短編小説『ピース 世界の終わりにジャンケンを』#虹色創作部

ピース 世界の終わりにジャンケンを
悠翔は船の甲板でピースをふかした。
「ゲホッ」
久しぶりのタバコは喉にきつい。
今朝まで大雨が降っていた。何日降り続いた?
十日か、二週間か、あるいは一ヶ月か……。
どうでもいいさ。
今こうして晴れて、煙を吐ける。
それだけで十分だ。
甲板の下には濁った水がうねり、死んだ魚が浮かんで光っている。
その上で一本のタバコを吸う――それが生き残った証だった。
――50日前。
テレビもネットも「世界の終わり」だと騒ぎ立てていた。
隕石だの疫病だの洪水の前兆だの……正直どうでもよかった。
ふらっと立ち寄った商店街で耳にしたのは、
「日本脱出ツアー・最後のチケット」という言葉だった。
二重予約のキャンセルが出て、たった一席だけ残っているらしい。
カウンターの前で男たちが声を荒げていた。
「俺の方が先に来てたんだ!」
「俺はキャンセル待ち頼んでたんだ!譲れよ!」
「お客様、困ります……」
店員のお姉さんが泣きそうな顔をしている。
悠翔はどうでもいいと思った。
でも、その困った顔が妙に気になった。
気づけば口を挟んでいた。
「じゃあさ、どうする? 殴り合い? 世界の終わりにケンカで決めるの、ダサくない?」
男たちは睨みつける。
「……じゃあどうするってんだ」
「簡単だよ。ジャンケン。
平等だろ? 世界が終わるってときに、ルールくらい守ろうぜ」
渋々、二人は手を構えた。
「ジャンケン――」
悠翔は迷わずチョキを出した。
相手は二人ともパー。
「……俺の勝ちだな」
悠翔はピースサインをひらひらさせて笑う。
「平和のピースってね」
にやりと笑う悠翔に、店員のお姉さんはただ目を丸くしていた。
それが、最後の一席を手にした瞬間だった。
――そうして、今、ここにいるわけだ。
船内の扉は静まり返っている。
かつて隣で眠っていたはずの乗客の声も、もう聞こえない。
そのとき、甲板に一羽の鳩が舞い降りた。
くわえているのは小さな枝――オリーブか。
「鳩か~。こいつ食えんのかな」
だが鳩は枝を落とし、すぐにどこかへ飛び去った。
落ちた枝を拾い上げると、葉は黒ずみ、焦げたように崩れた。
悠翔は肩をすくめる。
「まあ、食料はまだあるしな」
そう言って船内に姿を消す。
その背中には、薄らと黒い影――翼のようなもの――が揺れていた。
あとがき
虹色創作部のお題「ピース」に参加させていただきました。
裏お題は「鳩」。こちらもしっかり押さえております。
さて、この作品は以前、連載予定として書いた『ジャンケンミラー教団』のスピンオフで、
20字小説「世界の終わりに、天使と悪魔が微笑み交わす」の姉妹作になります。
ピース……ピースと言えば、彼でしょう。ジャンケンチョキの“ゆうしょー”です。
でも、「ジャンケンミラー教団」ってまだ一話しか公開してないのにスピンオフ出すか!?
しかもまだ“ゆうしょー”しか登場人物いないのに?
──と思いつつ、主人公はどうしても彼以外に思いつきませんでした。
ピースと言えば、平和とかピースサインを思い浮かべる方が多いと思いますが、
今回はあえてタバコのPeaceを選びました。
僕は喫煙者ですが、今までPeaceを吸ったこともないし、
周りにも吸っている人がいませんでした。
それでも調べてみると、「ピース」という銘柄は、旧約聖書の大洪水のあと、
オリーブの枝をくわえて戻ってきた鳩がモチーフだという。
この時点でもう、設定が勝手に組み上がりました。
「大洪水」「鳩」「オリーブの枝」
そしてその後に残された甲板の上。
タバコをふかすゆうしょーが立っている。
そのイメージがすぐに湧いてきました。
そこに鳩が飛んできて、くわえているのは黒く焦げたオリーブの枝。
裏お題「鳩」も自然に回収できるし、
「世界の終わり」感もほどよく滲んでくる。
でも、なぜ世界の終わりなのか? なぜ洪水なのか?
──そう思ったとき、ふと思い出したのが、
20字小説「世界が終わる時、天使と悪魔が微笑み交わす」。
あれを横から見たような話にしたいと思いました。
“ゆうしょー”を“悠翔”にして、世界に馴染ませたうえで、
彼の飄々とした性格を通して「終末すら軽やかに乗りこなす物語」に。
ピースをふかしながら、ジャンケンでピース(チョキ)を出し、
平和(ピース)的に解決する。
この三重の「ピース」が重なる瞬間が書けたことで、
ようやくこの話は仕上がったと感じています。
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連載中の『配達員ろること2号』では、まだ登場していない悠翔(ゆうしょー)も、今後しれっと出てきます。
クジラ案件やジャンケンする配達員が好きな方はぜひチェックを。
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※本作はフィクションです。
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