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体育会系合気道⑲ー関わらない友情ー

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 上川さんは、あれから教室終わりの礼をしたり、してくれなかったりしている。ときどき嫌われ者になるのを恐れていたりするようで挨拶するときもあるが、自分なりの哲学がしっかりあるようで、それはそれで理想があるのは悪いことじゃないし。けれど、それでは生きにくいだろうと、わたしは思った。

 皆んなが、ほのぼのと生きていたいなかで、あまりいちいち儒教のような綺麗なことをいわれても、興冷めするときもあるし、どこか頭にカチンと引っ掛かるところもある。綺麗過ぎる水には魚は棲めない。ある程度割り切って冗談なんか交わすほうが、冷たい世のなかの風が吹きすさびやすいこの現実で、一端のオアシスになったりする。

 シビアなのとあたたかいのとどちらを取るか。

 最初わたしたちが教室に来たとき、上川さんが、事あるごとに先生に「すみません」、「すみません」を連発していたのが気になった。それでは、アットホームな雰囲気にはなり得なかった。先生の性質にもよるが、あたたかい交流を目指す先生もいる。しかも、あまりいうので慇懃無礼にも近かった。

 合気道が、大好きで、きらきらしながら先生とにこやかに話す味川さんや赤井さんのようなひともいる。ほかの生徒は、合気道という武道を習いながらも他者に許容が大きく、ツンケンとはしなかった。あちこちでいわれることだが、「合気道は愛気道」なのである。

 しかし、上川さんは、日本を護る自衛隊に居たのもある。アットホームやぬくぬくでは、日本は護れない。わたしは、占術では、軍人や教師の星に生まれているから、上川さんのようなひとがまったく理解できないわけでもない。人生訓や儒教や哲学も嫌いじゃない。ただ、それは、個人のなかでそれぞれ持っていればいい、と最近では思っている。YouTubeや著書でそういったものを語ってもいい。しかし、現実世界では、それは、越権行為のような気もした。
 わたしは、足をかばうために最初投げられ役をしなかった。そして、そのあとは精密検査で合気道道場を休んだのだ。それをいちいち説明するほうが幼稚だし、あずかり知らぬところで誤解されたなら、甘んじて受けるしかない。
 誤解ですよ、と心のなかで、わたしは微笑んでいるが、上川さんの堅固な雰囲気は、わたしにかつて暴力におびえたこころが蘇る。
 どうしても相容れない相性というのはある。友人としても。
 わたしは、上川さんとは、永遠の遠い平行線であることを決めた。



              つづく

©️2026.7.25.山田えみこ

つづき↓



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