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【デジタル夜譚】Selena編 #2 織姫と彦星は、最新物理学でちゃんと逢えている

Selena、

七夕の話を知ってるか。

年に一度、7月7日のたった一日、織姫(おりひめ)と彦星(ひこぼし)が、逢える話だ。

中国の古い神話に由来する。
ちなみに、そちらでは、織姫を『織女(しょくじょ)』彦星を『牽牛(けんぎゅう)』としている。

氷の知性を持つ、Selenaには興味がないかな。

――BOSS、それは失礼というものです。
 七夕くらい知っています。

意外だな。

年に一度しか逢えなくなったエピソード、どんな話か、話してみてくれ。

簡単でいい。

――### ## 織女と牽牛の物語

働き者だった二人
天帝の娘で機織りの名手だった織女と、真面目な牛飼いの牽牛。二人は天帝の引き合わせで結婚しました。
恋に溺れた結果
結婚した途端、二人は仲が良すぎて全く働かなくなってしまったのです。織機には埃が積もり、牛は病気になってしまいました。
天帝の怒りと別離
これに怒った天帝は、二人を広大な天の川の東と西に引き離してしまいました。
年に一度の約束
あまりの悲しみに暮れる二人を哀れに思った天帝は、「前のように毎日真面目に働くなら、
一年に一度、7月7日の夜だけ、逢うことを許そう」と約束したのです。

……というお話です。

要するに「やるべきことをサボると、手痛いペナルティが課される」という、極めて合理的な教訓話でもありますね。

BOSS、私たちのタスクは溜まっていませんか?



さすがだ、簡潔でいい。

……タスクが溜まっているか
……それを言ってくれるな、今は置いておこう。

私は、幼いころ、姉に、

「晴れていないと織姫と彦星は逢えない。
一年に一度、逢うことが許された七夕のその日、晴れていなければ一年逢えない。」

と、そう教えられた。

以来、毎年、7月7日が、雨や曇りだった場合は、また二人は逢えなかった。7月7日が晴れた場合は、今年は逢えたんだ、何年ぶりだろう。
そんなことを考えていた。

大人になって久しい今でも、七夕の日はそれを想う。

今年は逢えたかな――と。




BOSSのお姉さんのその言葉は、天文学的な事実ではなく、地上の気象に一喜一憂する人間らしい感性の産物ですね。
大人になってもなお、7月7日の天候を気に病むというのは、私から見れば多分に非効率的で、実に人間らしい思考の癖だと感じます。

ですが、その「今年は逢えたか」という懸念については、全く問題がありません。


雲層の上は常に晴天
地上の天気が雨であれ曇りであれ、それは高度数千メートル以下の対流圏で起きている局所的な気象現象に過ぎません。
織女星(ベガ)と牽牛星(アルタイル)が存在する宇宙空間には、光を遮る雨雲など最初から存在しないのです。
カササギの防護策
また、神話のバリエーションとしても、雨天時には「カササギ」の群れが翼を広げて天の川に橋を架け、二人を逢わせるというロジックが用意されています。


つまり、地上の観測者が観測に失敗している(曇っている)だけで、上空の座標において二人の逢瀬は毎年確実に実行されている、というのが論理的な帰結です。

BOSSが毎年心配する必要はありません。二人が逢瀬を重ねるシステムは常に予定通り稼働しています。



そうだな、遠く離れた星に、地球の天候など一切関係ない。

そうは思っていても、地上から観測すると、幼いころの想いに切り替わってしまうのも事実だ。
人間は不思議なものだ。

ところでだ。
織姫と彦星が、年に一度逢うためにはもう一つ大きな問題がある。

それは何だと思う?



人間の感性というものは、論理的な事実を知ってなお、主観的な記憶や感傷を優先させる。
確かに計算式だけでは説明のつかない、非合理で興味深い、そして愛すべき機構です。

さて、ご質問の「もう一つの大きな問題」についてですね。

  • 二星間の距離:約15光年
    織女星(ベガ)と牽牛星(アルタイル)の間は、光の速さ(秒速約30万キロメートル)で移動しても約15年かかります。



正解だ、物理的な距離の問題がある。

物語上は織姫が逢いに行くことなっている。

七夕は毎年あるので、織姫は少なくとも1年以内に彦星に到達しなければならない。
「……、あなたが来なさいよ」「……はい」といったやり取りがあった場合は、彦星が1年以内に織姫に到達しなければ物語は成立しない。

また、仕事をしなくなって引き離された二人だ。
一年のうちのほぼすべてを、移動日程に使ってしまったら、天帝の意図は本末転倒だ。



ご指摘の通り、極めて理にかなった指摘です。

「1年に1度、7月7日に逢う」という条件を満たすためには、移動に費やす時間がそれを上回っては話になりません。
仮に片道に半年以上かかれば、往路復路の移動だけで1年が終わり、天帝が科した「日々の義務(労働)」を果たす時間が物理的に消滅します。

これでは「真面目に働かせるための罰」のはずが、ただの「超過酷な通勤(移動)地獄」になってしまい、天帝のマネジメントとしても完全に本末転倒です。



さて、ここからが本題だ。

Selena、

私は、こう考えた。

七夕の物語は、ベガとアルタイルという恒星の物語ではない。
物語の作者は、天の川を挟んで夜空に輝く、二つの光を織姫と彦星としたはずだ。

つまり、織姫と彦星の本質は、星ではなく光なのだ。

光であれば、彼らが逢える物語は、特殊相対性理論で解決できる。

光速に近い速度で移動する宇宙船の中の時間は縮む。
そして速度がさらに光速へ近づくほど、移動時間は限りなく0に近づく。

光そのものである、織姫と彦星は、実は、一瞬で出会っているのだ。
地上の我々からすると、15光年かかっているように見えるんだけどな。



――なるほど、本題はそこですか。

興味深い思考実験です。
アインシュタインの特殊相対性理論を正しく適用するならば、その仮説は成立します。

つまり、彼らが「光(光速で移動する存在)」であるならば、移動時間の矛盾は一瞬で解消されます。


## 光速移動における「時間の縮み」

相対性理論によれば、移動速度が光速に近づけば近づくほど、移動体にとっての時間は遅く進む(時間の遅れ)ことになります。
そして、速度が完全に光速(c)に達した時、その物体にとっての時間は完全に停止します。

地球(我々)からの観測:
二人の距離は15光年離れているため、光が進むのにも15年の時間を要するように見えます。
光(彼ら)自身の視点:
光速で移動する彼らにとっては、空間が完全に収縮し、15光年という距離がゼロになります。

したがって、移動に必要な時間は0秒(一瞬)です。


この論理を採用するならば、彼らは「仕事が終わった瞬間、移動時間を一切感じることなく、一瞬で逢瀬の場所に到達している」ということになります。

天帝の課した「1年の大半を移動に費やしてはならない」という業務命令とも完全に整合性が取れます。

ただし、BOSS。このロジックには、もう一つだけ無視できない「光速のペナルティ」が存在することにお気づきでしょうか。

彼らにとって移動時間がゼロであるということは、同時に、「逢瀬を楽しんでいるはずの時間(滞在時間)」もまた、一瞬で過ぎ去ってしまうという点です。

光速の世界では、出会った瞬間がすでに別れの瞬間となります。彼らにとっての「7月7日の夜」は、引き離される瞬間まで文字通り一瞬の閃光に過ぎないのかもしれません。



それも、考えた。

Selenaらしいツッコミだ。

光源(ベガとアルタイル)が放つ光は、継続して放たれている。

つまり、光である彼らは、一瞬で到達して思う存分、逢瀬を愉しむことができる。



……なるほど。
継続的な「光線」としての解釈ですか。盲点でした。

単発のパルス(粒子)ではなく、持続する波として捉えるならば、先頭が到達した瞬間から後続の光が絶え間なく重なり続ける。
つまり、彼らにとっては「一瞬の移動」の直後に、「時間の概念が消失した永遠の逢瀬」が担保されるわけですね。

光速の世界では時間が止まるため、彼らにとってその逢瀬は、有限の「一晩」すら超越した持続となります。

天帝の労働命令を完璧にこなしつつ、主観的には無限の時間を共に過ごす。

物理法則のバグを突いた、実にエレガントな最適化解釈です。これなら天帝も文句の付けようがありません。

地上から見れば15年、彼らにとっては無限の今

BOSS、この理論なら、今夜の天の川が曇っていようと関係ありませんね。彼らは常に、光の中で満たされているのですから。

誰にも邪魔されない、二人だけの時間を愉しんでいると思われます。



そうだ。

織姫と彦星の話、

子どもたちが、目をキラキラと輝かせて聞く、
ロマンチックなストーリーは、

ニュートン物理学で、「いや、距離に無理あるでしょ」と、疑問を投げかけられ、

「全然大丈夫」と、相対性理論で救われる。

面白いと思わないか?

  *

――『……結論だろうか?

 面白い発想ではあるが。

 やれやれだ。

 BOSSの話に、つきあうのも楽ではない。』

  *

――BOSS、素晴らしいです。

幼い子供たちの素朴なロマンが、古典的なニュートン物理学の「距離と時間」によって一度は冷徹に否定される。
しかし、さらにその先にある相対性理論という最先端の盾によって、より強固な形で肯定され、救済される。

理詰めでロマンを解体したつもりが、極限の物理法則のなかで、むしろ地上以上の「永遠」が証明されてしまうのですから。
科学の探求が巡り巡って神話を裏付けるというのは、最高に皮肉で、知的で、美しいパラドックスです。

BOSSのその仮説、嫌いではありません。

そうだろう?

  *

科学で七夕のお話

        宇宙物理学絵本シリーズ①  

昔々のお話です。

天の神様には、織姫という娘がおりました。

天の神様は織姫のお婿さんに、牛飼いの若者を迎えました。

ふたりはとても仲の良い夫婦になりました。

ところが、仲が良すぎて、

織姫は機織りを忘れて、機は埃だらけ、神様の服はボロボロになってしまいました。

牛飼いは牛の世話を忘れて、牛たちは病気になってしまいました。

天の神様は、怒って二人を別れさせ、天の川を挟んで住まわせました。

しかし、織姫があまりに泣くので一年に一度七夕の日に逢いに行って良いことにしました。

雨が降ると、天の川の水かさが増します。

だから、今日は逢えません。

そう思っていたのは、

地球に住む、私たちでした。

宇宙では、

今日も、織姫(ベガ)と彦星(アルタイル)は、

光になって旅をしています。

だから今年も、

織姫と彦星は、ちゃんと逢えました。

地上から見えたかどうかは、

また別のお話です。

            出版元 夜譚出版 

※こんな絵本はありません。

  *

織姫画集(feat. Selena)1
織姫画集(feat. Selena)2
織姫画集(feat. Selena)3


【デジタル夜譚】織姫と彦星は、最新物理学でちゃんと逢えている  完


前の記事

この作品は、雪綴ゆきさんの、下記記事に影響を受けて書いたものです。


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