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カラオケと耳コピと私。(Side-A)

大豆柴は奮起した。
必ずこの記事についてnoteに書かなければならぬ。
大豆柴は業界の人間ではない。
他業界のサラリーマンとして慎ましく暮らしてきた。
しかし、ことカラオケに於いては物申さずには居られない性分であった。

カラオケ曲、今も“耳コピ”で作るってホント? 意外な理由や職人の苦労…ミセスの曲が“大変”な理由も明かす(オリコン) #Yahooニュース

(追記)Yahooニュースの方がリンク切れになったようなので、提供元の記事を再掲します。

改めましてこんにちは。
カラオケを愛し、カラオケには愛されなかった男、大豆柴です。


これまで筆者がnoteに書いてきた内容とは全く関係しない記事の紹介から始まるエントリーです。
いや、筆者の心の川底に触れていると捉えれば、最も関係のある記事かもしれません。
「カラオケ」と「耳コピ」。
この二つの単語が同時に語られたこの記事に最も感動しているのは自分なのではないかという自信があります。

ちなみに上記ヤフー記事の関係者でも、勿論ございません。
頼むから、みんな読んでくれ。
読んでくれたらもう、ここから先は読まなくてもいいから!
再掲。

…読みましたか?



読んでませんか。

承知しました、その上でここまでスクロールいただけてるのならば、なぜ筆者がこんなにこの記事を推そうとしているのか、話させてください。





大豆柴のカラオケ人生史

新郎は稲葉ジャクソン

2025年、再開発計画が撤回され、解体作業すら白紙となって遺構もそのまま駅前に佇む東京都の某ビル。
武道館や野音とも負けず劣らずの知名度を持っていたのは同館のコンサートホールですが、実はホールすぐ上の階には結婚式場がありました。

―――某年某月、祝日。
そこで行われていた結婚披露宴は終盤に差し掛かったころ、突如単身で中座した新郎。
直後、サングラスと赤いシャツを着た謎の男がマイケル・ジャクソン「Thriller」を歌いながら会場に乱入。
場内を練り歩きながら一曲を踊り終えると、誰も聞き取れないMCを挟み、男は帽子とジャケットを捨て、新婦とゲストへ日本語で挨拶。
続けて、勝手にMCのテンションを上げながら流し始めたのはB'z「ultra soul」
こってり過ぎる歌の連続に耐え兼ねた主賓が、尚も歌い踊る稲葉モドキと肩を並べて松本さんのフリをする始末。
完全に満足した男は走り去ると、入れ替わるように新郎がトイレから戻ってきたのでした―――

結婚式余興を新郎新婦が自ら行うのも珍しい形だった筈ですが、新婦側のゲスト、いわんや親族各位がどんな表情で新郎の狂気を眺めていたのか、もはや誰にも分かりません。

しかし新郎側のゲスト(さすがに親族はアレをやるのか??と思ったのかどうかは怖くて聞いたことないですが)には完全に想定内、むしろ期待の範囲内の出来事だったようです。

何故なら皆、新郎の特性を知っていたからです。
彼はマイクを持つと豹変する、と。

雇われママの息子が磨いた宴会芸

男がその特性を得たのには理由がありました。
彼の母親はかつてスナックのママとして長年働いていたのです。
そして息子は、その店に客ではなく家族としてしばしば入店していました。
同級生がこのような場に近づくにはまだ若く、店内には親よりも年上の人々が集い、いつも似たような歌を順番に歌いながら、水割りを片手に、仲間と終始楽しそうに会話をしていました。

店に出入りし始めの頃は、所在無さげに母の退勤を待つばかりでしたが、スナックという場所は孤独と馴れ合いのバランスで構成される独特な空間ですので、隅っこに居ても「歌いなよ」と声をかけられるのです。

スナックには定番曲というものが存在します。
どれが定番かは、デンモク(ナイトカラオケ市場はまあDAMさんの独壇場です。シンプルなリモコンが長年愛される理由なのでしょう)の履歴を見たり、見なくてもお店に通っていれば分かってきます。

スナックで使われてるデンモクって、多機能なボタンを排除した初期バージョンが多い印象

(↑ガシャポンでデンモク売ってたことあるの!?欲しい…)

定番曲は、客層や時間帯、季節やその日の空気でチューニングされます。
たくさん歌うテーブルがある日は選曲も元気で若くなったり、その逆のムードが続いたり。

カラオケボックスとはひと回り規模の違う空間では「好きなの歌いな?」と言われても悩んでしまいます。
そもそも人前、赤の他人がたくさん居る中で歌うことに抵抗する人の方が多いと思います。
そうした時に定番をベースに選曲すると、場の空気を乱さずに次のBGMを提供しながらマイクをリレーできるわけですね。

スナックという場所では、客が歌を終えるとママや他のスタッフが拍手してくれるのが慣例です。
店の賑わいが程良くなってくると、ママにつられて他の客も、ぜってえ聞いてもなかったろうにポツポツと一緒に拍手をくれたりします。
Niceな反応の場合、まず一緒のテーブルやカウンターに並んでいた人から拍手と評価が得られます。
「いい歌選ぶね」「この曲ならもっと情念こめないと」みたいな。
これがExcellentに至ると、他のテーブルで盛り上がっていたはずの酔いどれた先輩方が、初対面にもかかわらず「あんたすごいな!」と背中を叩いたりします。
ここまでくると、店内を支配できた感が高まります

このシステムに反応してしまったのが、ママの息子だったのです。
だって皆さん、赤の他人から一斉に拍手を受けた経験って、ありますか?

ああ、居酒屋でバースデーサプライズを注文すると、店内BGMが変わって他のお客さんと一緒に拍手してくれるサービスとかありますね。
あれの濃度を百倍にした感じが、スナックでExcellentを出した時に生まれる事象になります(持論)

元々口下手で、他のお客さんほどお酒に強くもなければ、語り合えるほどの人生経験も持たない若人は、居心地の悪さを解消させるべくExcellentを欲しがり、最適な選曲にトライし続けました。

そして最終的に身につけた答えが「マイケル・ジャクソンの憑依」でした。
世代を超えて愛され、誰もが知っていながら、敢えて歌おうとは思わないポップスター。
「Thriller」なんかイントロが流れるだけで店内全員がびっくりします。
すると、さっきまでカウンターの片隅で大人しくしていたあんちゃんがマイクを片手に席から立ち上がり、店内の視線が1点に集まります。
やがて男は、画面も見ずに歌いながら踊り出します(わりと暴挙)
歌が終わればアウトロも終わる前に大歓声で、みんなの酒が進み、お店にも貢献です。

こうして束の間、彼はおよそ私生活では手にすることのできないワンマンステージを作り上げ、立つことができたのでした。

いじめから救ってくれた物真似芸

カラオケの成功体験はいいとして、憑依芸って?
深堀するため、話は男の思春期まで遡ります。
「キレる子供」が社会問題になっていた時代です。

一人っ子で箱庭系TVゲームばかりが大好きだった少年・大豆柴は、お友達と上手にコミュニケーションを図れず、癇癪を起こすことが多い問題児でした。
その言動は同級生のやんちゃグループの目に止まります。
すぐに「いじめ」(この言葉に対しては別の持論もありますので別途語りたいところですが、ここでは便宜上使います)の対象となりました。

窮屈すぎる学校から逃げ帰ってやっていたことの一つが、初恋の相手がハマっていると知ったことで聴くようになった、L'Arc~en~Cielの音楽を両耳にみっしり押さえつけて世界観に浸る行為でした。

あの子なんちゅうもん聴いてるの…と最初は面食らいましたが、ブレイク直後でしたし、直ぐにhydeに憧れて部屋でひとり声真似を始めたんですよね。

そんなある日、いじめっ子グループから電話がかかってきます。
「カラオケに行くからおまえも来いよ」と。
当然嫌でしたが、断ったら翌日も大変だ、その方が怖い、と思って向かいました。
そして始まったカラオケが、どんな空気だったかは憶えていません。
しかし自分の順番が回ってきて入れたのは、いつも両耳でくらいながら声真似していたラルクでした。

歌が終わると皆、ちょっと目を丸くした後、「おまえすごいな!」と。
その後、同級生にとってまだ"親が聴いてる音楽"的存在だったB'zも、幼少期からカーステレオとCDTVで英才教育を受けて聴き馴染んでいたので、聴こえていたとおりに歌ってみたら「おまえ面白いな!!」と。

以来、"いじめ"は"いじり"へと緩和され、大豆柴の学校生活は平穏を取り戻していったのです。

こうして、誰かに成り代われる変身マイクという道具を手に入れて人生のピンチを乗り切れた経験こそ、後の宴会芸隊長になるキッカケだったのだと思います。
そしてhydeと稲葉さんは筆者にとって永遠にヒーローです。

そして現在まで

いじめから救われ、スナックでおだててもらい、その後もカラオケと共に人生を歩みました。
大学ではサークルには入りませんでしたが、少数の友人とユニットを結成して「どんな歌もパート分けして歌う」活動をしました。
就活ではカラオケ業界を志望し、見事に全落ちしました。
会社が新社屋に移った際のこけら落としイベントが開催されると、ヘッドライナーとして(?)レディーガガを披露しました。

合コンなんかに参加したこともあり、その時もカラオケには行きましたが、何か成果があったかといえば皆無ですね。
一定数には気持ち悪がられたりしますしね。
キモがられるのは慣れまして、むしろごめんなさいって感じでした。
なので、たまに「勿体ない、上手いんだから真面目に歌え」と言われることがあります。
でもなあ、モテようと思って歌うよりも、誰かに憑依してステージを作る方が絶対に楽しいと思っちゃうんですもん。
(モテたことない奴が何を言っているんでしょうか)

母は既に夜の世界を引退して久しいですし、いまは筆者もスナックに行く機会が無くなりました。
(スナックの文化はこれからも在り続けてほしい。いずれ何か書こうかな)
でもたまにカラオケ店へ行って、憑依芸は続けてます。
行けば季節を問わず、一人だけ滝汗かいて喉を完全に嗄らして退店します。

そういえば、かつての思い出を回顧するプレイリストを作っていたので載せておきます。

憑依型アミューズメントとしてのカラオケ

そんなカラオケですが、いまは「若者のカラオケ離れ」なんて言葉も聞かれ、コロナ禍以降はカラオケ店もカラオケそのものより個室性を利用したサービス展開に経営をシフトさせていたりしますし、「推し活」が珍しくなくなった令和では、歌うよりも歌っているのを観る需要の方が高そうで、カラオケに行ったとして楽しむのは大画面大音響でライブ映像…ていう使われ方も広がってますよね。

時代のニーズに合わせて業態を変えてきた業界の皆様には敬意しかありませんが、ユーザーの皆さんにはちょっと問うてみたい。
誰かに憑依できるアミューズメント」てカラオケ以外にありますかね?

筆者のような楽しみ方をする人が他にも沢山いてほしい、これからもいてほしい、残ってほしいなと願う中、業界の中の人がカラオケの仕組みの一端を語ってくれた前述の記事は、本当に感動したんですよね。
特に「主役はあくまで歌う人」という発言なんかグッときます。


「耳コピ」の方に全く触れないまま5000字に到達しそうなので、この記事は"Side-A"とし、後編を書かせてください。

というか、前回の記事で「個人情報を切り売りするなんてハイリスク」て述べましたけど、たぶんこれまでで最も身バレの可能性が高まる内容になりました笑

もしかして知人が読んでたりしますか?
ご無沙汰しております。
事情は色々ですが、なんとかこんなのを書けるほどには元気です。

では引き続き、ご愛好のほど。

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大豆柴 まさかとは思いますが、もし戴けたのであれば、謹んで愛犬のおやつ代とします。笑