怖がりワンコの大冒険
私はエマ。
性別は女の子。
ニンゲンには、私達は野犬と呼ばれていた。
まだ子犬だった時に、ひとりで彷徨っていたところをニンゲンに保護された。
どうなるのかわからない不安の中で、怯えながらひとりで過ごしていた。
でも…
ニンゲンは、私に朝晩ちゃんとご飯をくれて、散歩というものも教てくれた。
そこには、たくさんの私と同じ境遇の犬がいた。
年齢も種類もみんなバラバラ
怯えている子もいたり
「ニンゲン大好き!!!」って尻尾をブンブン振りながら笑顔を振りまく子
ずっと威嚇している子
その中で私は暮らしていた。
ある時、新しく家族を迎えるために
面談に誰か来るらしく
みんなソワソワしていた。
「絶対次こそ、家族を決める!」
と意気込む子
「それよりおやつもらう!」
と、花より団子な子
私はというと、何もできずにいた。
私達が遊んでいるスペースから、たまに見える看板があった。
新しく家族が決まった子は、ここにお祝いの
メッセージをたくさん書いて貰って
写真を撮って、お見送されて行く。
「私にも、そんな日が来たらいいな…」
でも…
すごく怖かった…
怖いくせに
どこかで羨ましくもあった。
おうちが決まった子の写真撮影の様子は笑顔と祝福に溢れていたから
そのキラキラした雰囲気と世界観に憧れた。
たまに、里帰りと言って家族が決まった子が遊びにも来た。
みんな、しあわせいっぱいの瞳をしていた。
ニンゲンの家族がやって来た。
今日はふたり…。
話によると、自宅で美容室を経営しているおうちで留守もほとんどない
猫が既に6匹いる大家族
このふたりは、体格の大きな日本犬の子のプロフィールを見てやって来たらしい
スタッフに案内され、犬達とのふれあいの時間がはじまる。
「あの人、良さそうじゃない?」
たまに話す犬の友達が小声で囁く。
大袋に入ったおやつを、みんなに分けようとしているのだけど
その中でも見えない競走があった。
私には、なかなか当たらない。
何故なら
震えて部屋の隅にいたから
しかし、その里親候補の女性の右手がすぐそこにあった
そこに前足をかけたら人生が変わる!
このまま憧れだけで終わりたい?
自分に聞いてみた
すごく怖い…
でも…
この世界を越えてみたかった
高層ビルから飛び降りるくらいの覚悟で
目をつぶって前足を伸ばす。
今は2月
一番寒いとされるこの季節
分厚いコートを着ている彼女は、全然気が付いていない様子だった。
そのまま怖くて固まっていると
「すみません…。
普段、このようなご案内はしないのですが…
おねえさんの右手に手をかけてる子がいまして…」
スタッフのおねえさんが気が付いてくれた!
はじめてお互いに顔を見つめる。
「かわいい。」
そう言わてドキドキした。
「お母さん、もうこの子にしようよ。
こんなに頑張ってくれているんだよ?」
「そう思うならあんたの好きにしなさい。」
数秒の勇気のおかげで、私は永遠の家族を手に入れた。
それから2週間が過ぎたある日
センターはいつも以上に賑やかだった。
今日は、私がここを旅立つ日
数日前に、病院でワクチンも済ませて
お風呂にも入った。
自分のいる部屋から外を覗くと
いつも見つめていたあの看板があった。
スタッフのみんなが1日掛けて書いてくれた
私のための看板
そこには、私の名前と卒業祝いのメッセージが
書かれていた。
文字は読めなくても、すごく優しい気持ちになれた。
先日来てくれたふたりがやって来た。
机に向かい、契約書にサインをしたり
私との生活についての説明を受けている。
その時間…
とても長く感じた…
そして
部屋から出された私は、看板の前に連れて
来られた。
スタッフのおねえさんに誘導されて看板に前足をかける。
緊張し過ぎて、普段はピンと立っている茶色の耳が行方不明になってしまった。
ひとりで撮影した後、家族で集合写真を撮った。

まわりには、他の見学に来たお客様や他のスタッフのみんながザワザワと様子を見に来ている。
誰かに新しくおうちが決まり
その子が旅立つ時は
いつもこんな感じだった。
今度は私の番…
なんだか、いつもの場所が別世界に感じた。
新しいおうちに向かうために、タクシーに乗る。
みんながお見送りしてくれた。
これから新しい生活がはじまる。
そう思うと、なんだかワクワクして来た。
新しいおうちに着いて車が止まる。
ゲージが開き、顔を出すと様々な模様の猫達が距離を保ちながらこちらの様子を伺っていた。
「なにあれ?新人?」
「弘美が言ってた犬じゃないか?」
高い位置にあるキャットウォークの上からそんな会話が聞こえる。
私をお迎えするために、ここの家族は私専用の部屋を作ってくれていた。
中には、寝るための毛布まで用意されている。
ゲージから出ると、急に怖くなって自分専用の小さな小部屋に逃げ込んだ。
改めて周りを見渡してみた。
年齢が様々な雑種の猫達が6匹
みんな、血のつながりがあるわけではなくて、この近所で事故に遭ったり親猫に置き去りにされたり、様々なことがあった猫達
その中でも、クロサバのリコは
私に興味津々の様子だった。
ここのニンゲンは…
この家の下で美容室を経営している
「お母さん」
アニマルコミュニケーターという仕事を
している「弘美」
いきなり大家族だなぁと改めて思った。
夕方になると、近くにある公園に散歩に行く。
いつもと違う世界…
いつもと違うにおい…
足が震えて、まるでほふく前進のような歩き方になってしまった。
ここは、歩行者専用の道がある影響で犬がたくさんお散歩に来るとのことだった。
少しだけ公園を歩いて、晩御飯を貰った。

今日からここで寝るんだ…
なんて考えていると
「ねぇねぇ!!!
あんたどこから来たの?」
先程のクロサバのリコだった。
「私、リコっていうの。
あんた、エマ?
名前知ってるよ?
私は、赤ちゃんの時に親猫に置き去りにされたところを弘美に助けて貰ったの。
だから、今はもういないんだけど
ベルっていう大きな犬にお世話して貰ったの。
だから、犬が大好き!!!」
リコの一方的なお喋りを聞いていた。
「その…肉球のにおい…
嗅がせてほしいな…」
リコが全身をクネクネさせている。
「リコちゃん…だっけ?
大丈夫?」
はじめて声を掛けた。
「あんたおとなしいよね?
もっと積極的にならないと、おやつとか取られちゃうよ?」
リコちゃんは、そう伝えると自分のご飯を
食べるために台所へ向かって行った。
リコちゃんに言われた通りだ…
みんな、怖くないのかな?
ぼんやり考えながら眠りについた。

翌朝、お散歩に行くと
「あれ?
そのワンちゃんどうしたの?」
前にいたベルの犬友さんに出会った。
「昨日からうちの犬になりました。」
相変わらずほふく前進しながら歩く私を見て
「足が悪いの?」
「足は悪くないのですが、まだ環境に慣れなくて怖いみたいです。」
それからも、何人か犬友と呼ばれる人達に会った。
いろんな感情が伝わって来た。
「前のベルちゃんが亡くなったばかりなのに…」
とか
「もう飼わないと言っていたのに…」
とか…
でも、私が怖いのはニンゲンであって
野犬生活で培ったコミュニケーション能力のおかげで犬とはすぐに友達になれた。
自慢ではないけれど、隣で歩く弘美よりも友達を
作るという特技はあると思う。
「うちの子、犬は全くダメだけどエマちゃんだけは大丈夫でよかった〜。」
と喜んでくださる方がいたり
犬同士でお友達になった影響で、何故か飼主同士も仲良くしている。
そのうち、私の中で「お散歩」というのはただの
運動や排泄ではなくて「お友達に会いに行くこと」になった。
大きな車のエンジンの音や工事の音が怖くて、恐怖で腰を抜かした時は、弘美が抱えて家まで連れて帰ってくれた。
私は中型犬、体重は13キロほどある。
「明日、筋肉痛だよぉ〜。」
とは言うものの、怒られたことは一度もなくて
「怖いものなんて、みんなあるんだよ?
私にも無理なものがあるのにエマちゃんだけに完璧求めるのもおかしいよね?」
と、笑っていた。
そして、散歩から帰るとリコちゃんがいつも待っていて身体を擦り寄せて来る。
それに満足すると、スッとどこかに行ってしまう。
それから数日後…
自分の部屋で寛いでいると、なんだか甘くて美味しそうなにおいがする…
なんだろう?
様子を見てみると、弘美が茶色の紙袋を持っていた。
「エマちゃん〜。
焼き芋だよ〜。」
なんなのかよくわからない顔をしていると、小さな欠片を口に入れられた。
「お…おいしい!!!」
はじめて食べた焼き芋は、私の大好物になった。
怖くて散歩以外は一切外に出なかった部屋から、気が付けば出ていた。
世の中には、こんなおいしいものがあるんだ!!!
甘くて暖かくて、ホクホクしたその食感は私を数秒で夢中にさせた。
毎日お散歩に行って、ご飯を食べて寝て…。
そんな生活にもだいぶ慣れて、ほふく前進もしなくなった頃…
わが家では
新しくボーダーコリーを迎える
ということが水面下で決まったようだった。
生後3ヶ月程度の子犬で、前のうちで先住のプードルを追いかけ回して
そのプードルが体調不良になり、その相談を受けたお母さんが引き取ることにしたそうだった。
弘美もそれを知らなかったようだ。
お迎え前日にいきなり伝えられて、半信半疑な様子で家を出て行ったのだが
帰ったら来ると、その腕には猫ほどの大きさの子犬が抱かれていた。
「エマちゃん。
ベリーちゃんだよ〜」
はじめて顔を見た。
ホワッとした感じの可愛らしい白黒模様の女の子。

しかし
彼女は牧羊犬
私を見つけると全速力で追いかけて来て
「遊ぼ!遊ぼ!!!」
と全力でアピールして来た。
「ベリー?
お姉ちゃん、遊ばないって言ってるからこっちで遊ぼう」
弘美に別の場所に連れて行かれても
私が大好きらしくて、姿が見えるとすぐ追いかけられた。
ある日、朝起きると
ベリーかいない!!!
いつも追いかけて来る鬱陶しいところもあるけれど、私はクゥーンクゥーンと鳴きながら必死に探す。
「ベリー!!!
どこにいるの?」
もしかして
また、どこかにやられたのだろうか?
まだあんな小さな子供なのに
必死に探していると
弘美がベリーを抱いて帰って来た。
ベリーの背中から、微かにアルコールのにおいがする
「予防接種終わったよ。」
心配なんて必要なかった。
それからベリーがお散歩に行くようになった。
私と歩くと…
私の身体にぶら下がって全然前に進めない
仕方がないので、お散歩は別々に行くことになった。
「ねぇねぇ、お姉ちゃん!!!
なんでいつもそこから出て来ないの?」
まだ幼いベリーに話しかけられる
「いろいろ怖いの…。
私はいいからベリーちゃんは遊んでおいで」
「お姉ちゃんと遊びたい!!!」
「私はいいから、弘美を誘えば?」
そう言うと、ベリーは私の身体の下にひいてあるマットをいきなり引っ張り出した。
「ずっと出ないから怖いんだよ?
怖い怖いって言ってても、世界は変わらないよ?
私はお姉ちゃんとたくさん思い出作りたい!!!」
ハッとした…。
その瞬間…
私は自分の小部屋から外に出ていた。
それから私は、ほぼ強制的にベリーの遊びにつき合わされていた。
日々大きくなるベリー
猫ほどの大きさだったベリーだが、気が付けば私と変わらないくらいに成長していた。
ベリーは、来た時からいろんなことを学んでいた。
お手、おすわりはもちろん!!!
宝探し、トイレなど
その学んだことを私にも教てはくれるのだけど
たまに間違えたことも教えてくれた。
「ベリー!!!
エマッ!!!
ここはトイレじゃないでしょ!」
毛布の上でふたりで盛大におしっこをして怒られたり
ベリーとふたりで壁紙を剥がして見つかったり
でも
それも何故か楽しかった。

そして、お散歩に行くと
あの時「なんでベルが亡くなったばかりなのに。」
という感情を持っていた女性が私を見て涙を流している
「エマちゃん、来た時はあんなに怯えていたのに堂々と歩いてる」
私の成長した姿に感動されたそうだった。
たまに、奥にある弘美の部屋から何やら声がする。
どうやらニンゲンの世界で開催されている大阪万博で弘美がスピーチをするらしく
必死になって練習している。
たくさんのお客様のいる前で自分の夢を世界に向けて伝えると教えてくれた。
「怖くないの?」
と、聞いてみた。
「怖いどころのレベルじゃないよ?
でも、喜びや感動って悲しみや恐怖の向こう側にしか存在しないんだよ?
だから、今できる努力をする。
ただそれだけだよ。」
それから数日後…
弘美は無事にスピーチを成功させて帰って来た。
弘美は、私に無理を言わない。
ある日、なんとなく聞いてみた。
「どうして私に、他の犬にできないことがあっても強制的にやらせないの?」
すると
「私は子供の時から、〇〇なんだから〇〇しなさい!!!ってまわりに言われるのが苦しくて大嫌いだった。
だから、それをされたらどれだけつらいかわかる。
だから、エマちゃんができないことがあってもエマちゃんができるようにニンゲン側が工夫をして生活して
うちに来て楽しかったらそれでいいんじゃないかな?
と思う。
できないことや苦手なものの前でずっと居ても、意味がないから
エマちゃんにはお友達を作る才能もあるしスタイルも綺麗でこんなにかわいいんだから、自分は何をしたら輝けるか考えた方が生きていて楽しいよね?」
弘美は私の知らない場所で苦労していたみたいだった。
だから、はじめて会った時も
前足を伸ばす勇気が出たのかなと思う。
そして、その後の散歩で私が歩いている弘美の顔を見つめると
「エマがこっち向いてくれた!!!」
弘美が涙を流して喜んでいた。
私達みたいな保護犬と呼ばれる犬達には
他の犬が簡単にできてしまうことが苦手だったり怖かったりする。
でも
それがあるからこそ
ニンゲンは、当たり前の日常はキセキに溢れていること
小さなことに見えても、保護犬目線で見るととてつもない大冒険なのかもしれないと気が付くことができるそうだ。
皆様も、もしも震えながら歩く犬を見つけたら
「この子はきっと冒険の途中なんだな」
と、優しく見守ってほしい。
私の冒険もまだまだ続きます。
他の怖がりワンコ達の冒険も素敵な思い出になりますように。
一緒に暮らすニンゲンもHappyでありますように。
私の物語を読んでいただきありがとうございました。

