この場所は、業と優しさの境界線にある
人はみんな、どこかで誰かを見下して生きている。
人前では善人を演じ、裏側では孤独を誤魔化す。
私がいつも座っているのは、そんな善と偽善の境界の外側。
── 風俗店の受付デスクだ。
性と金と孤独が交差するこの場所で、人間の“素顔”を毎日見ている。
それが滑稽で、悲しくて、どこか愛おしい。
序章|ここは、静かな戦場だ
── M性感の受付デスク。
私が「いつもの場所」と呼ぶのは、繁華街の一角にある少し特殊な風俗店だ。
3画面のモニターが光るパソコンの前に座り、今日も一日が始まる。
外の景色はほとんど見えない。
代わりに、電話とメールとLINEと、性と孤独と金が行き交う。
人間の“生”の音だけが絶え間なく流れている。
この仕事を説明するのは難しい。
「風俗の受付」と言えばそれで話は早いが、実際のところ私達はただの受付係ではない。
4人の現場スタッフがいて、それぞれがデザインや撮影、システム構築、企画運営などの特別なスキルを持ち、小さな制作会社の様に動いている。
私の仕事は、M性感という世界の裏方であり、同時に“舞台監督”の様な役割でもある。
お客様が一人入れば、感情が一つ動く。
キャストさんが一人卒業すれば、物語が一つ終わる。
この椅子に座っていると、それらすべての“余韻”が、背もたれの奥に沈んでいくのを感じる。
第一章|性欲は、知性の敵だ
電話が鳴る。
「今、空いてますか?」
「M性感って、どんな事してくれるんですか?」
質問の半分は、好奇心でできている。
残りの半分は、理性の崩壊でできている。
大半は良いお客様だ。
でも、時々、性欲でIQが溶けた様な人もいる。
話が噛み合わず、ルールも読まない。
その瞬間、私は悟る。
── 人は、欲望の前で最も“素”になる。
欲望は、人間を馬鹿にする。
だが同時に、欲望だけが人間を本音にさせる。
この仕事をしていると、それが一番正直な“教訓”だと気づく。
第二章|この椅子に縛られているのは、私かもしれない
人は椅子に座る時、安定を得ると同時に、自由を失う。
このデスクの前に座り続けて数年、私は日々拘束されている。
コードではなく、時間に。
鎖ではなく、責任に。
この仕事をしていると、「底辺の仕事」「ヤクザみたいな業界」と言われる事もある。
だが、そう言う人達は知らない。
ここには、礼儀も、思いやりも、信頼もある。
そして、それらが失われた瞬間に、どんなに美しい関係も崩壊するという事を。
たぶんこの業界は、社会の鏡だ。
嘘が通じない。
見栄も飾りも、痛みの前では剥がれる。
残るのは、ただ“人としての品格”だけ。
第三章|卒業と祈り
この椅子に座っていると、ふと卒業していったキャストの顔が浮かぶ事がある。
SNSで近況を見かけたり、風の噂で「資格を取って立派に働いている」と聞いたりする。
そういう話を聞くたびに、少しだけ胸の奥がじんわり熱くなる。
もちろん、逆に踏ん張りきれず、世の中の闇に自ら堕ちていくキャストさんもいる。
救いたい、助けたい ── そんな思いが届かないまま、泡の様に消えていく女性達も少なくない。
それでも私は願う。
いつか彼女達が、「本当に大切なものは何か」に気づき、どこかで幸せに生きている事を。
このデスクと椅子には、そんな数々の思いが残滓の様に染み付いている。
多くの別れと、見えない祈りが積もって、それが“私の現場”の匂いになっている。
第四章|人間を見つめる場所としての現場
このデスクに座っていると、色々な人間模様が流れていく。
生きるのが下手な人ほど、どこか優しい。
愛されたいと叫ぶ人ほど、他人に優しくする余裕がない。
支配されたいと願う人ほど、本当は誰かを守りたがっている。
欲望とは、願いの裏返しだ。
この場所は、そんな人間の歪みを映す万華鏡でもある。
その光景を、私は冷静に観察しながら、いつも少しだけ笑っている。
滑稽で、愛おしい。
それが、この仕事を続けられる理由だ。
第五章|誠実さという、最後の拠り所
例えば電話口で、緊張して声を震わせながら、初めての予約を入れる若いお客様がいる。
その裏には、たぶん誰にも言えない孤独や不安がある。
彼らの声には、「こんな自分でも受け入れてもらえるだろうか」という切実な響きがある。
私達は、それに応える。
ビジネスとしてではなく、人として。
ここは、“性”という入り口を持ちながら、実際には“信頼”で成り立っている場所だ。
だからこそ、一度でも信頼を裏切ったら終わりだ。
それはルールではなく、倫理だ。
倫理のない支配は暴力だし、信頼のない服従は地獄だ。
だから私は、この椅子の上で、誠実である事を唯一の美学としている。
終章|それでも、私は今日も座る
夕方を過ぎると、少しだけ静かになる時間がある。
3つのモニターが並ぶデスクの光が、西陽を反射して、ぼんやりと私の顔を照らす。
この場所に縛られている様で、本当はこの場所に救われているのかもしれない。
欲望も、孤独も、後悔も、みんなこの椅子の前を通り過ぎていく。
私はただ、それを見届けるだけだ。
受付スタッフという名の、人生の観察者として。
今日も電話が鳴る。
誰かの声が、また新しい物語を連れてくる。
そして私は、いつものように応える。
「ありがとうございます。受付担当のカルマです。」
何だかんだと文句を言いながらも、この場所が好きなのだ。
それが、私の“いつもの場所”である。
エピローグ|この“道”の現実として
このコンテストに応募したところで、アンダーグラウンドな風俗業界に関わる人間のnoteが共感を生む事もなければ、入賞する事もまずない。
それは自らを卑下している訳ではなく、私が選んだ“道”の現実だ。
そんな事は百も承知である。
ただ、この業界で働く女性達に、「こんな気持ちで日々向き合っているスタッフもいる」
── そう伝わるだけで、十分だと思っている。
拍手も、賞も、光もいらない。
この椅子に座りながら、今日も人の声に耳を傾けている。
それが、私にとっての“誇り”であり、この世界でのささやかな“救い”なのだ。
私は、いつもの場所に座って ──
誰も救えない夜に灯りを点けたいだけなのである。
