おっくんの思考デッサン|マンガ鑑賞編1枚目
漫画を、“人間観測の教材”として読む
昔は、漫画を”物語”として読んでいた。
熱い展開。
かっこいいキャラ。
泣けるシーン。
そういうものを、ただ楽しんでいた。
今でも、それはある。
でも読み返しているうちに、少しずつ見え方が変わってきた。
『カイジ』では、極限状態で人間の判断がどう壊れていくかが見えた。
『サラリーマン金太郎』では、現実の組織の中で——成果も、人情も、信念も、全部守ろうとすることの難しさが描かれていた。
『寄生獣』や『東京喰種』では、“生きる”という行為そのものに、奪うことや暴力性が最初から含まれていた。
たぶん僕は、物語を楽しんでいたというより、そこに現れる”人間の仕様”を観測していた。
人は、どういう時に判断を誤るのか。
何に縋り、何を恐れ、何を守ろうとするのか。
組織の中で、どう変わっていくのか。
限りある命を、何に使おうとするのか。
面白いのは、世界観がまるで違う作品に、繰り返し現れる”癖”があることだった。
希望に縋る。
現状を変えられない。
所属を求める。
自分の存在を証明したがる。
時代が変わっても、環境が変わっても、人間は完全には別の生き物にならない。
それが、怖いような、愛おしいような。
だから最近は、漫画から正解を学ぼうとはしていない。
「人間とは、どういう生き物なのか」を観測する場所として読んでいる。
そしてたぶん、一番観測しているのは、登場人物じゃない。
その物語に反応している、自分自身だ。
(2026/5/29執筆)
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