泰夢(たいむ)のお話:98
何も言わずにそっとお仏壇に向かって手を合わせる泰夢です……
それでは、どうぞ!!
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リビングへ続く引き戸のすき間から見える泰夢(たいむ)のすがたに、華恋(かれん)が口元をおさえた。
両方の手の指をのばして、それをむねの前にする。
ほんのすこし頭をたおして、手をしっかり合わせる。
それを見たとたん、華恋の中で、自分でも分からないけれども、いつもがまんしている『何か』が、音もなく外れたような気がした。
目の周りがカァっと熱くなり、のどのおくの方がヒクッとして、そこから声がもれそうになるのを、必死になって両手でこらえた。
がまんしなくてもいい……と思ったけれど、絶対に泰夢のじゃまをしてはいけないんだと、そのことを強く思った。
(……泰夢くん)
もちろん、泰夢が華恋の家に来たのは初めてだから、それが父親のお仏壇(おぶつだん)であることは話していないし、泰夢の祖母の家にあるような大きくてしっかりとしたお仏壇とはやっぱりだいぶちがう。
そばに写真は置いてあるけれども、それが華恋の父であることは分からないだろう。
でも、泰夢はそれを見て、華恋や華恋の母親が『そこ』にいる父親と話す時にするのと同じように、静かに手を合わせてくれたのだ。
きっと泰夢は、父親にあいさつをしてくれたのだと思う。
すごく幸せでうれしかった。
おだやかでやさしい気持ちだった。
なみだがほっぺたを伝って次から次へと落ちるけれども、くやしかったり悲しかったりする時とはちがい、心や体をギュウっとしめつけられたように出てくるものではなくて、自分の中から自然とあふれて出てくるなみだのようだった。
(…………)
手のひらとうででなみだをふいて、音を立てないようにそーっと引き戸をしめると、大あわてで図書館に行くための準備に取りかかる。
(もうっ、わたし何やってるんだろう…!)
トートバッグを広げ、中から家に置いていく物を一つずつ取り出す。
取り出しながら、そのめんどうくささに、少しずつ華恋の中にイライラがたまり始める。
(本当だったら、
わたしがちゃーんと泰夢くんのコトを、
お父さんにしょうかいしなくっちゃダメだったのに!)
バスの時間や図書館に行くことばかり考えていたので、一番に大事なことをすっかりとわすれてしまっていた自分がくやしかった。
これは華恋の中ではだいぶ重要なことで、泰夢と初めて会った日からずっと、それこそ毎日手を合わせて父親に話をしていたのだ。
そして、いつか絶対に泰夢を家に連れてきて、その時は自分が泰夢をしょうかいするからね、と父親に約束していたのだった。
(……それもこれも、
ぜーんぶ泰夢くんが悪いよ!
だって、一人で勝手にお父さんトコに行っちゃうんだもん!)
いらだちまぎれにバッグをひっくり返し、学習づくえの上にぜんぶぶちまける。
(わたし、ちゃんとキズを消毒して、
バンソウコウもはりなさいよって言ったのに、
泰夢くん、ぜんぜんやってないし!)
手を合わせていた泰夢のうでの大きなすりキズに、バンソウコウが一まいもはられていなかった事を思い出し、おでこにギュッとシワができる。
(もう、ちゃんと言いつけは守りなさいって、
ぜーったいに言ってやらなくっちゃ!)
さっきまでのやさしい気持ちはすっかりどこかへと行ってしまい、プゥっとほっぺたをふくらませた華恋は、図書館に行くのに必要そうな物を次から次へとらんぼうにバッグに放り入れていった。
(…………)
華恋がそんなふうになっている事など全く知らず、泰夢はまだお仏壇に手を合わせていた。
華恋と出会った日のことや、いっしょに勉強をしたり夜ご飯を食べたり、バスに乗って学習スクールに毎日通っていることが、泰夢の頭の中に次々とうかび上がる。
(……華恋ちゃんが見せてくれた空手、スゴかったです。
ボクはゲームの中のでは見たことがあるけど、本当のヤツは初めてで、
音がシュ、シュってして、カッコいいと思いました)
頭にうかんだ事が自然と言葉になって、泰夢は目をとじて手を合わせたまま、いろいろな事を話す。
(ボクは……今度、弟か妹ができて、それでおばあちゃんの家に来て、
本当はいやだったんですけど、華恋ちゃんと会えて楽しくなって、
だから、華恋ちゃんにありがとうって、いつも思ってます)
それから学習スクールでのケンカのことを話し、華恋が泣いていたのを見てとっても頭にきたことを話し、休んだ自分を心配してくれて本当にうれしかったことを話す。
そうしてたくさんの事を話しながら泰夢は、華恋が父親のことを「今でも大好きだ」と言っていた意味が少しわかった気がした。
泰夢も同じだった。
いま、泰夢の目の前には華恋の父親がいて、そして、華恋と友だちになったことやいっしょにやったことを一生けん命に話していた。
(やっぱり…
華恋ちゃんのお父さん━━ここにいるんだ)
それは、決してお仏壇のことではないし、そばにある写真立ての中でやさしい笑顔をしているすがたでもない。
合わせた両手の少し手前……泰夢のむねの中に、確かに華恋の父親がいるような気がしたのだ。
(華恋ちゃんのお父さん……
ボクの名前は、高原(たかはら)泰夢です。
これからもずっと、ボクは華恋ちゃんの友だちです……)
━━そうしてゆっくりと目を開ける。
白くて明るい光が一度に目の中に飛びこんできて、クラクラするような感じになって、そうして、まるで温かくてやさしい別の世界から、いつも泰夢が住んでいる世界にもどってきたような、ちょっと不思議な気分になる。
目が光に慣れてくると、タンスの上に置かれた小さなお仏壇と華恋の父親の写真が見えて、そしてそのさらに横に、もう一つ別の写真立てがあることに気がつく。
(…………)
そこには、やさしい顔をした父親と母親と、その二人の手をしっかりとにぎってニッコリ笑っている華恋のすがたがあった。
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泰夢は穏やかな心持ちですが、華恋はちょっとイライラモードみたいです!
では、次回もお楽しみに!
小林るい
