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「言葉とはなんだ?この剣と、一体何が違う?」|葬送のフリーレン

『葬送のフリーレン』の世界における魔法とは
すべてを一手に解決する万能な力ではなく
知識・経験を積み上げた先に身につけることができる
「実現する力」であると、私はとらえている。

そして魔法そのものには、善も悪もない。

フリーレンの世界では、魔法と同様に言葉についても
人を支える術にも、人を欺く術にもなりうる、
という二面性が描かれている。

魔族は、「力による支配」の象徴だ。
そしてフランメの定義によれば、
魔族とは人間を欺くために「言葉を話す魔物」のことだ。
ここで、「力による支配」と「言葉」が結びつく。

私はこれも、現実世界の構造を捉えていると思う。
「力による支配」と「言葉による操作」は、
残念ながら、相性がいい。

今この現代においても、とある大国が
「力による平和 (Peace Through Strength)」を掲げ
平和のラベルを貼った「力による支配」を
拡大しようとしている。

残念ながら、この動き自体は
珍しいことではない。

「平和」「正義」「自衛」という言葉を恣意的に用いた
プロパガンダやマーケティングは、
歴史上のさまざまな場面で、繰り返し行われてきた。

S1E7『おとぎ話のようなもの』に出てくる
リュグナー率いる魔族の3人が
自らを「和睦の使者」と名乗って町を訪れる秀逸さは、
そこにある。

「和睦」という言葉に、欺きの意図が潜んでいる。
「和睦」という平和な響きが、人間の戦う意志を牽制する。

リュグナーたちは、「断頭台のアウラ」の首斬り役人だ。
「和睦」と称し、グラナト伯爵が率いる町に入った目的は
防護結界を解除させ、町を支配することに他ならない。

S1E8『葬送のフリーレン』で、
その企みを見破られた魔族のリュグナーとグラナト伯爵が
剣と剣による戦いになった時、
リュグナーは言うのだ。

なあグラナト卿、言葉とはなんだ?
この剣と一体、何が違う?
何を使おうと、弱い者は皆、死ぬんだ。

アニメ『葬送のフリーレン』S1E8 - リュグナー(魔族)

現実世界で
「平和」「正義」「自衛」を掲げながら、
武力や権力による支配が行われるのを見る時、
私はいつも同じことを自問している。

言葉とは一体、なんだ?


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