【clum! '95 #06】白衣の変人

1995年4月下旬。
新学期が始まって2週間が経った、4月の放課後。
2年B組の教室は、新しいクラスに馴染もうとする生徒たちの喧騒に包まれていた。
その中で、俺、折館迅は一人、自席で好きな洋楽の世界に閉じこもっていた。
生まれつきとはいえ、金髪碧眼の目立つ容姿。周囲が遠巻きにしていることは自分でも分かっている。
流しているのは、激しい洋楽のロック。ベースの重低音が、周囲の雑音を消してくれる。

「……その曲、ベースラインが走ってるね」
不意に、視界の端から声をかけられた。
ヘッドホンを少しずらして顔を上げると、そこに立っていたのは、教室では浮いてしまう白衣を羽織った、ひょろりとした男子生徒だった。

「……え?」
「いや、音漏れしてたから。それ、USのインディーズバンドでしょ? 日本盤出てないやつ」
白衣の男子は、俺に怯える様子もなく、興味深そうに俺のCDウォークマンを覗き込んでいる。
少し驚いた。このマニアックなバンドを知っている奴が、この学校にいるとは。
「……よく知ってるな」
「僕は科学部だけど、音の波形には興味があってね。……あ、僕の名前は岡本樹。よろしく、折館くん」
彼は人懐っこく笑い、スッと手を差し出した。
その指先は細く、爪の形がきれいに整えられている。
「……岡本?」
その苗字に反応してしまった。
頭に浮かんだのは、この前調理室でマドレーヌを振る舞ってくれた、図書委員会で一緒の岡本玲のことだ。
1年生の頃、雨の日に傘を貸してくれた、あのおとなしい女子。
「……お前、図書委員の岡本と、親戚か何かか?」
俺が尋ねると、岡本樹の眼鏡の奥の瞳が、一瞬だけ鋭く光った気がした。
しかし、次の瞬間には大げさに肩をすくめてみせた。

「まさか! 『岡本』なんてありふれた苗字だよ。佐藤や鈴木と一緒。
このあたりなら古賀や江頭なんかも一緒。それより君の苗字の方が珍しいよ。折館なんて初めて聞いた。
まあ、珍しさでいえば、僕の名前をこの字で「たちき」と読ませるのも変わっているけれど。父が変わり者でね」
「……そうか」
「ただ、岡本玲さん、のことは、知ってるよ。図書室の聖女……いや、可憐な花……いや、絶滅危惧種の高山植物だよね。僕は彼女の隠れファンなんだ」
「……は?」
「遠くから彼女の平穏を見守るのが、僕の日課でね。彼女に変な虫がつかないように監視……いや、警護していると言ってもいい」

岡本樹は早口で熱弁を振るう。
こいつ、変わった奴だな……。でも、悪い人間ではなさそうだ。
「……ふーん」
「それより折館くん、そのCD貸してくれない? 代わりに僕のおすすめのUKロックを貸すから」
「……いいけど」
俺がCDケースを取り出そうとしたとき、岡本樹が「あ、ちょっと待って」とポケットから白いハンカチを取り出した。
そして、咳き込む口元を、優雅な手つきで押さえた。

「ゴホッ……失敬。僕、気管支が弱くてね」
その仕草。
背筋を少し伸ばし、ハンカチを丁寧に畳んでしまう所作。
脳裏に、図書室で岡本玲が本を扱う時の手つきがフラッシュバックした。
……なんか、似てるな。
雰囲気はまるで違う。岡本玲は控えめで儚げだが、岡本樹はどこか芝居がかっていて胡散臭い。
それでも、ふとした瞬間の空気感や、色の白くて細い体躯が、妙に重なって見えた。

「……お前、本当に岡本玲とは無関係か?」
「おやおや、しつこいねえ折館くん。でも残念、赤の他人さ」
岡本樹はニヤリと笑い、俺の手からCDを受け取った。
「僕と君は、音楽の趣味が合う友人。それだけで十分じゃないか?」
「……まあ、そうだな」
俺は深く考えるのをやめた。
直感では「引っかかる」が、本人が否定しているし、何よりこの学校で初めて「音楽の話」ができる相手ができたことが、悪くなかったからだ。
「じゃあこれ、僕のおすすめ。……あ、そうだ折館くん」
「ん?」
「もし君が、図書室の岡本さんに近づくようなことがあれば……その時は、科学的に実証された最も苦痛を伴う方法で呪うから、よろしくね☆」

「……なんだそれ」
岡本樹は爽やかな笑顔で物騒なことを言い残し、ヒラヒラと手を振って去っていった。
その背中を見送りながら、ふと思った。
……もしもあいつと兄弟だったら、岡本玲は苦労するんだろうな。
こうして、俺と岡本樹の奇妙な友情が始まったのだった。


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