【clum! '96 #17】労い
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1996年、夏の西日が差し込む放課後の渡り廊下。
岡本樹の全校放送から数時間が経過し、校内にはまだどこか浮き足立ったような空気が残っていた。
樹が科学部室へ戻ろうとしていると、バスケ部のジャージ姿の牟田先生が、壁に寄りかかって彼を待っていた。
「……よう、お兄様。随分と大胆な『発表』だったな」
牟田先生がニヤリと笑って声をかけると、樹は露骨に嫌そうな顔をして眼鏡を指で押し上げた。

「……牟田先生。一教師が、生徒のプライベートな放送を揶揄するのは教育的見地からいかがなものかと思いますが」
「はは、固いこと言うなよ。お前のあの放送、職員室でも大爆笑だったんだぞ。『細胞分裂』なんて言葉から始まる兄妹宣言、碧翔学園が開校して以来の珍事だってな」
樹は不機嫌そうに鼻を鳴らしたが、牟田先生はさらに言葉を続けた。
「正直、俺も驚いたよ。お前たちが双子だってことは、一応書類上では知っていたが……まさかあんな形で公表するとはな。校長先生も『彼らしい自主性だ』って感心してたぞ」
牟田先生の表情からふっと笑みが消え、一頼に向ける時のような、優しくも鋭い眼差しに変わりました。

「……樹。大変だったろう、今まで」
樹はその言葉に、一瞬だけ目を見開きました。
「お前が玲さんを……単なる妹以上に、一人の人間として、いや、それ以上に大切に想っていること。俺は誰から聞くまでもなく、お前の目を見ていればわかっていたよ」
一頼の兄であり、多くの生徒を見守ってきた牟田先生には、樹がどれほどの覚悟で「双子」という仮面を公表し、自分の独占欲を「兄としての義務感」という言葉で塗りつぶしたのか、その痛みが伝わっていた。
「自分の気持ちを殺してでも、あいつ(玲)の居場所を作ってやりたかったんだな。……よくやったよ、樹。お前が今日やったことは、科学的根拠なんかより、ずっと価値のあることだ」
牟田先生は、樹の細い肩に大きな手を置いた。
「……僕は、ただ、玲の周辺にある非合理なノイズを排除したに過ぎません」
樹は相変わらず不遜な態度を崩さなかったが、その耳の端がわずかに赤くなっているのを、牟田先生は見逃さなかった。

「ああ、そうだな。……まあ、これでお前も少しは肩の荷が下りたんじゃないか? これからは『最強の兄貴』として、堂々と見守ってやれ。……あ、それと。中体連の時、玲が応援に来るのを楽しみにしている部員も多い。しっかりガードしてやってくれよ」
「……言われずとも。害虫の駆除は僕の専門ですから」
樹はそう言い残し、翻る白衣と共に歩き出した。
その後ろ姿を見送りながら、牟田先生は「……不器用な奴」と独り言を漏らし、部活動が待つ体育館へと向かった。
孤独な天才だった少年が、初めて「誰かのために」自分をさらけ出した放課後。
彼らの夏は、いよいよ本格的な決戦、中体連へと突入していく。
【今回のおまけ】
野瀬「牟田先生といると、樹先輩がちゃんと生徒に見える……いや、当たり前だけども」
稲城「言いたいことはわかるよ」

野瀬「ワープロも出始めてた時期ではあるものの、この頃は手書きがメインだったよな、先生達」
稲城「そうそう、パソコンですらなかった」
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