『 カメラという武器が、すべてを運んでくれる。 』
カメラという武器が、すべてを運んでくれる。
昔の私は、何かを上手く話せる人間ではありませんでした。
特に、彼女から振られて、騙されてからは、正直、本と音楽だけが友達で、人前では、話すことが嫌な部分もありました。

人前に出れば緊張して、自分の気持ちを言葉にするのも苦手でした。
誰かと比べては、『 自分には何もない 』と思っていました。
特に、鬱病が重篤のときは、ネガティブな心でしたので、すべて自己否定をしていました。
だけど、そんな私にも、たったひとつだけ、『 世界と繋がれる方法 』がありました。
それが、『 カメラ 』でした。
カメラを持つと、不思議と世界が変わるのです。

道端の花、雨上がりの水たまり、夕暮れに染まる駅のホーム、疲れた顔で歩くサラリーマン、笑っている子ども。
それまでは『 ただの景色 』だったものが、急に意味を持ち始めてしまったのです。
哲学者のニーチェは、
『 事実というものは存在しない。存在するのは解釈だけである 』という言葉を残しました。
同じ景色を見ても、悲しい人には悲しく映り、希望を持つ人には美しく映ります。
つまり、世界は最初から決まっているのではなく、『 自分の心 』が世界を作っているのです。

カメラとは、その『 心 』を映す道具なのかもしれません。
だから写真には、その人の人生が出て、綺麗に撮れるかどうかではなく、高価なカメラを持っているかでもなく、どこを見つめているか、そこに、その人の生き方が現れると思います。
私は、ある日、誰もいない公園を撮ったことがあります。
ブランコが、風に揺れていました。
普通なら、誰も撮らない景色です。
映えもしないし、特別でもないし、だけど、その時の私は、なぜか涙が出そうになりました。

『 人は、誰もいなくても、ちゃんと存在している 』
そう感じたからです。
誰かに認められなくても、誰かに褒められなくても、『 そこにいた 』ということだけで、本当は価値があります。
先日の記事にも記載しましたが、仏陀もまた、
『 足るを知る者は富む 』という考えを説きました。
現代は、『 見せる時代 』です。
何を持っているか、どこへ行ったか、どれだけ成功したか、みんな、誰かに証明しようとしています。
だけどカメラは、ときどき、その逆を教えてくれます。

『 何もないように見える瞬間こそ、美しい 』と。
朝焼けも、一瞬。
桜も、一瞬。
人の笑顔も、一瞬。
だからこそ、価値があるように思います。

永遠じゃないから、人は愛おしく感じます。
人生も同じなのだと思います。
私たちは、いつか必ず人生の終わりの運命があります。
だから今日が輝きます。
哲学者ハイデガーは、人間を『 死へ向かう存在 』と呼びました。
少し怖い言葉に聞こえるかもしれません。
でも、本当は逆なのです。
終わりがあるから、人は今を生きられます。

もし人生が永遠なら、きっと誰も今日を大切にしないと思います。
カメラは、その『 今 』を閉じ込めます。
もう戻らない瞬間を、静かに残してくれます。
私は思うのです。
カメラとは、武器なのだと。
誰かを傷つける武器ではありません。
『 忘れないための武器 』です。
悲しかった日も、苦しかった日も、孤独だった夜も、写真にすると、不思議と人生になります。

傷だったものが、『 物語 』に変わっていきます。
そして、その写真は、自分だけではなく、誰かを救うことがあります。
あなたが何気なく撮った一枚に、救われる人がいます。

『 こんな景色を見てくれる人がいるんだ 』
そう思って、生きる力を取り戻す人がいます。
人は、言葉だけでは救えない時があります。
でも、一枚の写真が、心を抱きしめることがあります。
だから、もし今、あなたが孤独なら、もし自分には何もないと思っているなら、カメラを持って、外へ出てみてください。
高価なものでなくていいし、スマホでもいいと思います。

世界を見てください。
たぶん最初は、何も見つかりません。
でも、歩いているうちに気づきます。
世界は、こんなにも静かに、あなたを待っていたのだと。
そして、いつの日か分かるはずです。
カメラという武器は、景色を撮るためではなく、
『 自分自身を救い出すため 』にあったのだと。

『 第2部 』『 クリエイターさまの記事 』
ここからは、クリエイターさまの記事の紹介になります。 順不同にてのご紹介となります。
Photo & philosophy donchan🍀🍀
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