爪の黒|【狸の短編小説】
裏山の空気は、水を吸ったスポンジのように重い。
踏みしめた落ち葉の下から、雨と泥で練り上げられた古い土の臭気が湧いて、鼻の奥にジットリと張り付いた。
硬い石にスコップの先が当たるたび、嫌な痺れが掌から肩へと抜けていく。
私は白い息を吐きながら、ただ泥を掬っては捨てるだけの機械になっていた。
靴底の泥は重く、この場所が私を放そうとはしない。
足元には、毛布にくるまれた重たい荷物が置いてある。
昨日まで、温かく脈打っていたそれは、もう地面の湿気を吸って、ただ冷たく固まっている。
依頼主の少年は、その荷物の横でしゃがみ込んでいるだけ。
彼の目は、私が掘っている穴の底、黒い土の断面に釘付けになっていた。
ズズッと鼻をすする音が、静かな林に響いている。
それは悲劇の主人公が流す涙の音ではなく、風邪をひいた子供が垂らす、粘り気のある鼻水の音。
膝下まで掘ったところで、私は動きを止めて、背中にへばり付く冷たい汗を拭った。
「入れるぞ」
短く言うと、少年は無言でそれを持ち上げる。
その手つきは、大切な宝物を扱うものでは決してなく、汚れたシーツを洗濯機へ放り込む直前の、どこか他人行儀なものに似ていた。
ドサッ。
鈍い音が、穴の底からやって来る。
私の胃袋のあたりが嫌なふうに共鳴して、隣には穴の底を見下ろす少年がいる。
その横顔からは、何かが抜け落ちていた。
悲しみでも、諦めでもない。
ただ、スイッチが切れたおもちゃのように、黒い瞳孔が開きっぱなしになっている。
私は彼が泣くのを待った。
あるいは、何か気の利いた別れの言葉を吐いてくれるのを。
だが、彼は動かない。
鼻水が唇まで垂れてくるのを、袖で乱暴に拭っただけ。
服の布が擦れる音が、やけに耳に残っただけ。
私は、その小さな胸の内側で、どんな嵐が吹き荒れているのかを知ろうと彼を見続ける。
だが、私にわかるのは、彼から漂う汗の匂いと、隣に立っている他人の体温だけ。
彼の痛みは彼だけのもので、私がわかるなんて口にするのは、泥だらけの靴で他人の家に上がり込むような無作法。
私は黙って、土をかけ始めた。
黒い土が、色の褪せた毛布を隠していく。
目の前から死が見えなくなるにつれて、私の意識は急に自分の体へと戻ってきた。
グウーと腹が鳴る。
静かな森の中で、間抜けなラッパが響いた。
お涙頂戴の埋葬の儀式は、私の腹の音ひとつで、ただのゴミ処理作業へと引きずり下ろされる。
少年はこちらを向くと、乾いた唇をわずかに動かす。
「僕も」
その声は、掠れていた。
「腹、減った」
少年は山を降りた先にある、街の灯りを見ているようだった。
私たちは土を被せ終えると、逃げるようにその場を去る。
盛り上がった土の山だけが、森に取り残された。
帰り道、コンビニで温かい肉まんを買った。
まだ、爪の中に黒い土が詰まっている手で、肉が詰まった白い塊を頬張る。
口の中に広がる脂と、強い塩気が、暴力的なまでに旨い。
隣を歩く少年も、無言でかぶりついている。
飲み込んだ肉まんが、熱い塊になって胃の底へ落ちていった。

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