【clum! '95 #18】宝物の一枚

夏休み中の部活時間が終わった頃。
写真の袋を手にした野瀬くんに、部室の影で僕は呼び止められた。
「おい、早坂。いいもん見せてやるよ」
「え、何? 野瀬くん。また変な心霊写真とかじゃないよね……」
僕がおずおずと覗き込んだのは、その「黄色いフジカラーの袋」から取り出されたL版の写真だった。
写真を見た瞬間、僕の時間が、止まった。
「……えっ」

そこに写っていたのは、自分でも自覚していなかった「自分」の姿だった。
強い西日に縁取られた、泣き出しそうな佐野先輩の横顔。
そして、その横で必死にスポーツ飲料のボトルの滴を拭いている、情けないほど一生懸命な自分の背中。
読書やアニメが好きな僕にとって、それは「自分が読んできた物語の、一番大切な挿絵」のように見えた。
「これ……僕? ……佐野先輩、こんなに、悲しそうな顔してたんだ」
あの時は、佐野先輩に飲み物を渡すのが精一杯で、彼女の表情をまともに直視する余裕なんてなかった。
写真という静止画になって初めて、僕は佐野先輩が抱えていた悔しさの深さと、自分がその隣に「いた」という事実を突きつけられたのだ。
「あはは、お前さ、この缶の拭き方、必死すぎ。しかもプルタブ、ちゃんと開けてあんじゃん。細かっ!」
野瀬くんの茶化すような声も、今の僕には遠くで鳴っているラジオのノイズのようにしか聞こえない。
僕は、写真の中の自分の指先を見つめた。
僕は……ただ、佐野先輩にこれ以上嫌な思いをさせたくなくて……少しでも飲みやすいようにって……。
それは無意識の行動だった。でも、その小さな、あまりにも小さな気遣いが、逆光の中で魔法のようにキラキラと輝いて写っている。
「……野瀬くん。これ、僕に……一枚、くれないかな。……あ、もちろん、焼増し代は払うから!」
「いいよ。そのままやるよ。そのために呼んだんだ」
僕は、震える手で写真を受け取った。

「……ありがとう。僕、この時のこと、一生忘れたくないんだ」
僕は気づいた。自分はバスケも下手だし、頼りない後輩かもしれないけれど、「佐野先輩の隣で、彼女のために何かをすること」だけは、誰にも譲りたくないのだと。
「……おーおー、熱いねぇ。早坂、顔真っ赤だぞ」
「うるさいよ、野瀬くん!」
その夜、僕の部屋で、僕は写真を引き出しの奥にしまった。
お気に入りの小説の初版本や、
大切なコレクションと同じ場所に。
きっと。
この写真も、僕の宝物になる。
僕はまだ弱い。
バスケも下手だし、
背も低いし、
すぐ緊張するし。
でも。
少しずつでも強くなろう。
バスケも。
勉強も。
背も。
心も。
次に佐野先輩が泣くことがあったら。
今日みたいに立ち尽くすだけじゃなくて。
隣にいてもいいって。
そう思ってもらえる人になりたい。
湿った夜風が、窓から部屋へ吹き込んできた。


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