ゼーリエ vs フリーレンの「専制的・民主的」な思想を対比する|葬送のフリーレン
前回までの考察に、『葬送のフリーレン』における大陸魔法協会という権威構造と、そのトップに君臨するゼーリエの絶対的な地位について書いてきた。
(#構造で読むフリーレン でまとめているので、よければご一読ください)
人類は魔族という「力の支配」と戦うために魔法を学び、魔力を積んでいくが、その魔法使いたちを階層化して管理するために生まれた大陸魔法協会は、それ自体が権威の象徴となる。
そして、支配的な構造が形作られていく。
この流れは、人類が外部脅威に対抗するために団結すると、多くの場合、その内部で新たな階級・闘争が生じるという歴史のパラドックスを表しているのだと私は考えている。
ゼーリエの専制的な思想と、ほぼ反対とも呼ぶべき民主的な思想を持つのが、フリーレンだ。
ここで今一度、ゼーリエとフリーレンがそれぞれに象徴する「専制的vs民主的」な思想を対比して整理しておきたい。
今後の物語を理解する上で、土台となっていくように思うためだ。
『葬送のフリーレン』における専制的・民主的な思想の対比

ここで注目したいのが、異なるエピソードの、全く異なる場面で発せられる2人のセリフが、完璧な対になっている点である。
魔法は、特別であるべきだ。
魔法は、自由であるべきだ。
S1E21『魔法の世界』では、ゼーリエが一級魔法使い選抜試験の一次試験区域を覆うように張った強力な結界を、フリーレンが物理的に破壊する。
その時にフリーレンが言うセリフが、この「魔法は、自由であるべきだ」である。
これは民主的な力が専制的な支配を打ち破るメタファーになっている、という解釈については以前に書いたとおりだが、同時に物語の今後を予見するものなのではないか、と私は踏んでいる。
専制的な思想と、民主的な思想。
魔法を「才ある者に制限すべきもの」と考えるゼーリエと、「すべての人が使えるべきもの」と考えるフリーレン。
この2人が今後どのように共存し、対立し、同じ世界を生きていくのか。
『葬送のフリーレン』第2期以降の展開を、楽しみにしている。
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