【clum! '96 #19】妥協なき演出
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1996年、夏の午後。
校舎の裏手、植え込みに囲まれた、人通りの少ない「聖域」に、一人の少年がしゃがみ込んでいた。

「……いいっすか、迅先輩。もっとこう、玲先輩の肩に手を回すとか。あ、玲先輩はちょっと恥ずかしそうに下を向いて……そう! そのコントラストですよ!」
茂みの陰から一眼レフを構え、野瀬が必死の形相で指示を出す。
その視線の先では、折館迅が今にも野瀬を殴り飛ばしそうな顔で立ち尽くしていた。
一方、玲は約束通り、調理部のエプロンをつけたまま、顔を耳まで真っ赤にして俯いている。
「野瀬……。お前、これが『調理部の存続』にどう関係あるのか、説明しろ。……さもないと、そのレンズを粉砕する」
「ひっ……! 説明します、しますから! 『憧れの先輩カップルが作る愛の料理』っていうキャッチコピーで、1年生の入部希望者を釣るんですよ! 迅先輩、これ、玲先輩のためですよ!?」
玲がそっと迅の手を掴んだ。
「……迅くん、ごめんなさい。野瀬くん、これ撮らせてくれたら、広報ポスター描いてくれるって言うから……お願い」

玲の潤んだ瞳で見つめられ、迅は「くっ……」と呻いて顔を赤くし視線を逸らした。彼は玲の「お願い」にだけは、世界で一番弱い男だった。
「……一回だけだ。早くしろ」
迅は意を決したように、玲の細い肩を引き寄せた。
金髪碧眼のクォーターが、守るように少女を抱いた。
木漏れ日が二人のシルエットを美しく縁取る。

「あああああ! 最高! 迅先輩、そのまま玲先輩の髪に顔を近づけて! 玲先輩、ちょっとだけ笑って!」
野瀬のシャッター音が連続して響きます。
「……こうか?」
迅が不器用ながらも、玲の背後に回り、耳元で何かを囁くように顔を寄せた。

玲が驚いたように顔を上げ、二人の視線が至近距離でぶつかる。
その瞬間、玲がふっと、本当に幸せそうに、花がほころぶような笑みを見せた。

カシャッ。
「……撮れた。これ、歴史に残る一枚だわ……」
野瀬が震える手でフィルムを巻き上げます。
1996年のアナログなカメラに、確かに「恋」が焼き付けられた瞬間でした。
「――そこまでだ」
冷ややかな声と共に、植え込みの反対側から白衣を着た樹が姿を現した。
その手には、どこから持ってきたのか、学校備品の大きな遮光板(レフ板)が。

「……迅。玲と密着してからの経過時間が30秒を超えた。これ以上の接触は、玲の精神的ストレス、および僕の血管の耐久値に悪影響を及ぼす。撮影終了だ」
「樹!? なんでここに……」
「樹、お前……レフ板まで持って、ずっと見てたのかよ」
迅が呆れたように手を離すと、樹はフンと鼻を鳴らした。
「科学的記録の精度を高めるために、光の調整が必要だと思っただけだ。……野瀬くん。その写真は、現像したら一番に僕のところに持ってこい。検閲が必要だ」
「了解っす、お兄様!」
数日後。
調理室の前に貼り出された野瀬特製のポスターは、結局「二人のツーショット」ではなく、「迅が玲にエプロンを結んであげている後ろ姿」という、絶妙に想像力を掻き立てる一枚が使われた。

「野瀬のやつ、意外とわかってるじゃない」
立夏がポスターを見ながらニヤリと笑う。
「……でも、折館先輩。あの写真のとき、何て囁いたんですか?」
一頼にこっそり聞かれた迅は、「……秘密だ」とだけ答えて、少しだけ照れくさそうに窓の外を見た。
1996年、夏の午後。
デジタルには残せない、現像しなければ見ることのできない、彼らだけの特別な一瞬。
そんな甘酸っぱい余韻を残しながら、学園はいよいよ、逃げ場のない熱い夏へと突入する。
【今回のおまけ】
稲城「はしゃぎ過ぎた野瀬のNGシーンがたくさんあるよ」
野瀬「いやぁ、ついつい」



稲城「どこを撮ってるのさ」
野瀬「いやぁ、テンション上がり過ぎちゃってちょっとわけわかんなくなってた」
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