前田に初めて口出しした
前回の技術会議、前田はトーマの質問にうまく答えられなかった。
その状況をゲオルグもベノワもフォローしなかったことが引っかかっていた。
ただの杞憂かもしれないが。
「今回も私が出るよ」
とファイナンスVPのシネムに言った。
「いいの?助かるわ」
とシネムはそれ以上訊かなかった。
今回の技術会議は、よりポリティカルな視点で観察した。
すると、出席者たちに異様な空気があるように感じた。
まず、一人目の発表者のプレゼンに前田が質問をしたとき、発表者はまともに答えなかった。
答えられなかったのではない。
答える気がない、という態度に見えた。
「そういう問題ではなくて(苦笑)」
と対話を閉じたのだ。
その冷淡な対応を誰も引き取らなかった。
さらに、前田のプレゼンには一人のコメントもなく、すぐに次の発表者の番に移った。
イジメ、ではない。
悪意や敵意は感じない。
ただ、技術部内で、前田は浮いている。
もっとはっきり言うと、孤立している。
誰とも関われていないようだ。
だから彼の質問はスルーされ、彼のプレゼンには一言コメントすらつかないのだ。
よくもまあこんな環境に耐えてるな。
独りで仕事になると思っているのか。
1日考えて、最短ルートをとることにした。
前田の上司ベノワのオフィスに行く。
余計なこと、かもしれない。
だが、こんなことで若い時間をムダにしてほしくない。
アポはとっていないが、ベノワは笑顔で迎えた。
しばらく世間話してから本題に入る。
「ベノワ。前田の部内での立場はあなたも気づいているよね」
ベノワの顔から笑みが消えた。
「〇〇〇。そのことであんたが出てくる意味がわからないな」
「そうだね。前田の飲み友達だから、では不足か」
「はっはっは!十分な理由だ。で、どうしろと?」
「あなたの考えを聞きたい。前田をどう活かすのか」
ベノワは少し考えてから言った。
「彼は有能な技術者だ。保証するよ。だが、うちの部では少々難しい」
「有能すぎるから?」
「まあそんなとこだ」
やはりベノワはちゃんと❝人❞を見ている。
「そういえば、ロボティックアームの導入で対立したことあったろ?」
「よく知ってるな」
「私はあなたの意見に賛成だったんだよ」
「ははーん。そういうことか。それで彼は提案を引っ込めたのか」
「それは違う。彼は現場を見て判断したんだよ」
「ほう。それは殊勝だ」
「ベノワ。率直に訊く。前田を放出してもいいか?」
「正直に言うと、俺も悩んでいた」
「どこに異動させるのがいいと思う?」
「ふーむ・・・R&Dはどうかな」
(だよね)
3日後、前田を会議室に呼んだ。
「前田さん、単刀直入に言います。今の部署では仕事にならないと思います」
前田は察したようだったが、どこまでわかっているのだろう。
「僕なら大丈夫ですよ」
「大丈夫じゃないから言っています。仕事は一人で進めるものではありません」
前田は黙った。
そして小さく言った。
「どうしたら、いいですか」
「部署異動を勧めます」
「逃げろってことですか?」
ふと、あのときのヘレン姐さんの言葉を思い出した。
(逃げなさい。戦っちゃダメ)
姐さんの言葉を借りよう。
「逃げることは恥ではありませんよ」
前田は意を決したように言った。
「ファイナンスに行きたいです」
「それはお断り。あなたは技術の世界で生きていく人です。
ファイナンスがわかる技術者になりなさい」
「じゃあ、どこに」
「R&D。技術開発チーム」
(次回)
(前回)
