雪原を汚して|【狸の短編小説】
彼女の膝の上にある布は雪原だった。
僕が銀の針を動かすたびに、そこに混じる躓きや迷いの予兆を示す黒い糸は抜き取られて、布は純白さを増していく。
裁縫作業を終える頃、僕の指先は泥遊びをした後のように黒ずんだ醜い有り様だったが、僕が望んだ形へと変わった彼女の未来を確認すると、自分の指などどうでもよくなった。
窓辺に座る漂白された明日を纏う彼女は、もう三日も動かない。
テーブルの紅茶は冷え切っていて、その水面は一度も揺れず、呼吸する静物画へと成り果てた彼女を際立たせている。
足元に積み上がった、抜き取られた黒い糸の山からは、微かな熱と脈打つような生臭さがする。
焦げたような黒は、失敗ではなく挑戦の残り香。
湿った黒は、別れの悲しみではない誰かを愛した証拠。
僕が汚れと呼んで排除したものは、彼女が人間として生きるための燃料だったらしい。
僕は知らぬ間に、傷ひとつないガラスケースに彼女を閉じ込めていたのかもしれない。
仕方なく針を握り直して、何かを描こうにも躊躇してしまうほどの白すぎる布の真ん中に、針を突き立てた。
指に糸を掛けて、強く引く。
ブツリ。
部屋の静寂を破って、繊維が千切れる音がした。
完璧だった白がほつれて、そこから不規則な色が溢れ出す。
彼女の肩が大きく跳ねて、こちらを振り向いたその瞳には、『なぜ起こしたの』と言いたげな怒りと戸惑い、涙が同時に押し寄せている。
のっぺらぼうだった彼女の時間が、再び秒針を刻み始めた。
布に入った亀裂は、部屋のドアの方へと一直線に伸びている。
僕は黒く汚れた手を後ろに隠して、彼女が立ち上がるのをただ待った。

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