止まった心|【狸の短編小説】
祖母の枕元で、白い筐体の「エンパシー」が青く明滅している。
それは老いた呼吸を管理して、死への恐怖を電子音で麻痺させる、冷たい人工臓器。
「今日の湿度は快適ですよ」
最適化された合成音声が、祖母の乾いた手を包んでいる。
僕はその清潔な欺瞞に、目を背けていた。
唐突に断線してしまうのが、世界というもの。
遠くの誰かが掲げた解放という名の正義。
これが都市の血管を焼き切った時、窓の外が死んで、部屋の青い光が落ちた。
暗闇の中で、祖母の喉が壊れた風笛のような音を立てている。
「エンパシー、酸素を」
いくら叫んでも、沈黙が鎮座しているだけ。
叩いた拳に返ってくるのは、硬質な樹脂の痛みと、室温と同じ無機質な冷たさ。
ここにいるのは家族ではない。
電気が途絶えれば、ただの粗大ゴミ。
僕はエンパシーを蹴り倒して、祖母の脇に腕を差し入れた。
背負い上げると、鉛のような重力が背骨を軋ませて、首筋には老いの臭いと脂汗がへばりつく。
ああ、重い。
この生々しい重さを、今まであの箱が隠蔽していたんだ。
床板は悲鳴を上げて、僕の足裏に鋭い痛みを走らせる。
それでも僕は、祖母の死に対して、涙を流すことができなかった。

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