【clum! '95 #03】図書室と絆創膏

佐野立夏先輩による怒涛の基礎練習から解放された翌日の昼休み。
僕、早坂一頼は、逃げ込むように図書室の重い扉を開けた。
「ふぅ……ここは静かだなぁ」
鼻頭には、今朝会った佐野先輩が「貼り直してあげる!」と言って貼ってくれた、ファンシーな動物柄の絆創膏。
教室にいると「その鼻どうしたの?」と聞かれるし、廊下に出れば元気すぎる佐野先輩に捕まって「昼練するよ!」と言われそうで、僕は安息の地を求めてここに来たのだ。
(ついでに、バスケのルールも勉強しておかないと。先輩の言ってる専門用語、半分くらい分からなかったし……)
僕はスポーツ関連の棚へ向かった。
しかし、まだ背が148cmしかない僕にとって、お目当ての『中学生のためのバスケ入門』は、あいにく一番上の棚にあって、届かなかった。
「う……届かない」
爪先立ちをして手を伸ばすが、指先が背表紙を掠めるだけ。悔しい。
諦めて踏み台を探そうと振り返ったときだった。
「あの、よかったら取りましょうか?」
鈴が鳴るような、柔らかくて優しい声が降ってきた。
驚いて見上げると、そこには腰まである長い髪の可憐な女子生徒が立っていた。
赤いリボン。赤いスカート。
二年生の先輩だった。
どこか図書室によく似合う人だった。
背は僕より少しだけ高い。お願いしてみよう。
「あ、すみません! お願いします」
「ふふ、いいよ。これね?」
先輩はスッと優雅に手を伸ばし、目当ての本を取ってくれた。その仕草は、どこかバレエの所作のように洗練されていた。

身長はそこまで変わらないのになぜ届くのか、身体の使い方が違うのかなと僕は考えながら、少しの間見惚れていた。
本を受け取る時、先輩の視線が僕の顔の真ん中で止まった。
「あら……お鼻、怪我してるの?」
心配そうに眉を寄せる先輩に、僕は慌てて絆創膏を押さえた。
「あ、これ……一昨日、バスケ部の見学でボールが当たっちゃって」
「バスケ部……。あ、もしかして、佐野さんの?」
「えっ、佐野先輩のこと知ってるんですか?」
僕が尋ねると、先輩は、少し恥ずかしそうに頬を染めて微笑んだ。 「うん。クラスは違うんだけど、佐野さん、いつも元気でキラキラしてて素敵だから。……そっか、君は新入部員なんだね」
「はい、早坂一頼っていいます。……あの、佐野先輩って、いつもあんなに激しいんですか?」
思わず本音が漏れると、その先輩は口元に手を当てて「くすっ」と上品に笑った。
「そうらしいね。でも、あんなに一生懸命になれるって、すごいことだと思うな。わたしにはできないから……」

「先輩……?」
先輩の言葉には、どこか寂しげな響きがあった。しかし、先輩はすぐに優しい表情に戻った。
「早坂くん、その本、貸出手続きする? わたし、今当番だからやってあげる」
「あ、はい! お願いします!」
カウンターで手続きを待ちながら、僕は思った。
体育館には「太陽」のような佐野先輩がいるけれど、ここには「月」のような優しい先輩がいる。
「はい、どうぞ。バスケ、頑張ってね。応援してる」

「あ……ありがとうございます! ……えっと」
「岡本。岡本玲です」
「岡本先輩!」
岡本先輩に手渡された本を胸に抱き、僕は深々とお辞儀をした。
体育館は疲れる。
図書室は落ち着く。
僕はたぶん、
しばらくここに通うことになるんだろう。


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