見出し画像

* Interview Marcelo Galter:アフロブラジル音楽において重要なのは独特の訛り(11,000字)

アマロ・フレイタスのインタビューを機に、僕はブラジル北東部バイーア州やペルナンブーコ州のアフリカ系ブラジル人=アフロブラジレイロの音楽をリサーチしている。少しずつではあるが、ようやく彼らの音楽の全体像が見えてきた気がする。

そもそも僕は、彼の音楽にブラジル音楽のローカルな側面と、現代的でユニバーサルな要素が同居している点に関心を持っていた。西アフリカのヨルバに由来するブラジルの宗教音楽カンドンブレが、あらゆるブラジル音楽の源流であることにフォーカスしつつも、そのカンドンブレ由来の要素が持つ可能性を、現代的な理論や技術で引き出そうとしている姿勢にとても惹かれた。今、アフロブラジレイロが作っている音楽からは、過去・現在・未来のすべてが聴こえてくるように感じている。

その後、取材した故レチエレス・レイチ率いるオルケストラ・フンピレズのメンバーに話を聞いたときも、同じような印象を受けた。そこでは、過去に向けるまなざしの深さや、歴史に対する解像度の高さに驚かされた。僕がリサーチしているアフリカン・アメリカンやUKカリビアン、UKアフリカンたちが行っている取り組みと同等、もしくはそれ以上の深さで掘り下げられているようにも感じた。今、アフリカン・ディアスポラという文脈において、ブラジル北東部は最も刺激的な場所のひとつなのかもしれない。

そんなレチエレス門下の中でも、特に興味を惹かれた存在がピアニストのマルセロ・ガルテルだった。

彼のリーダー作『Bacia do Cobre』には、アフロブラジレイロの歴史を徹底的に研究した彼の深みがにじみ出ているし、それと同時に、僕がアマロ・フレイタスに感じたような現代ジャズにおける革新性も随所に含まれていると感じた。その二つが驚くほどのバランスで融合している『Bacia do Cobre』は、コンテンポラリー・アフロブラジレイロの傑作であり、グローバルな文脈でももっと注目されるべき作品だと思う。だからこそ、マルセロ・ガルテルとは一度じっくりと話をしてみたいと思った。

今回の取材では、最終的にアフロブラジレイロというよりも、アフリカン・ディアスポラの音楽にとっての重要で本質的なポイントにまで話が及んだ。マルセロの言葉のおかげで、アフロブラジレイロ音楽へのリサーチはさらに深く掘り下げていけそうな気がしている。

◆取材・編集:柳樂光隆 , 江利川侑介| ◆通訳・編集:島田愛加


◉マルセロ・ガルテルのバックグラウンド

――バイーア州のサルヴァドール出身とのことですが、アフロブラジルの音楽には子供のころから親しんでいたのですか?

私はサルヴァドールピラジャー(Pirajá)という地区で生まれ育ちました。サルヴァドール近郊のこの街には、低所得層のアフリカ系ブラジル人が多く暮らしています。サルヴァドールにはアフロブラジル文化があらゆる場所に根づいていて、私も子どもの頃から、パーカッシブな音楽や仲間と集まって演奏する機会に恵まれていました。みんなでホーダ(*輪になって行う即興の演奏やダンス)をしたり、太鼓を叩いたり、時には缶を叩いてリズムを奏でたりもしました。こういった音楽は、お祝いの場やカンドンブレの儀式などで演奏されるものです。

(*ホーダ:輪になって音楽を楽しむこと)

――音楽を専門的に学んだことはありますか?

ピアノは独学で始めました。両親が4オクターブのカシオのキーボードを買ってくれて、兄弟で時間を分けて練習していたんですが、私は4人兄弟の末っ子だったので、自分の番が回ってくる頃にはキーボードが熱くなっていて、練習できなかったこともありました(笑)。音楽理論は学んだことがなかったので、耳で音を探りながら弾いていました。ちゃんと専門的に学び始めたのは16歳の時です。地元の先生にピアノを習い始めて、その先生がバイーア連邦大学の音楽学部に入学できるようにいろいろと指導してくれました。大学ではピアノ科に入り、クラシックを勉強しました。

◉影響を受けたピアニスト・作曲家

――学生時代に特に研究していたピアニストは誰ですか?

大学時代はバッハの音楽性に夢中になっていたほか、セロニアス・モンクやエルメート・パスコアルにも強く惹かれていました。エルメートとは、サルヴァドールで共演する機会にも恵まれました。また、ジョアン・ドナートの作品にもすごく魅了されました。彼らはピアノ界のヒーローですね!

同時に、いつも他の楽器の奏者にも興味がありました。たとえば、マイルス・デイヴィスや、私たちの文化を象徴する楽器であるビリンバウの偉大な奏者、ロウリンバウ(Lourimbau)です。彼の作品をいくつも聴いては書き留め、それをピアノで試してみたりもしました。

――ロウリンバウとは、どんなミュージシャンですか?

ロウリンバウは、偉大なビリンバウ奏者であり作曲家です。バイーアにおいて、ビリンバウはカポエイラの音楽と深く結びついていますが、それは伝統的なアフロブラジル音楽とはまた異なる文脈にあります。ロウリンバウは、カポエイラにおける演奏だけでなく、ビリンバウを別の音楽シーンにも取り入れました。さらに、彼は奇数拍子を自在に操る“メストリ”(達人)としても知られています。

私にとってロウリンバウはトラディショナルな音楽にコンテンポラリーを取り入れるお手本となった人です。私のアルバムにも彼へのオマージュとして作った「Lourimbau」という曲があります。

――特に研究したコンポーザーだと誰になりますか?

クラシック音楽の作曲家のなかで、私が最も研究したのはバッハです。彼の作品は、私のように手が小さいピアニストにとても合っているんです。同時に、コントラポント(対位法)やポリフォニー(多声的な音楽)にも強く惹かれました。ブラジルを代表するクラシック作曲家、エイトル・ヴィラ=ロボスの作品にも、バッハの影響が見て取れますよね。バッハは、世界で最も重要な芸術を生み出した人物の一人だと思います。彼の音楽はさまざまなジャンルと相性が良いだけでなく、それらに深く浸透し、影響を与えている。私がバッハに惹かれるのは、まさにそうしたところなんです。

◉アフロブラジレイロから見たエルメート・パスコアル

――卒業後にも研究していたピアニストはいますか?

エルメート・パスコアルがピアノで生み出した音楽は、私にとってまさに啓示のようなものでした。私が前のめりになるほど夢中になった作曲家のひとりです。何度かのリハーサルを通じて、エルメートと時間をともにできたことは、本当に幸運な体験でした。

ブラジルでは長らく、ピアノ作品といえばショーロやサンバの伝統と結びついていました。たとえば、セーザル・カマルゴ・マリアーノジョアン・ドナートといったピアニストは、エルネスト・ナザレシキーニャ・ゴンザーガのスタイルを現代的に解釈して演奏しています。

その一方で、エルメートは北東部の音楽など、これまでピアノ作品として演奏されてこなかった要素を積極的に取り上げました。そして、伝統にとどまらず、同時にコンテンポラリーな要素も作品に加えているんです。エルメートは、ピアニストとしても作曲家としても、私にとって最も大きなインスピレーションの源です。

――なるほど。

それと、彼の手も私と同じように小さいので、重なる部分があるのかもしれません。リハーサルのとき、エルメートは私の手に自分の手を重ねて、「僕の手のほうがちょっとだけ大きいね」なんて冗談を言っていましたよ(笑)。ショパンなどクラシックのピアノ作品は、基本的に大きな手に合わせて書かれているものが多いですし、そういった点でもエルメートは新しい奏法を見せてくれたと思います。

――エルメートのピアニストとしての特徴をもう少し聞かせてもらえますか?

エルメートは、リズムの面でも革新をもたらしました。鍵盤楽器以外の楽器からもヒントを取り入れていますよね。たとえば、彼のピアノからはスルド(サンバで使われる大太鼓)トライアングルなど、パーカッションやそのアンサンブルの音が聴こえてくるんです。さらに、バイアォンピファノ(ブラジル北東部で使われる笛)のアンサンブルも引用しています。

――エルメートって作曲家としてもあまりに独特なスタイルなのですが、彼はどんな影響を昇華して自身のスタイルを確立したと思いますか?

彼は「音楽」だけでなく、「自然」とも深いつながりを持っているんです。研ぎ澄まされた感性の持ち主で、小さい頃から林に入り、動物の声や自然の音に耳を澄ませていたそうです。エルメートが誰か特定の作曲家と影響関係にあったかは定かではありませんが、彼の聴力や感受性は非常に豊かで幅広いと思います。エルメートの音楽はまるで別世界のようで、一言ではとても語り尽くせませんね。

――プロになってから特に研究したコンポーザーはいますか?

ドリヴァル・カイミです。彼の音楽はバイーアの風景をとても美しく描いていますね。メロディの書き方も前例がありません。彼のギター奏法はビリンバウからヒントを得たと本人がインタビューでも答えています。また、バイーアの古き良き詩情に満ちた音楽を私に教えてくれました。オリジナリティある音楽ですね。

――アメリカやキューバのピアニストからの影響はどうでしょうか?例えば、スティーブ・コールマンのバンドにいたピアニストとか。

パーカッシブで、開放的なセロニアス・モンクのピアノは、まさに私が求めていた音でした。彼の奏法はピアノ的ではないかもしれませんね、どちらかというと濁ったような音ですし。
セシル・テイラーの奏法にも魅了されました。あとはキューバ人ピアニストのダヴィ・ビレージェスも素晴らしいと思います。クレイグ・テイボーンの弾き方も好きですね。

実はスティーブ・コールマンとは共演したこともあります。彼はバイーアに家を持っているので、夏になると遊びに来るんですよ。彼の楽曲を教えてもらったり、モウ・ブラジルのレコーディングにも一緒に参加したんですよ。

◉マルセロ・ガルテルのこれまでの活動

――次はあなたのキャリアについて聞きたいのですが、これまでどういった音楽活動をしてきたのでしょうか。

私のプロとしての活動は、サルヴァドールで小編成のインスト音楽から始まりました。その後、大きな編成のグルーポ・ガラージェン(Grupo Garagem)や、既にバイーアの音楽に即興を取り入れていたギタリストのモウ・ブラジル(Mou Brasil)のグループやバイーア・ブラッキ(Bahia Black)でも演奏しました。

バイーア出身のギタリストで現在はフランスで活動しているネルソン・ヴェラス(Nelson Velas)と演奏する機会もありました。彼は私の音楽に強い影響を与えています。

また、7年間ダニエラ・メルクリのバンドに所属した時期もありました。他にもカルリーニョス・ブラウンマルガレッチ・メネゼスなどバイーアのパーカッションの影響を強く受けているポップス音楽=ムジカ・ポッピ・バイアーナのサポート経験もあります。それとマリア・ベターニア!彼女との共演は私に衝撃を与えました。イタリア人ジャズ歌手マリア・ピア・デ・ヴィト(Maria Pia de Vito)の伴奏をしたこともあります。
 このように、基本的にインスト音楽とムジカ・ポッピ・バイアーナが中心で、最も多いのはインスト音楽ですね。

――そのインスト音楽ってどんなものなのでしょうか?

始めの頃はジャズやボサノヴァのレパートリーなど、即興が入る演奏していました。そのあと、バイーア・ブラッキやモウ・ブラジル、チト・オリヴェイラ(Tito Oliveira)。レチエレス・キンテートのメンバー)などと一緒に演奏するようになって、もっと創造的なインスト音楽を演奏するようになっていきました。チトのアルバムをプロデュースする機会にも恵まれ、私やルイジーニョ・ド・ジェジ(Luizinho do Jêje)の楽曲をレコーディングしました。

◉レチエレス・レイチとの関係

――あなたにとってレチエレス・レイチは特別な存在だと思います。彼と出会って、共演するようになったきっかけを教えてください。

ここから先は

6,716字
この記事のみ ¥ 500
Amazon Payで支払うと最大2%還元のチャンス! 9/30まで

音楽に関するテキストを書きます。最低週1本で更新していけたらと思っています。インタビューを沢山公開し…

*review is a diary - standard

¥500 / 月

**review is a diary - support

¥800 / 月

このnoteの執筆や編集の費用や通訳への支払いなどは皆さんの記事購入で賄っています。制作費用のサポートをお願いします。