「生まれて初めて、魔法を綺麗だと思った」|葬送のフリーレン
私は、『葬送のフリーレン』の世界における魔法を
以下のように位置付けている。
魔法:知識や経験を積み重ねた先に得ることができる「実現する力」
魔法を習得するのに必要なもの:魔導書(=知識の象徴)
そう考えれば、魔法自体に善も悪もない、
という設定自体も、しごく当然だ。
知識や能力は、使い手・使い方次第で
善にも悪にも転じるからだ。
善悪が定義づけられているわけではないものの
物語の中で使われる魔法は、
そのほとんどが攻撃と防御の魔法だ。
魔族(=「力による支配」)と人類の戦いを描く物語なので、
これも、しごく当然である。
(「魔族は、強いやつがえらいんだ」)
多くの場合、登場人物たちにとって魔法は
「魔族が人間に対して使う恐ろしい力」であり
「人間が魔族と戦い、復讐するための術」である。
だからこそ、物語の中で魔法が
肯定的に描かれるシーンでは
魔法が、特別な輝きを放っていると思う。
S1E27『人間の時代』に出てくる回想シーンで
ヒンメルは子どもの頃、
フリーレンと一度だけ会ったことがある、
という話をする。
幼いヒンメルは、森に薬草をとりに行った際に、
道に迷った。
長い間、夜の森をさまよっていたときに出会ったのが
フリーレンだった。
愛想もなく、なぐさめるような言葉ひとつ
発さなかったフリーレンだが
そのとき彼女は魔法を使って、花畑を出したのだ。
きみは、ぼくに花畑を出す魔法を見せてくれた。
きれいだと思ったんだ。
生まれて初めて、魔法がきれいだと思った。
ヒンメルにとって、
その瞬間がどれだけ特別なものだったのか。
「生まれて初めて」という言葉に、
すべてが詰まっている。
きっと幼いヒンメルにとって魔法は
魔物が使う恐ろしい力、あるいは
それと戦うために人間が使う武器でしかなかったのだろう。
しかし魔法は、
争いの道具にも、
人を笑顔にする術にもなりうる。
人間のあらゆる能力が、
人を傷つけることも、
人を支えることもできるように。
使う人次第なんだ。
使い方次第なんだ。
きれいだと、思うことができるはずなんだ。
それを忘れたくないから、忘れないために
フリーレンは小さくてくだらない
でも人を笑顔にできるような魔法の収集を
続けているのではないかと思う。
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