七草バトル🌿
正月7日の朝。
鈴木家のリビングには、どんよりとした空気が漂っていた。
「生命体おせち」との死闘、そして連日連夜の暴飲暴食により、ヒロシとタケルの胃腸は限界を迎えていたのだ。
「うぅ……胃が……胃が重い……」
「父さん、俺もう、は、吐きそう……」
二人がソファーでミイラのように横たわっていると、台所から母のヨシコが爽やかな笑顔で現れた。
「さあ、今日は『七草粥』よ! お正月で疲れた胃腸を休める日なんだから」
ヨシコの手には、スーパーで買ってきたパック詰め七草セット3人前が握られている。
そのラベルには『鬼教官監修:スパルタ・デトックス七草』と表記されていたが、例によって誰も気にしなかった。
ヨシコがまな板の上にパックの中身を広げ、サクサクッときざもうとした、その時
「整列ゥ!!!」
軍隊のような号令が響いた。
おどろいたヒロシとタケルが飛び起きると、七種類の草たちがビシッと一列に整列し、敬礼していた。
「我々は『胃腸洗浄特殊部隊ナナクサ』である。グリーンベレーの名に恥じぬよう、これより鈴木家の胃腸浄化洗浄を開始する!質問のある者は葉をあげろ!」
リーダー格と思われる芹(セリ)
が、葉を振り上げて宣言した。
「じ、浄化作戦……?」
ヒロシがズレた眼鏡を上げながら言った。
「 貴様らのたるみきった胃袋に、喝を入れる!」
言うが早いか、薺(ナズナ)がペンペン草の形をした頭を激しく振り回し、プロペラのように回転しながら飛んできた。
「ぜ、ゼロ戦かよ!」
タケルが叫ぶ。
「まずは準備運動だ! 胃液を出せ! もっと出せ!」
セリが指示すると、ナズナの回転が生み出す風圧が、ヒロシの腹の贅肉を波打たせる。
「ひいいっ! くすぐったい! やめろ!」
「甘ったれるな! 次、御形(ゴギョウ)と仏の座(ホトケノザ)! 精神統一だ!」
ゴギョウとホトケノザがヒロシとタケルの肩に飛び乗り、耳元にお経のようなリズムで説教を始めた。
『暴飲……暴食……即……地獄……』
『野菜……食ベヨ……脂……控エヨ……』
「メンタル攻撃はやめてくれ! 耳が痛い!」
「うるさいぞ! 総員、実力行使に出る! 菘(スズナ/カブ)! 蘿蔔(スズシロ/大根)! 下腹部を制圧しろ!」
セリの指令を受けてドスン!ドスン! 根菜コンビ、スズナ&スズシロが、まるでレスラーのようにヒロシの腹の上にボディプレスを決めた。
「ぐはぁっ!!」
「貴様の腹に詰まった毒素と老廃物を、物理的に押し出すぞ!!」
「アッ!.…..な、なんか出そう」
スズナとスズシロは、腹の上でグリグリグリーンベレーと回転し始めた。 胃のマッサージにしてはあまりにハードだ。しかし不思議なことに、その痛みと共に腹のまわりがポカポカと摩擦熱で熱くなってくる。
「くっ……苦しいけど……なんか血行が良くなってる気がする……!」
スズナ&スズシロを腹にのせたヒロシが痛痒い顔で叫んだ。
「俺もだ……! ナズナの風圧で、ムダに食欲がわいてきた!」
タケルが身をくねらせている。
リビングは草まみれ汁まみれの惨状になった。
飛び交う葉っぱ、唸る根菜、響く説教。
「ニャア.…..」
ムギは部屋の隅で、落ちてきた繁縷(ハコベラ)をムシャムシャと食べている。これはフツーに猫草がわりだ。
「いい加減にしなさい!!」
カミナリが落ちた。
仁王立ちしたヨシコが、両手に包丁と鍋の蓋を持って立っていた。
「あんたたち! 胃を休めるために来たんでしょ! 家族を痛めつけてどうすんの!」
ヨシコは大魔神のごとき形相で教官のセリを見下ろした。
「し、しかしマダム!(汗)こやつらの胃腸には溜まった毒素がですな……」
「お父さんの根性叩き直すのはね、アタシだけで十分なんだよ! あんたたちは黙って鍋に入りなさい! さもないと……」
ヨシコは包丁をキラリと光らせた。
その背後には、おせち騒動を鎮圧した時の金色のオーラがまた立ち昇っている。
「……ミキサーにかけて青汁にするわよ?」
「そ、そんな殺生なマダム.…..」
七草たちは整列し直すと、自らまな板の上に飛び乗り、スライディング土下座を決めた。
『煮テ……クダサイ……』
数分後。
グツグツと土鍋から香り高くやさしい湯気が上がっていた。
あんなに暴れていた七草たちは、白粥の中で鮮やかな緑色になり、しんなりと大人しくサウナーのように整えられていた。
しかも今年の七草粥は、小餅のかわりにしらたま入りという上品さである。
「はい、召し上がれ」
「おおっ」
ヨシコによそってもらった茶碗を受け取ったヒロシは、おそるおそる、スズナ(カブ)とスズシロ(大根)が入った部分を口に運んだ。
「……!」
柔らかい。
口の中でほろりと崩れ、お米の甘みと、少しの塩気、そして青菜の香りが鼻に抜ける絶妙な仕上がりだ。
あんなにスパルタだった彼らが、今は全力で胃壁を優しく撫でてくれているようだ。
「うまぃ……染みるぅ……白玉がたまらん!」
ヒロシがうなる。
「なんか、身体の中から綺麗になっていく感じだ……」
タケルも目を閉じて味わっている。
散々だったキッチンには、穏やかな湯気と、家族が粥をすする音だけが響く。
「結局、今年もヨシコには勝てなかったな.…..」
「あら、私は何もしてないわよ。みんなが健康でいてくれれば、それでいいの」
ヨシコは笑って、自分のお椀に口をつけた。
外は寒いが、鈴木家の食卓には春の野原が広がっていた。
ヒロシの腹の調子はすっかり良くなった。
ただ、少し元気になりすぎたのか、食べ終わったあとに、
「なんかおかゆ食ったら、はら減ったな。カツ丼でも食うか」
と言って、ヨシコにラップの箱でハゲかけた頭を、おもいっきり叩かれた。🍚🍀
