第十話:王子、鉄の馬に跨る
【転生したら50代のチビでハゲでデブだった件】
第十話:王子、鉄の馬に跨る
【あらすじ】
私は、某国の絶世のイケメン王子アレックス(27)。「チビデ・ハゲデ・ブー!」という呪いでチビでハゲでデブな50代のおっさん「ヌシ」(蕪木としぞう)の身体に転生した。糖尿病に乾癬、鬼嫁付き。一つの体に、王子とおっさんの二つの意識が同居中。前世の知識とAI執事を武器に、このポンコツな身体と人生を、私が立て直す。(>物語の第一話はこちらから)
※( )は王子アレックスの声、『 』はおっさんヌシの声です。
その夜、アレックスは、いつになく、静かだった。
『どうした。今日は、説教の一つもないのか』
(……ヌシ。一つ、聞いてくれるか。柄にもない話だ)
『なんだよ、改まって』
(私はな、前世で、一頭の馬を飼っていた。漆黒の、見上げるほど大きな馬でな。名を、黒竜号といった。気性は荒く、私以外の誰も、背に乗せようとはせん。だが、私にだけは、懐いていた。私が呼べば、地を揺らして、駆けてくる。あれに跨って、城の裏の草原を、風を切って駆け抜けるのが……私の、一番の楽しみだったのだ)
ヌシは、黙って聞いていた。頭の中の傲慢な王子が、こんな声を出すのを、初めて聞いた。
(もう、あの草原には、戻れん。黒竜号にも、二度と会えん。……たまに、無性に、あの背に跨って感じた風を、もう一度、味わいたくなるのだ)
『……アレックス』
(すまん。湿っぽい話をした。忘れてくれ)
しばらく、沈黙が流れた。やがて、ヌシが、ぽつりと言った。
『……乗るか、馬』
(は?)
『この国にも、あるんだよ。馬みたいなやつが。鉄でできてて、馬より速くて、風を切って走る。バイクっていうんだ』
ヌシの行動は、早かった。
なにせ、金はある。時間もある。FIREして、暇を持て余している身だ。思い立ったが吉日とばかりに、ヌシは、教習所に通い始めた。二輪免許はもっているので、2週間で大型二輪免許が取れる。
(しかし、お前。その歳から、新しい乗り物の操縦を学ぶのか。大丈夫なのか)
『馬鹿にすんな。こちとら、若い頃は運動神経だけは良かったんだ。中免のバイクものっていたし、体育は、ずっと五だったって言ったろ』
(その栄光、何度聞いたな。その面影もない…)
意外にも――いや、本人いわく当然のことながら――ヌシは、すいすいと教習を進めた。少しだけ痩せ始めて、体が軽くなってきたのも、幸いした。少し前のヌシなら、大型バイクを引き起こすことすら、できなかっただろう。重い車体を、ぐっと腕で起こせたとき、ヌシは、ダイエットの成果をすこしだけ実感できた。

そして、めでたく大型二輪免許を取得したヌシが、清水の舞台から飛び降りる気で買ったのが――ハーレーダビッドソン。その名も、「ブレイクアウト117」。鈍く光る、漆黒の巨体。まるで筋肉の塊のような、化け物じみたアメリカンバイクだった。

その黒い巨体を、初めて目の前にした瞬間。
アレックスが、息を呑んだ。
(……黒竜号)
『え?』
(黒竜号だ。……間違いない。この、漆黒の巨体。この、見る者を圧する、猛々しさ。地を踏みしめるような、どっしりとした佇まい。……私の、黒竜号だ)
『お、おい、アレックス?』
(ヌシ。私は、もう二度と会えぬと思っていた。あの草原に置いてきた、我が相棒に。それが、こんな異国の地で、鉄の姿に身を変えて……また、私の前に、現れてくれるとは)
頭の中で、傲慢なはずの王子が、声を詰まらせていた。そして、ヌシの目から――いや、アレックスの感情に引きずられて、ヌシの頬を、一筋の涙が、伝った。
『……うわ、なんで俺が泣いてんだ。お前のせいか』
(すまん。だが、止められん。……会いたかった。本当に、会いたかったのだ、黒竜号)
ヌシは、何も言えなかった。ただ、その黒い鉄の馬が、急に、ひどく愛おしいものに思えた。頭の中の王子が、これほど誰かを――いや、一頭の馬を、愛していたのだ。
『……決めた』と、ヌシは言った。『こいつの名前は、黒竜号だ。ブレイクアウトじゃない。俺たちの黒竜号。それで、いいな?』
(……ヌシ。お前、たまに、本当に、いいことを言う)
『うるさい。たまには余計だ!』
そして、初めての、ツーリングの日。
ヌシは、黒竜号に跨り、エンジンをかけた。腹の底に響く、ドコドコという重低音。それはまるで、巨馬のいななきのようだった。アクセルをひねると、漆黒の巨体が、ぐっと前に押し出される。
郊外の、見晴らしのいい一本道。
ヌシは、アクセルを開けた。風が、全身に叩きつけてくる。
(おお……! おおおお……! これは……!)
頭の中で、アレックスが、歓声を上げた。
(風だ! 風が、来る! 黒竜号で草原を駆けた、あの時と……いや、それ以上の速さだ! 黒竜号! やはりお前だ! お前と、また、こうして走れる日が来るとは!)
『いいだろ!? 気持ちいいだろ!?』
(最高だ! ははっ、見ろ、景色が、飛んでいく! こんなに胸が空くのは、転生してから、初めてだ!)
二人は――一つの体で――声を合わせて、笑った。
チビでハゲでデブな五十のおっさんと、故郷を失った王子が、鉄の黒竜号に跨って、風の中を、どこまでも駆けていく。傍から見れば、ただ一人の中年ライダーが、満面の笑みで走っているだけ。だが、その中では、二つの魂が、確かに、同じ喜びに震えていた。

ひとしきり走って、休憩。ヌシが、ヘルメットを脱ぐ。
(……ヌシ。一つ、気づいたことがある。お前、走っている間、ずっとマスクをしていたな。なぜだ)
『ああ、これか。俺、喉が弱いだろ。排気ガスとか、冷たい風を直で吸うと、てきめんに喉をやられて、具合が悪くなるんだ。だから、バイクのときは、マスク必須なんだよ』
(なるほど。お前の弱った喉には、この風も、毒になりうるか。……備えとして、賢明だな。感心したぞ)
『へへ、だろ』
(だが、ヌシ。一つだけ、言わせてくれ)
『お?』
アレックスの声が、いつもの調子に戻った。
(この黒竜号は、最高だ。猛々しく、美しく、そして、誇り高い。前世の相棒に、勝るとも劣らん。……だが、それに跨っているのが、腹の出た、ハゲの、冴えん五十男だと思うと――正直、釣り合いが、取れておらん)
『うるさいな! 余計なお世話だ!』
(考えてもみろ。かつて黒竜号の背には、隣国にまで美貌を轟かせた、この私が跨っていたのだぞ。これほどの名馬に跨るなら、乗り手も、それに見合う男であるべきだろう。引き締まった体。鍛えた背中。革のいでたちの似合う、渋い佇まい)
『……つまり、何が言いたい』
(痩せろ。そして、身体を鍛えろ。この黒竜号に、最高に似合う男になれ。それが、再び巡り会えた、黒竜号への、礼儀というものだ)
ヌシは、ヘルメットの中で、苦笑した。結局、いつもの話に戻ってくる。だが――不思議と、今日は、その説教が、まるで嫌じゃなかった。
この、誇り高い黒い鉄の馬に、心から似合う男に、なってみたい。病気を治すためでも、医者に脅されたからでもなく。ただ、こいつに跨る自分を、かっこいいと思いたい。生まれて初めて、ヌシは、そんな前向きな理由で、痩せたいと思ったのだった。
『……わかったよ。黒竜号に似合う男に、なってやる』
(その意気だ。さあ、帰りも、安全運転で頼むぞ。かつて愛した相棒と、再び感じるこの風を――これからは、共に、大事にしていこう)
二人を乗せた黒竜号が、夕日に向かって、再び、走り出した。
その背中は、心なしか、出会った頃より、少しだけ、引き締まって見えた。
―― 第十話 完 ――
>次回:第十一話:王子、おならと格闘する(つづく)
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50代の健康にむけた実験は、まだまだ続きます。
次回もお付き合いください!
次回・第十一話。黒竜号に似合う男を目指すヌシ。だが腸活に張り切りすぎたある日、同窓会の席で、すべての元凶となる"あるもの"を、大量に摂取してしまう。立ち上る、かつてない異変――。お食事中の方は、ご注意ください。
※この物語は、作者自身の体験をもとにしたフィクションです。バイクは安全運転で。大型二輪の運転には相応の体力と技術が必要です。また、減量によって体が動かしやすくなる実感には個人差があります。
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