見出し画像

団地綺譚 葬送と再生の境界 第8話 白いネクサスで現れた彼方の弟

#創作大賞2026  
#ファンタジー小説部門

◇小説の紹介
 昭和40年代、子供の頃に過ごした団地とその周辺を舞台に、猫や車、時代のガジェットたちの記憶を織り交ぜながら、ファンタジー小説として紡いでいきます。どうぞお付き合いください。

あらすじ、目次、登場人物紹介はこちら

登場したばかりの最新の白いネクサスに乗った弟。
一向に車から降りようとしない。

「兄貴、元気そうだな」

「どうしててって、実家だからじゃないか?」

「もう更地だよ。」

「もしかしてお前が指示したのか?」

それに応えない弟。

「それ、懐かしいな」

「え」

「昔からあった夫婦人形だろ、親父とお袋のか」

忘れていた。実家の床の間にあったものだ。
よく覚えているな。すっかり忘れていた。

弟は実家を出て、遠いところへ行ってしまったと思っていたが
むしろ遠くへ行っていたのが自分かもしれない。
私と違い弟は大企業の技術者で、弟の羽振りなら、ネクサスなら意外と堅実かもしれない。

「もう親父もお袋もいない。実家がある意味はないよ。」

やっぱりお前が処分したのか、まだ自分の荷物があったかもしれないのに。
ちょっと湧き上がった怒りをかわすように弟がつぶやく。

「やっぱり銀狼いいね。」

「え」

「久しぶりに、ちょっと行く?」

ちょっと行くとは、車でちょっと走りを競うということだ。
帰省すると、実家そっちのけでよく走ったものだ。

「いつものように団地を、ちょっと回って幹1に出てやろう」

幹線1号。国の道路だが、昔、スーパーカーが通らないかと兄弟でよく見ていた。
実家の更地問題は後でゆっくり聞くか。むくむくと競うことへの懐かしさと期待が勝つ。

「よし、やったるか!」

普通に考えれば、ユーノスロードスターと最新の高級車ネクサスが勝負になるはずはない。

「5分譲るよ。」

「よし、受けて立つ!」

銀狼は唸り声をあげる。
屋根を開けて乗り込む。こういう時は風を感じたい。

銀狼、久しぶりに駆けてみような。

最初の路地を抜けて、東海通りへ出る。
まずは周回道路で、稼がないと。

戌渡川を渡った、事務所の交差点を通り過ぎる。赤信号で土砂山積みの大型ダンプカーが停まってる。
白のネクサスはまだ来ない。几帳面な弟だ。きっちり5分待ってるな。

ギアを落として、アクセルを踏み込む。
バックミラーをみると大型ダンプが曲がってきていた、その影にチラリと映る白のネクサス。

「おいおい、早すぎるだろ!」

いや!ネクサスが速いんじゃない、大型ダンプが早すぎる。
銀狼のテールに大型ダンプが迫る。

「どういうことだ。警察はどうした!」

派出所は団地再生事務所になってしまった。
携帯で電話しても、とても間に合わない。

バックミラーを見ると、大型ダンプは満載した土砂を撒き散らしながらカーブに突っ込んでくる。
まるで映画『激突』だ、再度、ギアを落としてアクセルを踏み込む。

ダンプのやつ、いったいどうしたんだ。
何に反応した?なんか煽ったか?

大型ダンプの運転手はガラスが反射で表情が見えない。
銀狼の助手席の夫婦人形を見ている・・・わけはないよな。

団地の周回道路で、銀狼と土砂を撒き散らす大型ダンプ、白いネクサスが縦列でかけぬける。
なんだか、見物人まで集まってきたぞ。団地のバルコニーで身を乗り出して見てる見物人。

次のコーナーを左折すれば、幹1まですぐだ。
ドリフトするか!

事務所の角のコーナー、課長が血相変えて出てきたぞ!
みると黒猫も飛び出してきた。

20年ものの銀狼のタイヤがスキール音を上げる。
出てきた課長が両手を上げたのが見えた。その瞬間、大きな衝撃音が襲う。
大型ダンプがカーブを曲がりきれず、グラウンドの一段高くなっている土手へ突っ込んだのだ。

「ざまあみろ、あ、何!」

派手なダンプの横転の影から、白いネクサスが立ち上がってくる。
幹1へ出る交差点が、黄色に変わる。
銀狼は躊躇した。
その隙に、ネクサスは交差点へ飛び込み、幹1へ消えた。

携帯にショートメッセージがくる。

「またな兄貴」

弟はまたしても、彼方へ去ってしまった。
実家の話はまた聞くとしよう。

なぜか近々また会えそうな気がする。
助手席の夫婦人形が、陽を受けて光っていた。

銀狼は敗北感を噛み締めながら事務所の駐車場におさまった。
課長は、ダンプの運転手に怒鳴っている。

運転手は黄色いツナギの女性。
ガラ子っぽいがよく見えない。

「ガラ子、まさかな」 

怒鳴り疲れたのか、ふらふらと近づいてくる。
課長がうんざりしたという顔をしながら、夫婦人形に目を止め、無言で、こちらの顔を見て、少し窮屈そうにニヤリとする。

「こうなったら午後は、暇だら〜
 ほだほだ、今から飲みに行こう!」

いきなり歓迎会となった。

目次はこちら


いいなと思ったら応援しよう!