【clum! '95 #17】奇跡の一枚

1995年。デジタルカメラがまだ一般的ではなく、現像に出した写真が「同時プリント」の黄色い袋に入って手元に届くまで、何が写っているかわからない時代。
夏の中体連が終わり、数日後の放課後。
美術部の部室で、オレ、野瀬隆文は仕上がったばかりの写真をテーブルに広げていた。
「……あー、やっぱりこれだ。オレ、天才かもしれない」
オレが指差したのは、構図もピントも完璧なアクションシーンではなかった。
それは、女子の一回戦が終わり、男子の試合が始まる前の、体育館裏の非常階段で撮った一枚だ。
写真の中では、ポニーテールが少し乱れた佐野立夏先輩が、階段に座り込んで横顔を見せている。

そのすぐ横、数段低いところに、早坂一頼が所在なさげに、けれどもしっかりと寄り添って立っていた。
早坂は、佐野先輩に触れるわけでも、慰めの言葉をかけるわけでもなかった。ただ、自分のユニフォームの裾で、キンキンに冷えたスポーツドリンクの缶の結露を一生懸命に拭いている。
「……あいつ、自分がこれから試合だってのに、佐野先輩の分まで結露を拭いて、飲みやすいようにプルタブまで開けて渡そうとしてたんだよな」
オレは、その時の光景を思い出してニヤリと笑った。
この写真が「奇跡」なのは、背後から差し込んだ真夏の強烈な西日が、二人のシルエットを白く飛ばし、まるで映画のラストシーンのような神々しさを放っていたからだ。
普段の「騒がしい美人」の影もなく、負けた悔しさに肩を震わせる「等身大の女の子」な佐野先輩の姿。
まだ恋人でも何でもなく、ただ「一目惚れした人」を放っておけず、自分にできる精一杯の気遣いをする早坂の純粋さ。
「……写ルンです特有の、このザラついた粒状感がいい味出してる。佐野先輩に見せたら『ブサイクに撮らないでよ!』って怒鳴られるだろうけど、早坂に見せたら、きっと泣いて喜ぶな」
そこへ、美術部の扉がガラリと開いた。
「野瀬、バスケ部の練習、牟田先生が呼んでたぞ」
「おっと、折館先輩」
オレは慌てて「奇跡の一枚」を隠したが、先輩の鋭い目は逃さなかった。
「なんだ、その写真。見せろ」
「いや、これはオレの『芸術作品』ですから」
「いいから出せ。……あ」
先輩は写真を受け取ると、しばらく無言になった。
佐野先輩の幼馴染でもある折館先輩は、写真の中でも白く光り輝く佐野先輩と早坂の姿を、どこか寂しげな、それでいて安堵したような目で見つめていた。

「……立夏が、こんな顔するなんてな」
「早坂のおかげっすよ。あいつ、意外といい仕事するんです」
先輩は写真をオレに返し、鼻を鳴らした。
「……焼増し、一枚しとけ。俺の分だ。樹や岡本が安心するように見せてやる」
「はいはい、わかってますよ。素直じゃないっすね、先輩」
この写真は、結局佐野先輩本人の目には触れないまま、オレの秘密のアルバムに収められた。
しかし、この日、オレがシャッターを切った「0.01秒」の瞬間があったからこそ、オレは気づいてしまった。
オレはなんとなく思っていた。
夏休みが終わる頃には、
この二人の距離は、
今より少しだけ近くなっているんじゃないかって。
銀塩フィルムに焼き付いたのは、
一人の少女が弱さを見せ、
一人の少年がそれを受け止めようとした、
恋の始まりの光だった。


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