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前田とその話をしなかった

月に1度、技術部主催の会議がある。
技術系プロジェクトの進捗を共有するもので、技術部VPのゲオルグも出席する。
ファイナンスからはVPのシネムが出席している。
投資のスキームや契約条件の妥当性などを審査する責任者として。

今月の技術会議は、休暇中のシネムに「代わりに出といて」と言われた。
私は技術の話はあまりわからない。
技術者同士が話す専門用語はとても同じ英語とは思えない。
おそらく、彼らは私たちの話すファイナンス言語を英語と認識していないのだろうけど。

その会議に前田も出席しており、プロジェクトの進捗を報告した。
若いのに英語がうまい。
彼は帰国子女とかではない。日本生まれ日本育ちの20代。ここスイスに来て半年もたっていないはずだ。
しかし今さらその程度のことで私は驚かなくなっている。

前田が報告を終えた。
“Any question?”
そのとき、トーマという技術者が長々と質問した。
技術的な話でただでさえわからないうえ、フランス語訛りのホロホロ英語で土星わかりにくい。(輪をかけてわからないの意)

前田が困惑している。言葉を探しているようだった。
これは仕方なかろう。私でも困惑する。
結局、前田はその質問をうまく捌けず、微妙な空気で次の議題になった。

こういうのもいい経験か。
私は気に留めなかった。
ただ、ゲオルグもベノワも一切フォローしないところに、わずかな違和感が残った。


技術会議に私がいたことを前田は知っているはず。
あのあと喫煙所で会ったとき、彼はその話をしなかった。
私も触れないでおいた。
彼には忸怩たる思いがあるだろう。
それを知られたくないかもしれない。

もしいつものように
「〇〇さんはどう思いますか?」
なんて訊かれたら、、、と想像した。

トーマは、30代後半のやり手に見えた。
技術者としてではなく、政治屋としてだ。
この会議がポリティクスの戦場でもあることを彼は熟知しているのだろう。
VPのゲオルグとDirectorのベノワがいる前で、自分の存在をアピールする機会。
発表者は、わかりやすいプレゼンを。
質問者は、発表者を困らせる質問を。
それにうまく応答するところも見られている。

技術者としての力量は前田のほうがはるかに上だろう。
しかし、政治力ではトーマに一日以上の長がある。
私は、トーマが嫌な奴だと言いたいのではない。
10歳ほど年下で同格のManagerである前田をライバル視するのは当然のことだし、上役らがいる場でライバルに意地悪な質問をするのも組織人としてごく普通の振舞いだと思う。

前田は爪を隠すのが下手な男だ。
まず、トーマに出世を脅かす存在と思われてはいけなかった。
次に、普段から彼と友好的な関係を築いておけばよかった。
そして、ミーティング前に彼に根回ししておくべきだった。

前田。
トーマと技術力で勝負するなよ。
おまえは、単に負けているのだ。


(次回)

(前回)