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前田と初めて仕事の話をした

ある日、終わりに向かう人間と始まりの人間が、たまたま出会った。
ただそれだけのことを記録している。

あと11ヵ月で会社を辞める私と、社会人になって数年の彼。
仕事上の接点はないが、なぜかときどき話す。
そのたびに、少しだけ世界の見え方が変わる。


喫煙所で、ゲオルグという技術部門のヘッド (VP) が話しかけてきた。

「最近うちのMaeda-sanと親しくしているようですね」
「まあね。彼はnice guyです」
「ファイナンスに引き抜くつもりじゃないでしょうね(笑)」
「それは彼が決めることです」
「どこか悩んでいるようにも見えましたので」
「彼、面白いですよ。直接話してみたらどうです?」

ゲオルグはWill do, will doと笑いながら去って行った。

前田、やはり目をかけられているんだな。

その2日後、前田からTeamsのチャットが入った。
“仕事のことでご意見を伺いたいので、少しお時間いただけますか?”

彼が仕事の話をしてくるのは初めてだ。

“今いいですよ。喫煙所に行きます?”
少しの間があってから、
“いえ、会議室をとっておきます”

真面目な話なのかな。
私が意見できることなんかなさそうだけど。
彼はいわゆる技術屋さん。私は所詮ファイナンス屋だ。
しかも、扱っているプロダクトがまったく異なる。
私が扱っているのは電子機器の完成品。彼はたしか、部材や金型の生産技術をサポートしている。

会議室に入ると、前田は立ち上がってお辞儀した。
「日本人かっ」
と、軽くツッコミを入れた。
彼は短く笑って、すぐに本題に入った。

彼の話は、生産ラインのロボット化に上司が反対している、というものだった。
彼の上司はベノワというDirector。私も何度か話したことがある。

「技術的な検証はできているんです」
前田はやや不満げに言った。

「ベノワが反対する理由は?」
「急激なオートメーションは現場が混乱する、と言いました」

これはなかなか深遠なトピックだな。

彼の言う「技術的な検証」とは、タクトタイムの短縮による生産性の上昇が測定できたということだろう。

かたや、ベノワは❝人❞をみている。
現場の作業員が大量解雇されることだけでなく、士気の低下と、求められるスキルの変化を重くみているのだと思う。

どちらの言い分もまあ正しい。
メーカーの競争というやつは、製品の開発・販売力と並んで、コスト競争力がものを言う。人を機械やロボットに置き換えるのはどのメーカーもやっている。それに遅れたメーカーは競争に負けるのだ。

しかし、ベノワの懸念はもっともだ。
生産ラインをどこまで自動化しても、最終的にQCD(品質・コスト・納期)を決定づけるのは❝人❞なのだ。
いくら優れたロボットを導入しても、それを動かす人間がいなければモノは作れない。

「〇〇さんはどう思いますか?」
 
どっちも一理ある、と答えても仕方がない。
前田さんの言うとおりです、は違うし、ベノワの肩をもつのは普通すぎる。

私はファイナンスの人間だ。
技術。人。もう一つの観点。

「その投資は回収できないのでは?」

は?
彼は心外そうな顔をした。

「NPVの計算もやりましたよ」
「何年で?」
「7年です。US GAAPも調べました」

US GAAP(米国会計基準)か。
間違ってはいないが、当社はIFRS(国際財務報告基準)に準拠している。
ロボティックアームは7年もつだろうけど、それを使って生産される製品の寿命は2年といったところだ。
だから2年で減価償却する。それがIFRSの考え方。
するとNPVはマイナスになる可能性が高い。
 
それを彼に説明するのはやめた。
ファイナンスの人間がファイナンスの理論を振りかざすのは大人げない。

製造工程のエンジニアがラインのオートメーションを志向するのは当然だ。
しかも彼は、投資採算性を計算したり会計基準を参照したりする頭をもっている。
テクノロジーオリエンテッド。無限の知識。答えは一つにしかならない。

ベノワはDirectorだが、技術屋として様々な現場を見てきた人だ。だから言葉に重みがある。
これは思想のぶつかり合いでもある。知識や経済合理性ではなく。

テクノロジー、ヒューマン、マネー。
どれを大切にするかで、技術者の人生は変わる。

しばらく沈黙が続いた。
小さく頷いて、
「お時間ありがとうございました」
前田は会議室を出て行った。

ドアの向こうから、彼の走る足音が聞こえてきた。


(次回)

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