【clum! '96 #21】立夏の消えない傷
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放課後の校舎裏。
湿った初夏の風が吹き抜けるなか、一頼はコンクリートの段差に腰掛け、自分の両手を見つめたまま動けずにいた。

そこへ、ポケットに手を突っ込んだ迅が、重い足取りで近づいてくる。
「……早坂」
迅が低く声をかけると、一頼はびくりと肩を揺らし、消え入りそうな声で答えた。
「……折館先輩。すみません。僕、ただ立夏を助けようとしただけで……あんな風に、怯えさせてしまうなんて……」
一頼の瞳は、激しい後悔で濁っていた。
「僕、最低です。優しい言葉を使いながら、結局は暴力的に彼女を追い詰めてしまった。僕が『男』だから……あんなに怖かったんですよね、彼女は」
迅は一頼の隣に腰を下ろすと、遠くの夕焼けを見つめながら、ぽつり、ぽつりと話し始めた。

「……あいつにはな、お前が想像もできないような『過去』がある。
……詳しくは俺からは言えない。
だが、あいつにとって、自分よりデカい男に逃げ場のない場所で詰め寄られるのは、
死ぬより恐ろしいことなんだ」
一頼が息を呑むのが分かった。
「それは、お前が『誰か』とか、お前の『言葉遣い』がどうとか、そういう次元の話じゃないんだよ。
あいつの中に、どうしても消せない、化け物みたいな記憶が住み着いてるんだ」
迅は、隣で震えている一頼の肩に、ゴツゴツとした大きな手を置いた。

「……お前のせいじゃない、早坂。
お前が立夏を助けようとしたその気持ちに、嘘はなかった。
それは俺も玲も、ちゃんと見てた」
「でも……僕は……」
「いいか。立夏は今、玲がついてる。あいつは強い。きっと大丈夫だ。
……お前が今やるべきなのは、自分を責めて逃げることじゃない。
あいつがまた笑えるようになった時、また隣に立てるように、その『男』としての力を、あいつを怯えさせるためじゃなく、守るために使う覚悟を決めることだ」
迅の碧い瞳が、一頼を真っ直ぐに射抜いた。
それは、かつて迅自身が、そして今も迅が戦い続けている、孤独な決意の共有だった。
「……立夏は、お前のことを信じてる。だから手を繋いだんだ。
一度のハプニングで、その全部が消えるわけじゃない」
迅が立ち上がり、一頼の背中をバシッと力強く叩いた。
「泣きそうな顔してんな。そんな顔で立夏に会ったら、余計に気を使わせるぞ。
丁寧に優しく、だろ? お前の武器は」
一頼は、溢れそうになる涙を掌で乱暴に拭い、深く、深く頭を下げた。
「……ありがとうございます、折館先輩。僕……もっと強くなります。
先輩が、僕を『怖い』じゃなくて、『温かい』って思ってくれるまで。
……何度でも、やり直します」
迅の不器用な励ましによって、一頼の心に小さな灯が再び宿った。
「ヒーロー」になるには、まだ程遠い。
けれど、泥の底で足掻く覚悟を決めた少年は、少しだけ顔を上げ、立夏と玲が待つ校舎の方へと歩き出したのだった。
【今回のおまけ】もお休みします。
野瀬「いやー……ちょっと、おまけではしゃげる空気じゃないよね……」
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