団地綺譚 葬送と再生の境界 第12話 消えた白球と二匹のトム
◇小説の紹介
昭和40年代、子供の頃に過ごした団地とその周辺を舞台に、猫や車、時代のガジェットたちの記憶を織り交ぜながら、ファンタジー小説として紡いでいきます。どうぞお付き合いください。
すっかり陽は落ちた。
プレーはちょうど前半9ホールを終え、休憩に入った。
休憩は大人の社工場である。
課長は富江と生ビールを乾杯している。
ハーフのスコアは課長はぴったり40。
こちらは60。これでもかなり健闘の部類だ。
なにしろ、団地の屋上という変態コースである。
ボールこそトムが探しに行くものの、OB連発である。
幸いに高低差はほぼないので、なんとかグリーンに寄せれば、3パット以内で沈められる。だが、階段を上ったり下りたり、まだ半分終わったところなのだ。体力が続くかどうか。
「はーい。元気?」
富江が生ビールを注いでくる。
あれ、なんか汗かいてるな。
息もきらして、めずらしいな。
ああ、課長はぐいぐい行ってるけど、吞んで大丈夫か。
いや、呑むしかないだろう!
一気に空けて、課長の方へ向き直る。
「後半は追いつきますよ!」
「む、そうなのかのう?」
「がんばって!」
無邪気な富江。まったくもう、お前も参加してみろよ!
酔っぱらってきたのかおかしな気分だ。
団地の小学校わきの1号棟から始まり、グラウンドの周りを、もうぐるっと回ってきている。
さすがに脚にきている。
やはり各棟にエレベーターの設置は必須だ。
とはいえ団地の屋上が芝生だったとはなあ、社宅からはみえなかったものな。
子どものころ、あのタラップの上に何があるか、友達とあてっこしていたが、まさかゴルフ場があったとはなあ・・・
まさか当時、そんなものがあるわけないのだが、酔いが回って屋上にあったものだと真面目に考え始めている。いったい、そんなところでプレーできるわけがないし、ボールが住戸に飛び込んだらどうなる・・・
もはやそういうまともな考えすら浮かばない。
状況の破天荒さにあてられてしまったのだろう。
正直、ボールを追っている猫が2匹いるとは気づいていなかった。
酔った課長が面白がってボールを転がすと、富江はきゃっきゃいいながら追いかける。まるで猫のようだ。
あちこちボールを追いかけて、ようやく見つけた富江。生ビールを注ぎながらこちらを見つめられている。なんだかいつもの富江と違う気がした。さっと富江は視線をそらしたので、そのとき富江の目が少しうるんでいたことに気づかなかった。
「さて、後半もよろしく~」
課長のあいさつと共に、月夜の後半戦が始まった
団地の明かりが落ちていたのか、暗闇にいくつもの長方形の芝生が光に照らされて浮かんでいる。課長もアルコールのせいかペースが落ちてきている。
逆にこちらは、調子が上がってきた。
周りの風景が見えなくなってきて、狙いが定まってきたからだろうか。次々と狙いの棟の屋根に打ち込む。猫が地上をボールを追いかけてかける必要はなくなったようだ。
しかし好事魔多し。
課長は腰に来たのか、態勢が乱れたまま打ち込んだ。
カツーン!
課長の痛恨の一打、ボールが暗闇にきえてはねる音だけ響く。トムが嬉しそうに駆けていく。
これで並ぶか!
気づけば最終ホール。
ついにOBとなった課長に対して、連続パーで気づけば、あと少しで追いつくところまで来ていた。
パーシモン!たのむぜ
ボールをティにおいて、拾いもののパーシモンのヘッドをみつめる。
親父のパーシモンも当たれば飛んだかもな。
ガツン
ナイスショットだった。
しかし、あたりが良すぎた。
このゴルフは、あたりが良すぎてもオーバーする。
トムが走っていく。
「これで、二人そろってプレ4だら」
二人そろって、73号棟へ上る。
「ほだほだ!」
課長は、グリーンのある70号棟へ絶妙なショットを放つ。
グリーンへ落ちたボールはコロコロとまっすぐ、カップへ向かう。
え、まさか!
カーン
直接カップイン!
これはいくらなんでも・・・分が悪い。

課長のスーパーショットに打ちのめされて、ボールをもらおうとトムの方を向いた。
え
トムが二匹いる!
どういうことだ。
ちょっと動揺してしまった。瓜二つの猫が二匹いた。
疲労感とちょっぴり敗北感によるうわの空で一匹のトムからボールを受け取り、ショット!
ボールはむなしく、それて消える。
一匹のトムが走っていく。
「やった、わしの勝ちじゃん!」
飛び上がって喜ぶ課長と、もう一匹のトム。
それをみて、茫然と、そして少しやけくそになった私は、冗談のつもりで実家の方向を向いた。まだトムはボールを拾ってこない。だが、ポケットに事務所で拾ったあの特製の四角いディンプルのボールがある。
ティにボールを据える。
パーシモンをゆっくり振り上げて、ゆったりとしたスイングで振り下ろす。
「おい!」
課長の声が聞こえたような気がしたが、ガツンという音とともに、ボールはかなたへ飛んだ。
団地から戌渡川を越えて、実家の方向へ!
