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noteは便所、俺は掃除のおじさん ── 風俗業界から見る労働マゾ地獄

文章を書くたびに、少しずつ狂気が薄まり、また新しい狂気が生まれる。

私は元グラフィックデザイナーで、今はM性感で人間を観察している。
noteは私の研究所だ。
ここで、理性・欲望・羞恥・信仰といった人間の“深部”を記録している。

これはエッセイではない。
人間という生き物の観察報告書だ。
毎朝、満員電車の中でスマホを握りしめ、“理性で自分を叩く”ようにnoteを打つ。

社会は今日も正常を装っているが、私の中では毎朝、世界が少しずつ壊れている。
それでも私は書く。
書かないと壊れるからだ。

序章|朝が来る。

目が覚める。
まだ世界は壊れていない。
残念だ。

電車の中でnote更新。

仕事開始。
お客様の受付。
キャストさんと打ち合わせ。
お客様の受付。
キャストさんと打ち合わせ。
お客様の受付。
キャストさんと打ち合わせ。
── これが無限ループ。

17時頃ようやくランチ。
食べながら悟る。
「これ、もう夕飯じゃね?」

21時に退勤。

電車の中でまたnote更新。

帰宅、風呂、自由時間、寝る。

書きたい衝動に取り憑かれた大人が、通勤電車でスマホを握りしめ、「跪くとは何か」「羞恥とは信頼の変形か」などと打っている。
── 傍から見れば、完全に不審者である。


第一章|noteは合法的な発狂装置

最初は軽い気持ちだった。
「文章でも書こうかな」と思っただけだ。
だが、文章とは毒だ。
一滴飲めば、理性が溶けていく。

気づけば私は毎日更新していた。
朝と夜、2回。
まるで精神の血糖値を維持する様に。

書かないと死ぬ。
書けば生き延びる。
でも書きすぎると壊れる。
── つまりnoteは合法的な発狂装置だ。

文章を書いている間だけ、私はまともに見える。
でもそれは狂気を整形しているだけで、本質的にはずっと泡を吹いている。


第二章|脳で射精するタイプの変態

noteを書く行為は、自慰に近い。
だが普通の自慰と違って、射精の跡が残る。
それが文章だ。

毎回、脳内で射精している。
文字が白く光って画面に散る。
スクロールするたびに、私の中枢神経が微妙に震える。

これがnoteの中毒性。
SNSという現代の寺で、私は一人で経文を打っている。


第三章|バズらない?知ってる。狂気は量産できない。

私の文章は、基本的に読まれない。
誰も見ない。
誰も理解しない。

でも、いいねゼロのその静寂が美しい。
誰にも読まれない狂気ほど、純粋な芸術はない。
バズりたい奴らが「共感できる言葉」を投げるなら、私は「共感されない地獄」を出荷している。

noteのタイムラインに一つだけ置かれた腐ったリンゴ。
クリックした瞬間、noteというゴミ溜めからゴキブリが出てくる。


第四章|通勤電車という移動式カプセル精神病棟

満員電車の中でスマホを握る。
他の乗客はSNSを眺めて“他人のプライバシー”を覗いている。
私は“人間の裏側”を覗いている。

サラリーマンが株価を気にする横で、私は“羞恥と服従の関係性”を考えている。
── どちらが狂っているのだろう。

朝のnoteは助走。
夜のnoteは余罪。
出勤と帰宅のたびに、私は一人の作家に変身する。

通勤時間とは、社会が用意した合法的な錯乱タイムだ。
みんな疲れて目が死んでる。
私は疲れて目が輝いている。


第五章|元グラフィックデザイナー、現・倒錯アートディレクター

かつて私はグラフィックデザイナーだった。
紙の上に秩序を作り、混沌を抑え込む仕事。
構図、バランス、フォント、色彩。
完璧なレイアウトの上で人間を装っていた。

だがある日、内臓系の病気で倒れた。
病院の白い天井を見上げて思った。

「こんなデザイン、二度としたくない。」

それから私は、現実というキャンバスに落書きを始めた。
名刺もポートフォリオも投げ捨てて、辿り着いたのがM性感だった。

紙をデザインしていた男が、今は人間の倒錯をアートディレクションしている。


第六章|M性感という修羅のアートスクール

たまに言われる。
「M性感って……そういうお店でしょ?」
「なんか、女の子といい思いしてるんじゃないの?」

はい、してません。
M性感の現場は、甘くない。
むしろ、社会の中でも屈指の真面目ワールドだ。

キャストさん達は一人一人が技術職のプロフェッショナルであるし、お客様一人一人の“性の感情”を預かる仕事でもある。
信用が命であり、軽口一つで信用が吹き飛ぶ。

ここでは、“嘘のない人間関係”しか生き残れない。
綺麗ごとを喋る暇があったら、相手の機敏を読む。
「信頼」と「恐怖」は紙一重。
それを扱うのが、この世界のルールだ。

お客様とキャストさん、欲望と羞恥。
ここでは毎日、レイアウトが崩壊しては組み直される。
私はそれを“感情のアートディレクション”と呼んでいる。

もはや私は、風俗業界の“感情アートディレクター”だ。
名刺には書けないが、こっちの方がよほどクリエイティブだ。


第七章|金の為じゃない。変態の為だ。

特に私は、金の為にこの業界に入った訳じゃない。
性的倒錯という人間の深部への“知的好奇心”が、私をここに連れてきた。

「性欲」という三大欲求の一つ。
誰もがそれに振り回される。
だがその滑稽さと崇高さを、真正面から観察してみたかった。

つまり私は、“変態の研究者”であり“倒錯の現場学徒”だ。
社会的にはただの風俗勤務。
だが、内面では常に研究をしている。

「人間とは、どこまで自分を晒せる生き物か?」
それをテーマに、日々、欲望と羞恥の臨界を観察している。

この世界は、一般社会よりよっぽどシビアだ。
不真面目な奴、不誠実な奴、バカ、全員消える。
「優しさ」や「共感」を装っても、1週間で化けの皮が剥がれる。
むしろ、真面目じゃない奴から先に消える業界。

だが私は、そんな世界が好きだ。
ここには嘘がない。
建前が死に、素がむき出しになる。
それがどんなに醜くても、どこか美しい。

── そんな理由で業界にいる奴、たぶん他にいない。
でも、私はそれを誇りにしている。
変態である事を、自覚的に生きる。
それが、私の知的誠実である。


第八章|noteは便所であり、神殿であり、晒し台である

夜、電車の中でnoteを書く。
周囲はスマホゲームやネットの炎上を楽しんでいる。
私は「愛とは服従の別のカタチである」などと打っている。
── もはや発作だ。

noteは便所だ。
だが、神殿でもある。
そして晒し台でもある。

私はそこで、日々“自分の狂気”を垂れ流している。
他人が「共感」を求めて書くなら、私は「反発」を求めて書いている。


終章|狂気は今日も健康に続く

私は元グラフィックデザイナーで、今はM性感勤務の変態だ。
社会的にはゴミ。
精神的には観察者。

書くとは、社会的に安全な自傷。
noteとは、知的な自慰。
そして、私はそれを“日課”と呼んでいる。

── 気持ちのいい地獄。

それを毎日2本、通勤電車で垂れ流している。
そろそろペースを少し落とそうかとも思っているが、窓に映る自分の顔を見ながら、こう呟く。

「今日も世界はまだ狂ってない。だから俺が代わりに狂ってやる。」


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