🕯️ 8年後、60歳の私は、まだ誇りを持って立っていたい。
52歳まで後2ヶ月の夜。
窓の外で、風がひとつ鳴った。
その音を聞きながら、ふと思う。
8年後の私は、どんな顔をしているのだろう。
街の灯りが遠く感じる日がある。
仕事のメールを閉じたあと、
静かに息を吐く瞬間
このまま時間に流されてしまうのではないか。
そんな不安が胸の底に沈んでいく。
変わる世界と、変わらない手。
AIが仕事を奪う、と誰かが言う。
だけど、私が守りたいのは
“機械の中の人間らしさ”だ。
昔、FAXを直していた頃。
紙が詰まり、印字が滲み、
それでも相手の声が聞こえた。
手の油と汗で、現場の匂いが残った。
いまは画面越し。
触れることも、会うことも減った。
それでも、“人”のために動かす手だけは変えたくない。
誇りとは、職業名ではなく姿勢のことだ。
私はまだ、仕事に心を込められる人間でいたい。

未来を修理する。
コーヒーを淹れ、窓を開ける。
冷たい風が頬にあたる。
その瞬間、未来の匂いがした。
60歳の私は、どこにいるのだろう。
疲れているかもしれない。
だけど、立っていたい。
まだ、何かを繋いでいたい。
立つというのは、戦うことじゃない。
踏ん張ることでもない。
自分の居場所を、自分の意思で選び続けることだ。
その意思を磨くために、
いま私は“今”を整える。
机の上を片づけ、古いペンを磨く。
明日もまた、この手で何かを動かすために。

“いま”を積む。未来はそこに生まれる。
夜。
原稿を閉じたあと、
カップに残ったぬるいコーヒーを見つめた。
この一行一行が、
8年後の自分を支える柱になるのだと思う。
未来を信じるとは、
今日を丁寧に生きること。
“いつか”ではなく、“いま”に誇りを置くこと。
そうやって、
未来の私が笑えるように、
今日も机に向かう。
60歳の私は、まだ誇りを持って立っていたい。
それが、いまの私の祈りだ。
後書き
人生は、少しずつ失われていくものであり、
それでも“立つ理由”を探す旅だと思う。
そして、
その理由を言葉にできるうちは、まだ生きている。
同世代の共感者たちもきっと同じ未来を目指して旅を続けているだろう。
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EX-FAX-CE | NOTE執筆家
「ロスジェネ氷河期的視点 ― 情に生き、言葉で立ち上がる」
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