子供を諦めていた躁鬱が妊娠を許可された話③
前回の話では、先天異常のリスクの高いバルプロ酸ナトリウムを400→200mgと減量して、自傷行為もあったが先生にもっと減量できると判断されて100mgまでの減量を試みる事をお話した。
結果から言うと…これは大失敗であった。
薬の減量をしてから1週間後に、それは突然現れた。
薬を減らして訳もなくイライラしていた私は、ちょっとした事でむぎ(夫)と喧嘩になった。その時の夫の態度が、(決してきっとそうでは無いのだが、病気の私には本当にそう見えた)私たちの関係を拒絶しているように見え、私は衝動的に家を飛び出した。睡眠薬を飲んだ後の深夜のことである。
私は無我夢中で車を走らせた。
最初は家から出られればそれで良かった。
しかし―。
トンネルを見た瞬間にある映像が頭に浮かぶ。
―トンネルの壁に衝突して死ぬ自分―
その瞬間、私は70%くらい本気でそれをやろうとしていた。ただ、瞬間の情動だ。1秒後には理性が顔を出し、そんなことをするなと私に言い聞かせる。
しかし怒りと衝迫の止まらない私。
気がついたらいつもは大好きなむぎにLINEを送っていた。
『このまま壁に衝突して死ぬ!』
そして私はすごいスピードで車を走らせ続けた。理性を取り戻してからも30パーセントくらいは本気で壁に突っ込むタイミングを探っていたのではなかっただろうか。とにかく、完全に取り乱していた。
しかし5分くらいしてからだろうか、正直に言うとこの時の時間感覚がないのだが、ふと冷静になった。
「もういいや!このままむぎをビビらせたまま実家に帰ればいい!むぎは少しくらい痛い目を見て、私の怒りの本気さが分かればいいんだ!」
そしてその少しあと、今度はこう思った。
「なんで私が出ていかないと行けないん?そうだよ!私は悪くないのに私が出ていくなんておかしい!むぎが出ていけばいいんだ」
そうして私は家に帰ることにした。
さっきから無視し続けていたが、LINEには何件もの電話と、
「お願い、自分が全部悪かったから」
「死なないで、お願い」
「迎えに行くから」
「そこにいて」
「タクシーですぐ行くから」
「動かないで、お願い」
と大量のメッセージが届いていた。ここに来てはじめて反省した私。
むぎに電話を返す。
むぎは酷く憔悴していた。
夫婦で1台しか車を持っていないので、家の周りをあちこち走り回って探してくれたのだろう。パニックと走ったあとで呼吸の上がったむぎは
「よかった、よかった…。」と言った。
「今からタクシーで行くから…お願い…すぐ行くから…自分が悪かったから…」
「今どこにいるの…?すぐ行くから、死なないで、お願い」
私は自分がいた場所を伝えた。それは家からすぐ近くのコンビニだった。
私は少し落ち着いてから、「自分で帰れる」と家に帰った。
むぎはどこからかよろよろと走って家に帰ってきて、「よかった…本当によかった…死ななくてよかった…ごめんね、ごめんね…」と、何度も私にハグをしてくれた。
罪悪感と自責の念に潰されそうになりながら、私は小さな声で「私なんか居なくなっても困らないでしょ。」と、それでもまだ皮肉を言ってみたりした。
でもむぎは「困るよ、大切だもん。」と目を見てはっきりと答えてくれた。
自殺衝動の結果、夫が思った以上に狼狽えたことが、一番辛かった。それが私をこの世に引き留めてくれたと言っては過言だろうか。でも、もう二度とこんなことはしないと決めた。
翌日も私は調子が悪かった。
自分が自分でないような、「心ここに在らず」という言葉はこういう状態を説明するためにあるのかと思うくらい、まるで自分の精神だけが別の世界線へ飛んで行ってしまったかのような、そんな感覚だった。
近場で用事があったのでやむを得ず運転して行った。しかしその行き帰りの道で、何度も死にたいと思った。自分自身でも、今の自分がとても危険な状態と分かった。
今思えば、この日は運転すべきでなかった。もちろん睡眠薬を飲んだあとの前日は言わずもがなであるが、衝動というものは人間を突き動かすので恐ろしい。
翌日は衝動で運転した訳ではなかったので、予定を取りやめるなど、運転しない手段を選べたはずである。しかしこれが病気ということなのか、運転してしばらく車に乗ってみるまで、それに気づけなかったのである。この時は危ないことをして、世間様に本当に申し訳ないことをしたと思っている。これじゃあ精神疾患を持った人が、世間から嫌われても仕方ないよな…ということをしてしまった(SNSなどで精神疾患叩きが目立つのをよく目にして落ち込んでいる)。自分を含めて周りの友人にも精神疾患の多い私は、精神疾患を持ってる人をその理由だけで嫌わないで…という切実な願いを日頃持ち続けているのに、当の私が非常に残念で、申し訳ないことをしてしまった…。
話は戻り、この日を過ごして自分の状態のいかに危険であるかに気づいた私は、むぎと話し合いすぐに病院に行くことにした。
「前回減薬してから希死念慮が酷いので、予約より早く診察にかかりたいんです。」
そう電話すると受付の方は先生の診療時間外の予約まで全て調べてくれた。ただ、どうしても診察の時間が取れないということで、先生のご判断で、減薬前の薬の量になるよう、薬の処方をしてくれた。
結局今回は減薬に失敗してしまった。
それでも、こんな体調で生き続けるよりはましなのだろうか。
減薬はゆっくりというが、はやる気持ちと、これ以上先に進めない恐怖が混在した。
そんな1週間となった。
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