そしてみんな40になった④:伝説を作った四十路達
前回に引き続き、ミュージシャンが40歳に到達するときにどんな作品が発表されてきたかを追っていく記事となります。
はぁーもっと素早く仕上げられたらインプも稼げたんだろうなぁ(突然の下世話ムーブ)
ともあれ第四章、最終章です!
▼前回はこちら
そしてみんな40になった
作成条件
曲の著作者(歌手、バンマス、作曲家)いずれかが40歳の誕生日を迎えた前後に発表した曲
作品の構想時期などは不問とし、あくまでリリース日を軸に、最長でも誕生日情報から前後1年以内で、最も誕生日に近い楽曲を選出
誕生日は、Webでヒットする情報を参照
1アーティスト1曲のみとすること
40名分までの選出とすること
曲順は若い方が先に
2025年3月末に一旦完成とした
連載の章立て
計40名のアーティストを紹介していくにあたり、普段の文章量ではファットな記事になるため分割しました。
プレイリスト作成中はあまり意識しなかった和暦を意識した章立てをしています。
①「平成を超えた人達」:〜1980年生まれ
②「平成を担った人達」:〜1970年生まれ
③「平成を作った人達」:〜1960年生まれ
④「伝説を作った人達」:1959年生まれ〜
プレイリストガイド「そしてみんな40になった」④
今回は、1959年以前生まれの人々を「伝説を作った人達」と称し、残り15名分の枠で追ってみたいと思います。
植松伸夫:1959年3月21日生
↓1999年
「FINAL FANTASY VIII Original Soundtrack」
↑動画のコメントにも寄せられてますが、現在この歌い手、フェイ・ウォンさんはお元気なんでしょうか?
取り敢えずサブスク解禁を願うばかり…
TVゲーム「ファイナルファンタジー」の音楽を長年担当してきた植松氏が40歳時点で、シリーズのナンバリングは8まで到達。
初代プレイステーションの浸透に大きく貢献した前作FF7の期待を背負ってリリースされたこのタイトルでは、初めて主題歌が作られました。
これにより、普段のシングルランキング(懐かしいですね、こういうのが注目されてた時代)にはほぼ縁のなかったゲーム音楽がチャートにランクインする奇跡が起きたのでした。
小室哲哉:1958年11月27日生
↓1998年
「wanna be a dreammaker」(globe)
「小室ブーム」という言葉の充てる期間というのは1994〜1997年までとされています。
本人が過去の発言で「宇多田ヒカルの登場で諦めがついた」かのように認識していたそうなんですが、「ファミリーに途中合流した安室奈美恵が引退したのが最大の影響」と冷静な分析を行う方もいます。
とにかくそんな時代の寵児であった頃の栄枯盛衰が、氏の30歳から40歳に至る前までの出来事だったと考えると、つくづく壮絶な人生だなと思います。
そりゃあ悪い虫が周りに纏わりつくのも頷けるというもの…
さて、小室哲哉40歳到達となった1998年は、かつてTMNのサポートも務めていた松本孝弘のプロジェクトでもあるB'zがベストアルバムで500万枚を売り上げてJPOPバブルの絶頂期。
翌1999年に宇多田ヒカルが「First Love」で打ち上げる最後にして最大の花火が爆発寸前。
一方のシングルランキングは、小室ファミリーが後退して群雄割拠の様相で、90年代初頭にX(JAPAN)が覇権を握るかもしれなかったV系バンドの子供達ともいえるであろうアーティストが台頭。
LUNASEAの再評価やGLAYのシングル2枚同時ヒットを皮切りに、ソニーからラルクが、およそ歌謡曲では出て来ない色柄を持った3枚同時シングルをリリースし、チャート上でのマネーゲームが繰り広げられる異常なひとときでした。
最中の小室氏は、この混沌の波の上を遊ぶように、自身の所属するglobeからシングル4枚連続リリースを行いました。
その第一弾がこの曲で、同年の日本レコード大賞を受賞しています。
…これがこの年の代表曲という扱いは、正直どうかと思いますが笑、すごく挑戦的な曲だというのはリアルタイムで持っていた感想です。
これがジャンルとしては、後にブンブンサテライツが国内でも大成させる「ビッグ・ビート」にあたるなんて厨房だった筆者には知る由もないし、聴く機会もありませんでしたし。
マイケル・ジャクソン:1958年8月29日生
↓1998年
「Blood on the Dance Floor」
マイケルの伝記映画がついに来年公開ですね!
筆者は人生で最も多く劇場に足を運んだ映画は「THIS IS IT」の4回です(2位がシン・エヴァの3回)。
さて、マイケルの40歳ですが、それまでの眩い歴史が眩すぎて霞むものの、この曲がリミックス盤としてシングルリリースされた翌年1998年時点で、まだまだ体格も歌声もキレッキレ。
とはいえその10年後の50歳に逝去するまでは、そのクリエイティブがスキャンダルや訴訟の対応といった暗く重たく詰まらない事柄のために時間を費やされる不遇の時代だったといえます。
そんな中でも感慨深い小ネタエピソードがあり、この年に前述の小室哲哉が手掛けた、映画「スピード」テーマ曲のリミックスをマイケルが気に入り、新譜に参加しないかと声をかけたという話があるそうなのです。
もし実現していたらどんな世界が見られたのか、夢が膨らみます。
田中宏和(Chip Tanaka):1957年12月13日生
↓1997年
「めざせポケモンマスター」(歌:松本梨香、田中宏和の作曲)
ちょっと一捻りしたメンツを差し込んでみました。
この国民的IPであるポケモンの初アニメ化について主題歌を作曲したのは、TVゲーム「MOTHER」での鈴木慶一との共作や、遡れば「Dr.Mario」などのBGMでも有名な田中宏和氏。
氏の代表作を説明するとそういった名作を並べて語れる、知る人ぞ知る作曲家のひとりに過ぎないかもしれませんが、今回のプレイリストで特殊なのはその経歴ですよね。
氏は1980年に任天堂へ入社して以降、ファミコンソフトのサウンドプログラム担当、兼音源そのものの開発にも関わっていました。
他のアーティストはソフト側として純粋に音楽を提供するミュージシャンと捉えるならば、彼だけはハード側から音そのものをクリエイトする人間だったともいえます。
氏はポケモン主題歌がヒットした40歳の翌年に任天堂を卒業(初転職?)しつつも、ゲームと音楽の世界で活躍を続けています。
鷺巣詩郎:1957年8月29日生
↓1997年
劇場版「エヴァンゲリオン Air/まごころを、君に」(音楽担当)
まさか2025年にこの作品が再劇場公開される(しかも「もののけ姫」もぶつけられる)世界線が存在したなんて。
社会現象となったエヴァンゲリオンシリーズの、現在は「旧」劇場版が公開されたとき、シリーズの劇伴を担当する鷺巣詩郎氏も40歳となりました。
庵野秀明氏とは1990年「不思議の国のナディア」からの付き合いです。
氏のキャリアで異色に有名な仕事といえば「笑っていいとも!」BGMの編曲。
これは1982年の放送開始から2014年のフィナーレまでずっと同じ音源が使用されました。
この耐用年数はMステのそれを超えていますね(松本さんの「#1090」は途中で新テイクが採用されたため)。
エヴァの劇伴はシンゴジラでも再利用されたり、踊る大捜査線シリーズでオマージュ(というかドラマ自体がエヴァリスペクトだけど)されたり、これも色褪せない強度を誇っていますよね。
カール・ハイド(Underworld):1957年5月10日生
↓1997年
「Moaner」
UKテクノ四天王のなかでも高齢であったUnderworldの2人。
遅咲きブレイクのベテランミュージシャンだったというのは、ファンなら常識ですかね。
えーと四天王、ケミカル・ブラザーズとプロディジーと…あと一組って?
ああ、オービタルか!
…という歴史の復習をさせていただきましたnoterさんの解説を勝手に貼り付けます。
代名詞であり大名曲である「Born Slippy Nuxx」が前年の1996年に映画「トレイン・スポッティング」と共に世界中でブレイクした頃、これを嗅ぎ付けたハリウッドが充てがった役割にバットマンシリーズへの楽曲提供がありました。
これは後に「悲しい仕事だった。どうせ自分達の音楽はキまってるキャラに当てられるだけなんだ」てな感じだったかのコメントが残されていたと思います、たしか。
ベスト盤のライナーノーツにそんなことが載ってた筈。
でも、むべなるかな、といえる美しくも暴力的なダンストラックだなぁと感じます。
桑田佳祐:1956年2月26日生
↓1996年
「愛の言霊」(サザンオールスターズ)
「勝手にシンドバッド」が1978年で、そこから18年も経った90年代にもヒット曲を量産していた、しかもそれは"まだ"40歳で、この後のキャリアでもさらにヒット曲を現役で作り続けていく…
生きるレジェンドの巨大さを感じます。
最近だとこの曲がVaundyの某曲とそっくりだという変な話題もありますし笑
松任谷由実:1954年1月19日生
↓1994年
「真夏の夜の夢」(1993年7月リリース)
…旧友よ申し訳ない、渡していたバージョンでは「VOYAGER〜日付のない墓標〜」を収録していたのだが、計算が10年ズレてたので差し替えた。
語ることがだいぶ変わるわ!笑
この曲はユーミン史上最高の売り上げを誇っているそうです。
さらには次作が「Hello, my friend」「春よ、来い」。
ユーミンが完全に天下を取った時代が40歳だったんですね。
ひとつ前のサザン「愛の言霊」と並べると、この時代ってラテン調の色味が合っていたんだなぁという発見もあります。
坂本龍一:1952年1月17日生
↓1992年
映画「嵐が丘」(音楽担当)
YMOはとうに"散開"し、各氏が一級のミュージシャンとして活躍するなか、坂本龍一氏は淡々と映画作品の音楽を担当していました。
この曲のことは今回のプレイリストを企画するまで知らなかったんですが、最初に聴いたときに聴き覚えがある!と思ったらこれでした↓
坂本龍一の嵐が丘メインテーマはアイルランドの伝統音楽が元ネタにあるそうです。
同じソースが用いられてるのか、それともオマージュへのオマージュなのか。
ここでパクリだなんだと騒ぐつもりはございません。
自分で似ている曲を見つけて楽しくなっているだけです。
さて、坂本教授はまだまだこの後のキャリアでも大名曲や傑作のアルバムを大量に発表するので、これでも道半ばといったところでしょうか。
しかし既に巨匠感が付いている…
忌野清志郎:1951年4月2日生
↓1991年
「パパの歌」
↑この両曲の短冊CD、父親が買っていたので曲のこともよく憶えています。
幼かった私には、清志郎が生ける伝説的な存在であることなど露も知らず、これらの優しい曲を歌う陽気なおじさんというイメージしか持ってませんでした。
志茂田景樹とかもTVでよく見掛けてたので、その辺りと混同してた可能性すらあります。
久石譲:1950年12月6日生
↓1990年
映画「あの夏、いちばん静かな海。」(音楽担当)
ナウシカ以降、最新作に至るまで宮崎駿監督作品の劇伴を務めている氏が北野武監督に携わった最初のタイミングが40歳だったそうです。
北野武vs久石譲という構図について、なんとそのベスト盤のライナーノーツをまるまるwebで読んで追究できるようになっています。
読んでてつくづく、たけしとも駿とも渡り合える氏の胆力というものに感嘆します。
私がこんな異才と鬼才に挟まれたら、どんなに自身を持ってても窒息すると思います。
フレディ・マーキュリー(Queen):1946年9月5日生
↓1986年
「Mr Bad Guy」(ソロ作品)
Queenから離脱してソロに活路を見出したフレディの当時が40歳。
映画「ボヘミアン・ラプソディ」では悪路のように描かれていたソロ活動ですが、実際にはバンドとは一線を画すクリエイティブの探求場所だったのではないでしょうか。
プレイリストの方に選曲した「I was born to love you」はフレディの没後に制作されたQueenのバージョンの方が有名ですが、この名曲の原型はソロ処女作に含まれていました。
ジョン・レノン:1940年10月9日生
↓1980年
「Double Fantasy」(オノ・ヨーコとの連名)
このプレイリストで最も避けて通ってはいけない存在でしょう、ジョン・レノンです。
なにせ、この曲とアルバムをリリースしたのが40歳の誕生日、そしてそこから一ヶ月も経たないうちに銃撃事件に遭い、人生に幕を下ろしてしまう…
ちなみにビートルズが解散したのは、ジョンが30歳の年です。
そこから数年のソロ活動後に5年間の休止期間を経て、曲名通り「再出発」を掲げてリリースしたのが「(Just Like)Starting Over」だったのです。
………なんて壮絶で、なんて伝説的な人生なのでしょう。
♪
さあ、ここまでであと二組です。
歴史を遡れば、同じ条件でもより豊かに様々な作家の四十路到達を考察することができるでしょう。
しかし筆者の嗜好と知見から紹介できるのは、さらに30年程過去へワープすることになります。
🌀
ジョン・ケージ:1912年9月5日生
↓1952年
「4分33秒」
「現代音楽」の世界を知らない人でも有名な曲ではないでしょうか。
曲の尺だけが定められ、楽譜には「何も鳴らさない」ことが記され、観客はその状態でも聞こえてきてしまう自然音などを堪能するという、ある面での音楽の最終地点。
この発明を世に発表したのが、ジョン・ケージが40歳のときだったというのです。
といっても、構想自体は10年近くかけてたそうですが。
もはや音楽家という括りで並べるのはおかしな話なのかもしれません。
「研究者」「科学者」の40歳ですよね。
その年で人生を代表する論文を発表するのは、果たして早いのか遅いのか。
理系な読者様、ぜひ後続の研究をお願いします…笑
伊福部昭:1914年5月31日生
↓1954年
「ゴジラのテーマ」
最後に紹介するのは怪獣王と、その声と存在感を人類史に刻んだ伊福部昭の40歳です。
Wikipediaに頼りますが、氏のデビューは21歳で、ゴジラのテーマを発表する迄にはとうにベテランの域に達していた模様です。
この時代の方々にまで触れてしまうと、青春時代や30代に戦争がぶつかり、(今のところの)令和の日本人からは遠く離れたような歴史を持っていて、出てくる言葉も限られてしまいますが、広くクラシックという括りで捉えると現代と地続きな音楽家として親しみも湧いてくるため、どうしてもこのプレイリストに入れたかったんですよね。
とはいえ、いわゆるクラシック=西洋音楽とは一線を画した作曲家、アイヌに由来する土着的な音楽観を持った異端…というのが、上記動画などに触れると分かるわけですが。笑
クラシックの世界の名だたる作曲家の40歳についても、是非とも比較考察してみたいですね。
ちなみにプレイリスト的には、実はジョンレノンからジョンケージに繋がるジョンコンボっていうのが最初は面白かったのですが笑、改めて調べたら伊福部先生の方がケージ先生より2つ若いそうなので、曲順だけ修正しました汗
あとがき
いかがでしたでしょうか。
40名の音楽の芸術家を40歳という横軸で輪切りにしてみました。
迷う者、辞める者、歩み出す者、様々な人生が見えてくる気がします。
そしてその姿は、それまで何となく聴いていた時とは異なる凄みで自身に語りかけてくるように感じました。
40時点でここまで…!という叱咤を思わせるアーティストもいれば、40からここを…!という激励を思わせるアーティストもいました。
このプレイリストを寄贈した旧友にいわせれば「40なんてまだまだガキなんだな」でした。
本企画で辿り着きたかったひとつの答えかもしれません。
かくして、筆者生誕40年記念特集を完了とします笑
引き続き、このガキおっさんをご愛顧のほど。
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まさかとは思いますが、もし戴けたのであれば、謹んで愛犬のおやつ代とします。笑