【clum! '96 #18】観察者の対価請求
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1996年、夏の昼休み。
双子公表の余波で、玲の周囲に漂っていた重苦しい空気が、ようやく晴れ始めた頃のこと。
調理室で新入部員達の指導を終え、ほっと一息ついていた玲の前に、首から『写ルンです』をぶら下げた野瀬隆文が、音もなく現れた。
「お疲れ様です、玲先輩。今日も一段と透明感増してますねぇ。あ、今の表情、窓際の光と相まって100点です」
「……野瀬くん。またそうやってからかって。科学部にお茶でも持っていこうと思ってたんだけど、何か用?」

玲がエプロンを外そうとすると、野瀬はニヤリと、どこか確信犯的な笑みを浮かべた。
「用というか、確認というか。……玲先輩、忘れてないですよね? 俺が調理部に名前を貸して『幽霊部員』になった時のお礼の話」
玲は動きを止め、少しだけ困ったように眉を下げた。
「ええ……。迅くんを撮らせてあげる、っていう約束ね」
「そうです。でもね、ただの迅先輩じゃ面白くないんですよ。そんなのはバスケ部でいくらでも撮れますから」
野瀬は一歩近づき、人差し指を立ててレンズの向こう側を見据えるような目で言った。
「俺が撮りたいのは……『折館先輩と玲先輩が、イチャイチャしてるところ』です」
「……えっ!?」
玲の顔が、瞬く間に彼女が先程まで扱っていたトマトのように赤く染まった。
「い、イチャイチャって……そんな、人前でそんなことできないよ!」
「いやいや、そこを何とかするのが部長の仕事でしょう? ほら、付き合って3ヶ月以上経つのに、未だに清純な空気漂わせてるお二人ですよ? 需要しかないです。迅先輩が、玲先輩にだけ見せる『デレ』の瞬間……あー、想像しただけで現像液が沸騰しそうっすわ」

野瀬は、茶化しているようでいて、その瞳は本気で「最高の瞬間」を追い求める表現者のそれだった。
「これを撮らせてくれたら、今後、調理部の広報用ポスター、俺が全身全霊をかけて描きますよ。新入部員が30人は殺到するような、伝説のやつを」
「……30人」
玲にとって、廃部危機の回避は切実な問題だ。
しかし、迅に「野瀬のために仲良くしているところを撮らせて」などと言えば、彼は一体どんな顔をするだろうか。
「迅くん、怒らないかな……」
「大丈夫ですよ。玲先輩が『お願い、迅くん』って言えば、あの先輩、断れるわけないじゃないですか。……あ、今のその不安げな表情もいいなぁ。……じゃ、セッティングお願いしますね、部長?」
野瀬は鼻歌まじりに、1996年当時のヒット曲を口ずさみながら調理室を去っていった。
その後、立夏にこの話を相談すると、「野瀬のやつ、相変わらずいい度胸してるわね!」と爆笑されたが、立夏はこうも付け加えた。

「でも玲ちゃん、迅との写真、一枚くらいあってもいいんじゃない? 迅、不器用だから自分からは言わないだろうしさ」
調理部存続のため、そして「最高の被写体」を求める観察者のために、玲は人生最大級の「お願い」を迅にすることになる。
【今回のおまけ】
野瀬「流石に真っ赤すぎて熱があるみたいになったのでNGでーす」

稲城「これさぁ、絵だけ見てるとナンパしてるか口説いてるみたいに見えるよ」
野瀬「まぁ、実質口説いてますからね!」
稲城「俺は次回の迅ちゃんがどうなるかが怖い……」
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