白い霧の約束 第一話
薄い霧が立ちこめている。
地面も空も、色という色を失い、その境目さえ曖昧だった。
そこを、半透明の影のような存在たちが、静かに歩いている。
足音はない。
その代わり、遠くのどこかから、ガチャガチャと何かが回転する音だけが、かすかに響いていた。
魂Aは、自分がその中のひとつであることを、ぼんやりと理解していた。
目を丸くして辺りを見回しながら、手の中の金属製のメダルを握りしめている。
――ここ、どこだ……?
つぶやいた瞬間、指の力が抜けた。
メダルの一枚が手から滑り落ち、床の上を転がる。
音はしないはずなのに、なぜか「カラン」と鳴った気がした。
それを、すっと拾い上げる影があった。
「初めて来た?」
振り返ると、同じく半透明の魂が、穏やかに微笑んで立っていた。魂Bだ。
魂Aは戸惑いながら、うなずく。
「はい……ここは一体……?」
魂Bは、周囲をぐるりと指差した。
「ここはね、次に生まれ変わるときのことを決める場所。
――ガチャの場所だよ」
「……ガチャ?」
「そう。ほら、向こう」
霧の向こうに、色とりどりの巨大なカプセルマシンが並んでいた。
それぞれに「生まれ変わるもの」「環境」「寿命」などの文字が書かれている。
二人は「生まれ変わるもの」と書かれたマシンの前に立った。
「これって……かなり重要ですね……」
魂Aが言うと、魂Bは軽く笑った。
「いろいろなったよ。鷹とか、カマキリとか……
あと、あの生物にもね」
「あの生物……?」
「人間にとっては、永遠の敵かな。あとは、ご想像にお任せ」
魂Bは慣れた手つきでメダルを投入し、ハンドルを回した。
「……おっ、『人間』。久しぶりだ」
「さっきの話だと……敵になりますね」
そう言いながら、魂Aも緊張した様子でハンドルを回す。
「……どうだった?」魂Bが問う。
少し間を置いて、魂Aが答える。
「……人間でした。同じですね」
同じ結果に、二人は顔を見合わせ、思わず笑った。
その後も彼らは、次々とガチャを回していく。
だが次第に、魂Bの表情は曇っていった。
そして、ある紙を引いた魂Bは立ち尽くす
ここまで付き合ってくれたけど、今回は転生しまないかもしれない…
「今ここで決めたことは、転生したら忘れる。
……でも、これからのことが分かってしまうのは、けっこうきついかな……」
何かを悟ったように、魂Aが言う。
「生まれる前に決められてしまうことは、確かにある。
家庭も、立場も、逃げ場のなさも。
どんなに願っても、
引き直せない『ガチャ』
でも……それで全部が終わるわけじゃない。
傷ついたまま、何を選ぶか。
誰を憎まずにいられるか。
それだけは、最後まで自分に委ねられる。
その選択を間違えなければ、
人生は――
少なくとも、自分を裏切るものにはならない」
そして少し苛立ったように言った。
「そもそも、なんで『ガチャ』なんて制度があるんだ?
誰が決めた?
僕に権限があるなら、ぶっ壊す!」
その突拍子もない発言に、魂Bは思わず吹き出した。
お互いの顔を見合わせて、魂Aが言った
「僕は……人間の男性で、このあとすぐ転生するみたいです」
魂Bが言う。
「私は人間の女性。
転生は、あなたより少し先みたい」
最後に二人が立ったのは、「?」とだけ書かれたマシンの前だった。
小さな説明文が添えられている。
――これは、引がなくても良い。
中身を見ても、見なくてもいい。
本人の自由――
魂Aは少し考え、首を振った。
「じゃあ僕は……引かないでおきます。
どうせ、忘れちゃうだろうし」
そして、静かに微笑んだ。
「ほんと、短い間だったけど……ありがとう。さよなら」
魂Bに聞こえないように、つぶやく。
「……また……」
次の瞬間、魂Aは転生ゲートへ引き寄せられ、光の中へ溶けるように消えていった。
霧の中に、ひとり残された魂B。
魂Bは最後のメダルをマシンに入れ、ハンドルを回す。
カプセルが落ちる感触が、はっきりと伝わった。
一瞬ためらい、それから蓋を開ける。
「……『さっき君に、ありがとうと言った人』」
顔を上げ、転生ゲートを見つめる。
そこには、もう誰の姿もなかった。
魂Bは、そっと紙の裏側をめくる。
そこに書かれていた、もうひとつの言葉。
――「運命の人」
「……やっぱり、最後の『ガチャ』は、やらなければよかった……」
転生ゲートの片隅に置かれた、青いボタン。
それは、一度だけ――
今まで決めたすべてをリセットできるボタンだった。
震える手で押そうとした、その瞬間。
「だめ〜。あなたは、私とこれから転生するんだから。
……お・ね・え・ちゃん」
制止された手。
魂Bは、小さく息を吐く。
「……分かっているよ。ユミカ」
第一話
了
※本作品はフィクションです。
登場する人物・団体・出来事はすべて架空のものです。
実在の人物や団体、出来事とは一切関係ありません。
