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酸化するララバイ|【狸の短編小説】

 真鍮の針が黒い盤面を引っ掻くと、部屋の空気が半年前の湿度を取り戻す。

回転する円盤からあふれ出すのは、兄の歌声と摩擦が生み出す黄金の粉末。

僕はこの『錆唱機せいしょうき』と呼ばれる機械の排出口にガラス瓶をあてがって、こぼれ落ちる光の粒を受け止める。  

この機械は、音を空気の振動として散逸させることを許さず、歌声の質量を物理的な結晶へと置換するというもの。

瓶の底に溜まる黄金は、兄の喉が奏でた喜びの形。

窓辺に並ぶ小瓶の列は夕暮れの光を吸って、兄の時間を凝固させていた。  


 僕は瓶を一つ手に取って、中身を光にかざす。

この輝きがある限り、兄は死んでいない。
ただ、形を変えてここにいる。

そんな僕の甘い感傷を嘲笑うかのように、ガリッと不快な音が鼓膜を打った。

円盤の回転が歪んで、流れる歌声が裏返り、排出口からどす黒いススのような塊が吐き出される。 

床に落ちたその黒い物体は、何かの焦げ跡のようだ。

機械の不調は兄の不調を表している。  

僕はすぐさま工具箱からドライバーを取り出して、機械の裏蓋のネジを回す。 

固く閉ざされていた内部が露わになると、鼻をつく臭いが立ち上った。  

火葬場の炉の前で嗅いだ、あの乾いた熱の匂いが漂ってくる事態に、心臓は荒いビートを刻んでいた。


 複雑怪奇な歯車の迷宮の奥にある心臓部には、小さなガラス管が接続されている。

管の中身は灰色の粉末で、円盤が回転するたびに、その粉末は微量ずつ吸い上げられて、燃焼室へと送り込まれる仕組みだ。

そのガラス管のラベルには、兄の筆跡で記号が振られている。

その文字列は葬儀の日に見ていた、骨壷に貼られた管理番号と同じ。

慌てふためき、手元にある錆唱機の設計図を確認すると、その隅に走り書きされていたメモが目に入った。

等価交換。音の再生には、魂の摩耗を要する

黄金色の錆。

僕が美しいと愛でていたその光沢は、兄の骨と魂が砕かれて、焼かれて酸化した成れの果てだった。

歌を聴くたびに、僕は兄を削っていた。
愛おしそうに瓶に詰めていたのは、兄の死体そのものだった。

機械はなおも、ガリガリと飢えた音を立てて回転しようとしている。

もっと餌をよこせと。
もっと兄を燃やせと。
そうすれば、優しい歌を聴かせてやると。

僕は工具箱の底にあった、鉄のハンマーを握る。
ズシリと重い冷たさが、掌の汗を吸い取っていく。

思いっきりハンマーを振り上げると、視界の端で窓辺の小瓶たちが黄金色に輝いた。

やめてくれ」という兄の声が聞こえた気がした。

あるいは「殺してくれ」という懇願だったかもしれない。

鉄塊は振り下ろされて、真鍮が悲鳴を上げて、ガラス管が砕け散った。  

歯車が弾け飛び、床に散乱する。 
そうして回転は止まった。


 部屋を支配したのは、絶対的な無音。    

砕けたガラス管からこぼれた灰が、床の上の黒いススと混じり合う。  

黄金の錆だと思っていたものが、ただの金属の屑に戻っていた。  

そこにはもう、神秘も慰めも兄の気配もない。 
破壊された機械と、ただの物質としてのゴミだけ。

僕は窓を開け放つ。  

吹き込んだ風が、床の上の灰を舞い上がらせた。
灰は渦を巻き、夜の闇へと溶けていく。

兄の旅立ちを止めようとは思わない。 
瓶の中の黄金も、すべて風に還そう。

僕は肺いっぱいに、冷たい夜気を吸い込んだ。




🔻以前に書いたこちらの記事を修正しました


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