After AI: AIが当たり前になった世界で、私たちはどこまでを「自分自身」だとみなすのだろう
先日、トラストコーチングスクール(TCS)認定コーチ向け講座 Trust e-college【イーカレ】に参加しました。
テーマは「アフターAI」。
「AIという存在と、私たちはどのように関わっていくのか?」を考える講座です。

私ね、元々、すごくAIが進化しているな、とは思ってはいたんですよ。
一番実感しているのが、機械翻訳の精度が一気に上がったこと。ここ10年くらいで、出力される翻訳が各段に流ちょうになりました。
もう「Time flies」で「時のハエ」なんて出てこないんですよ……(えっ、なんのことかわからない? 大丈夫です、わからなくて。笑)
また、家計簿アプリや会計ソフトなどで計上費目の候補を推測して表示してくれるのも、たぶんAIの成果ですよね。いつもお世話になっています。
ただ、それに加え、対話型生成AI(ChatGPT等)が出てきたことで、一気に「AIで何ができるか」をイメージできるようになってきた気がします。対話の形で、いろいろ試してみることができて、AIができること・できないことが、なんとなくわかってきた。
きっと同じように、対話型AIを通して、AIがどういう動きをするのかを知った、という方も、多いのではないでしょうか。
さて、AIがあるのが当たり前、な状況になりつつある中で、よく考えるのが
“私たちはどこまでを自分自身だとみなすのだろう?”
ということです。
メガネをかけている人が、メガネを通して見た世界を事実だと認識しているように、これから多くの情報がAI処理済みのものになったら、AIを通して見た世界を事実とみなす人が増えるのではないかと思います。
そうなった時に、たとえば、
「自分の代わりに問い合わせを受けて、自分とそっくりの言葉遣い、トーン、切り口で回答してくれる対話型AI」ができ、周囲もそれを“私の一部”だと認識するようになったら……
私自身は、それを「自分」だと思うのだろうか。
どう思います?
私は、自分の一部だとは思えないなぁ、というのが今のところの実感です。
ただ、一方で、AIが「私が、自分でできる以上のことはできない」というのも、日々感じることでもあります。
自分が知らないことを出力させようとしても、出力結果の良し悪しが判断できず、でたらめな内容のまま公開したり、利用してしまう形になりますから。(現に、会計知識がほとんどなかったころの私の記帳、AIの補助があってもズタボロでした)
そういう意味では、AIで作られた自分も、自分の延長線上ではある……のかも。
アフターAIの世界では、自分と世界との境界線がよりあいまいになる中で、「ここまでが、自分」だと決める必要がある場面がより増えてくるのかもしれないな。
と、イーカレ参加者のみなさんとお話する中で、考えていました。
この辺りは、これから多くの人が、それぞれの立場で、線引きをし直していく部分なのかもしれませんね。
ご一緒くださった皆さま、そしてわかりやすくガイドしてくださった講師の末竹哲也コーチ、ありがとうございました!
AIと関わり方、AIと関わる中での自分の捉え方について解像度がちょっと上がった気がします。
また次回、よろしくお願いいたします。
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