吾輩はムギにゃん🐈️
1月も中旬。
ようやくおいらの優雅な日々が戻ってきた。
いまは縁側の、カンペキな角度の日向で丸まっている。
ここは、この家で一番安全で、いちばん暖かい場所だ。
思えば、あの騒がしいバカ正月から、もう二週間近く経つ。
おいらの下僕ども、ヒロシ、ヨシコ、そしてチビのタケルは、この正月のあいだ、全くもって落ち着きがなかった。
元日にヒロシが持ってきた、あの白くてデカイ二段重ねの「座布団」は、なかなかいい揉み心地だった。
フカフカして、あったかくて、爪の入り具合も絶妙。
あれは間違いなく、おいらが今まで出会った座布団の中で最高のものだった。
だが、下僕どもは興奮しすぎだ。
座布団が少し跳ねただけで大騒ぎしやがる。
しまいには、おいらがせっかく気持ちよく揉んでやっているのに、横から「協力だ!」「平和だ!」とか叫んで、ベタベタ触ってきやがった。
おかげで最高の座布団は台無しだ。
フン。アホらしい。
あの時、ヒロシが投げた紙袋、そんなもんよりも、おいらのフミフミの方が効果があったのは、当然だろう。
あの座布団はただ、誰かにやさしく甘やかされたかっただけだ。
それができるのは、この家で最も偉大な存在である、おいらだけだ。
つぎに厄介だったのは、あの黄金のネバネバだ。
あれはヒドかった。
床一面に広がり、おいらの美しい毛並みにまでつきやがった。
ただでさえメンドくさい毛づくろいが大変になるだろうが。
ヒロシは「金運」とか言って喜んでたが、おいらに言わせりゃ、あれはただのベタベタだ。
ネバネバしているくせに、おいらがちょっと舐めたら、変に甘すぎて食えたもんじゃなかった。
あれはヨシコの持ってきた、酸っぱい粒、梅干しだっけか、あれでキレイになった。
ヨシコは賢い。
ちゃんとおいらの安寧を守る術を知っている。
そして、つい最近も七草粥んときの緑のうるさい草ども。
あいつらは最悪だった。
いきなり跳び出してきて、ヒロシやタケルの腹を攻撃し始めた。
小便ひっかけてやろうとしたら、またおいらの邪魔をする。
だが、隅っこで落ちていた『ハコベラ』とかいうやつは、意外と悪くなかった。
ちょこっと食べたら、シャキシャキしていて、胃にちょうどいい。
下僕どもは、草どもが鍋に入って粥になったとたん、顔が緩んでた。単純な連中だ。ちょっと胃が休まっただけで大袈裟に喜んで、またどうせ次の日に脂っこいものを食うくせに。
まあいい。
ヤツらは騒がしい。
よく転ぶし、よく叫ぶし、よく物を壊す。
だが、彼らは忠実だ。
おいらがニャアと鳴けば、めしをくれる。
おいらがゴロゴロ喉を鳴らせば、頭を撫でてくれる。
おいらがちょっと機嫌を損ねれば、土鍋だろうが金運スライムだろうが、すぐに片付けてくれる。
要するに、あのドタバタは、やつら下僕どもが、今年もこの家に平穏と食料をもたらす義務を、おいらに誓う儀式だったのだろう。
今年もおいらは安泰だ。
縁側のひなたは暖かいし、めしはウマイ。おいらは目を細め、ひとつアクビした。
ヒロシが近づいてきて、おいらの頭を撫でた。
「ムギ、今年もよろしくな」
フン。
今さら何を言ってやがる。
おいらは最高のゴロゴロを出してやった。 われながらサービス満点だ。
「ニャア (もっとなでろ)」
そんなおいらの優雅な暮らしに、さいきん、強烈な刺激がもたらされた。
それは、塀の上に現れた、純白の毛並みを持つステキ女子だった。
シロ。
その名の通り、まるで雪解けの水のような透き通った美しさを持っていた。
おいらの縄張りは安全と食料が確保された場所だが、シロが縄張りに入れるのは、最高の魅力を持つオス猫だけだと、おいらは勝手に解釈した。
何度かシロを観察するうち、おいらは気づいてしまった。
シロが塀の上から見つめているのは、まえに、おいらの煮干しを狙った、額に三日月をのせた、あのワイルドな野良猫、クロスケだった。
クロスケは今日も日差しを浴びながら、獲物をゴミ箱から漁るというタフな行動を見せつけている。
おいらの毛並みはフカフカで、爪は定期的に研いでるし、体型はちょっとぽっちゃりしている。
最高の管理状態だが、ワイルドさとは程遠い。
おいらは決意した。
今日からおいらは、ワイルド・キャットになる、と。
「ニャア(ヒロシ、生のごはんを出せ)」
まず、おいらは下僕のヒロシに、いつものキャットフードではなく、イワシの頭を要求した。
「ムギが野生に目覚めた!」
と単細胞なヒロシはすぐ、冷蔵庫からイワシの頭を出してきたが、おいらは見た目のグロテスクさに吐き気を覚え、結局いつものササミソフトを食べた。
つぎに、おいらはワイルドな証である傷をつけようと考えた。 ヒロシの大のお気に入りの、リビングの観葉植物をひっかいてみようとしたが、葉っぱがヌルヌルしてイヤだった。
結局、ヒロシの古いセーターを少しだけ引っ掻くにとどめた。
だが、そのセーターはすぐにヨシコに繕われた。
ダメだ。家猫の生活が長すぎた。
おいらは、最後の手段として、アピール用品を下僕たちに作らせることにした。
「タケル、あのメスがよく見える、最高のステージを作ってやれ!」
ヒロシが言った。
タケルはおいらの熱意に押されて、リビングに高さ2メートルの『キャット・アピール・タワー』を作り始めた。
だが、古い本棚の上に、さらにイスを重ね、その上にダンボール箱を乗せるという、絶望的に不安定な構造だ。
「ニャア!(よし、これでシロを見下ろしてやる!)」
おいらがタワーの頂上に飛び乗った瞬間、重みに耐えかねたイスが傾いた。
「うわっ! ムギ! 危ないっ!」
「ニャー!(傾いた!)」
タワーは悲鳴を上げながら崩壊した。そりゃそうだろう。ダンボールだから。
タケルとヒロシを巻き込み、おいらは落ちぎわに、ヒロシのハゲ気味のアタマにキレイな爪あとを残した。
ドタバタと家具が倒れる音を聞いて、シロは塀の上で「何事?」という顔で見つめている。
恥ずかしい。これではワイルドどころか、ただの迷惑な家猫だ。
翌日。おいらは失意の底にあった。
シロは今日も塀の上にいる。
クロスケが堂々と庭を横切り、優雅にネズミを追い払うフリをしている。小賢しいヤツだ。
もうダメだ。おいらは一生、ヌクヌクとめしを食うだけの、退屈な家猫で終わるのか。
おいらが諦めかけたその時、トラブルが起きた。
クロスケが追い払ったはずのネズミが、驚いた拍子にシロがいる木の塀の真下にある、不安定な植木鉢に飛び込んだのだ。
植木鉢がバランスを崩し、塀に向かって勢いよく倒れた。
はなっからグラグラしてた木の塀が揺れて、シロは咄嗟に逃げようとするが、高すぎて身動きがとれない。
おいらは迷わなかった。
ワイルドさなんてどうでもいい。
「ミャアアアア!!(あぶないっ!)」
おいらは全力でヤツらに助けを求める鳴き声(レベルMAX!)を発した。
「ミャオオオオオオオオオオ!!!」
リビングでテレビを見ていたヒロシとヨシコが、その声に気づかないはずがない。
「今の鳴き声、ムギじゃない!?いつもと違う!」
「なんかあったのか!?」
二人は猛スピードで庭に飛び出してきた。
ヒロシは木の塀を押して、ヨシコは植木鉢を直した。塀の上で右往左往してたシロは、ギリギリのところで危機を回避した。
シロは震えながら、おいらを見つめた。
おいらはワイルドではない。
泥だらけでもない。
ヒロシの腕の中で、おいらは心配しながらシロに向かって鳴いた。
「ニャン(大丈夫か)」
シロは、それまでに見せていた警戒心を解き、優雅に尻尾を振った。
( ありがと。あなたはワイルドさよりも、ずっと強くて信頼できる家猫だわ)
おいらには、シロがそう言ったように思えた。
ある日の午後。
おいらは、リビングの日当たりのいいクッションの上で、シロと並んで丸まっていた。
シロは、おいらのフカフカの毛並みに顔を埋めている。
ヒロシとヨシコは、おれたちのために用意したちゅーるにカツオ節をふりかけて差し出した。
「ムギ、やったな。さすがはうちの猫だよ」
おいらはカツオ節ちゅーるをナメながら、最高のゴロゴロを響かせた。🐟️🌿
