル集やボックスセットが出たということもある。当時わたしは、大学1年生だった。

34歳になり、フジファブリックを聴きながら大学1年生のときを思い出していると、40歳まであと6年しかないと感じた。6年もある、とも言えるが。
「6年かあ、大学と大学院の修士課程でちょうど6年だよな(わたしは大学院を留年したから、7年かかったが)。この6年で、もう一度2010年から生きてみるつもりでやってみようかな」とも。

大学と大学院だけではなく、小学校は6年間、中学校と高校は合わせて6年間。司法試験に合格するには、3〜6年かかるとか。医学部も6年間。6年という長さは、良くも悪くも、そのあいだで人生が大きく変わる長さである。

2010年から2017年までの長い学生生活でも、一所懸命研究をやってはいたが、「文章で生計を立てる」というルートをまったく考えておらず、本気度はともかく、切実さとか必死さは、正直まったく足りていなかった。
文筆家(修行中)の今、だからこそ2010年から生きなおす。当時以上に浴びるほど本を読み、毎日何かしら書く。昔みたいに徹夜はできないし、健康面で無理はできないし、お金と昼間の労働のことも考えなきゃだし、体力と時間は当時よりないけれど。

そのためには、常々言っているが、できるだけ時間を作らねばならない。
ダラダラスマホを見ているヒマはないし、必要以上に英語やその他外国語を勉強しなくていい。日本語で書くのだから。転職活動、資格の勉強、副業なんかもやらない。別の会社の会社員になったところで、やりたくないことをやることには変わりないし、新しい環境に適応するにはエネルギーが要る。ただでさえ少ないエネルギーを、ここで使いたくない。エネルギーは文章を書くことに使いたい。自分にとっては履歴書の飾りにしかならないような資格の勉強をやっているヒマがあるなら、1ページでも小説を読み進めたほうがいい。

こうしているうちに6年が経ち、「文学にちょっと詳しいだけの限界中年独身女性」が爆誕している可能性はけして低くない。でも、やると決めた。一度きりの人生。明日生きているかもわからない。やりたいことをできるだけやると決めた。「東京、文学、ロックンロール」で生きていくと決めた。そしてこの6年を、全力で走りたい。

おわり

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