「魔族は、強いやつがえらいんだ」|葬送のフリーレン
『葬送のフリーレン』は、
ヒンメル率いる勇者一行が
魔王を倒したあとから話が始まる。
英語のタイトルだと、そのものずばり
「Frieren: Beyond Journey's End」
となっており、見る前から
「冒険が終わったあとの話」であることを伝えている。
勇者ヒンメル率いるパーティによって
魔王は倒され、
世界には、平和が訪れる。
……はずだった。
だが実際には、ヒンメルの死後に魔族の残党が暴れ出し、
国の各地で町や集落が襲われ、
人々を支配しようとする。
本当の平和は訪れない。
魔王が死んでも、魔族は撲滅されない。
魔族とは、「力(魔力)」を秩序としてまとまり
その組織を動かす者たちだ。
つまり魔族とは、「力による支配」そのものを表しているのではないか。
『葬送のフリーレン』とは
「力による支配」対「人類」という、構造の話だ。
力による支配。
歴史がある限り、今日にいたるまで、
人類が戦い続けているもの。
トップに君臨する魔王を倒しても、
力を秩序とする組織や「力による支配」自体はなくならない。
その圧倒的な権力の座が、空くだけだ。
これはそのまま、私たちが生きる現実の話だ。
王を倒し、独裁者を追放し、政権を打破しても
空いた「権力の座」には、
また新たな権力者が座る、という人間の歴史だ。
そう考えれば、魔族が倒された瞬間、
魔力の粒子となって離散し、
消えてなくなることも象徴的だ。
彼らは生き物ではなく、「力による支配」の象徴に過ぎない。
そして、「力による支配」の論理は単純だ。
フランメが、フリーレンに説明する。
やつら(魔族)は、自分たちが魔物だった頃と何も変わっていない。
強いやつがえらいんだ。
そう。魔族の世界では、力こそが正義だ。
私の中でまた、
フリーレンの世界と、現実の世界が交錯する。
現実の世界でも、今まさに「力による支配」が
肥大化しつつあると感じているからだ。
国際刑事裁判所(ICC)代表の赤根智子さんが
いつかのインタビューで、言っていた。
「このままでは、”力こそ正義”という世界になってしまう 。
力だけでは、望ましい世界は作れない」
では、私たちはどうやって
「力による支配」に立ち向かったらいいのだろうか?
立ち向かうために、フリーレンたちは戦う術を学ぶ。
強く、えらいやつを倒すために
彼らが「力」と呼ぶものを、自分たちも身に付けるのだ。
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