【読書】MMT講義ノート:貨幣の起源、主権国家の原点とは何か その1
出版情報
タイトル:MMT講義ノート:貨幣の起源、主権国家の原点とは何か
著者:島倉 原
出版社 : 白水社
発売日 : 2022/6/1
単行本(ソフトカバー) : 268ページ
大学の講義がコンパクトに
著者 島倉 原はクレディセゾンのアナリストだ。そして官僚であり言論人でもある中野剛志と組んでMMTに関する本をいくつか上梓している。その島倉による早稲田大学での講義を書籍にまとめたのが本書だ。MMTを理解するのに適切な本だと思う。これからの日本を担う若者が学ぶのにふさわしく、六章あるうちの最後の二章は日本の現状と日本のこれからについて書かれている。
本記事は、本書 MMT講義ノートを紹介する一連の記事のうちその1である。第二章 貨幣とは何かーーMMTの貨幣論 を紹介していく。
もはや、本書を読む方が早いのでは、という分量になってしまった💦。
いや確実に本書 MMT講義ノートを読む方が早いしわかりやすいだろう(毎回の言い訳💦)。そして本書の方が内容もずっと潤沢…💧。というわけで、MMT講義ノートに興味のある方はぜひ、本書に直接当たってほしい。
この記事は、まずは自分のためのまとめである。ご了承ください。
目次を貼るのでご希望の場所に飛んでください。
貨幣とは何かーーMMTの貨幣論
言葉の定義
学生さんへの講義らしく、言葉の定義から始めている。本記事もそれに倣おうp27-p28。
計算貨幣
取引の対象となるモノやサービス、資産や負債の価値を表示するために用いられる単位
貨幣
計算貨幣で表示された債務を履行するために引き渡されるモノ
買い物の際に硬貨や紙幣といった現金をお店に支払うのは、商品と引き換えに買い手が代金支払い債務を履行するために、貨幣として現金を引き渡す行為である
貨幣は硬貨や紙幣だけではなく、銀行預金も貨幣である(銀行の通帳やコンピューターシステムに記録された「残高情報」として存在し、さまざまな支払い手段として用いられる)。
通貨
貨幣のうち、政府(日銀も含めた統合政府)が発行するもの。
硬貨:日本政府が発行する
紙幣や日銀当座預金:日銀が発行する
通貨単位
通貨の額面を表示するために政府が定めた計算貨幣。日本円や米ドルなど。
2つの貨幣観:商品貨幣論と国定信用貨幣論
なんと言ってもMMTの特徴はその貨幣観にある。
主流派経済学は商品貨幣論に基づいている。
通貨は金や銀など、そのものの価値を担保に信用を得て流通している、という考え方。
ただし、その土台となる「物々交換経済」は歴史的に発見されていない(『負債論』より。物々交換に見えるものでも贈与であったり交換そのものに意義があるような、ある種のコミュニケーション手段だという)。
物々交換の最上位の信認を得るのが金や銀なのでそれが自然に流通したと説明しているのだが…。
MMTは国定信用貨幣論に基づいている。
国定信用貨幣論は、表券主義、あるいは債券貨幣論とも呼ばれる。
通貨の信用は「その通貨を発行している国家が税金として受け入れるから」という考え方。
歴史上、国定貨幣論(債権貨幣論)に基づく貨幣流通の例はいくつも見られるp35(本記事の債権証が貨幣になるまで:歴史的事実という項目を見てください)。
ニコニコ大百科に商品貨幣論と国定信用貨幣論の違いがまとめてあったので、掲載する。ただし…わかりやすい表現の項目について商品貨幣論が「通貨とは皆が大事に思っている宝物」である一方、国定信用貨幣論は「偉い人向けに差し出す貢ぎ物」など、まあ、そうかもしれないけど、ちょっと国家に対して悪意があるなぁ。主流派経済学にバイアスがかかっている??

ニコニコ大百科 国定信用貨幣論 より
モズラーの名刺
MMTの提唱者のひとり、投資家のウオーレン・モズラーが子どもたちに家事を手伝わせるために名刺を使った逸話がある。国家と貨幣と税の関係がとてもよく表現されている。
モズラーは、片付かない家の様子を見て、子どもたちに「お片付けをしたらパパの名刺をあげよう」と告げる。子どもたちは「名刺?何それwww」と無視。次にモズラーは「月末までに30枚の名刺を集めないとショピングモールにも行かないしテレビも見せないよ?」と告げた。子どもたちは必死でお手伝いをして名刺を集めるようになったとさ。
この逸話ではモズラー(お父さん)は国家で、名刺は貨幣、子どもたちは国民に相当する。国家が必要なサービス(ここでは家の片付けだが、実際の国家ではごみ収集でも災害対策でもあらゆる行政サービスや物品に相当する)を得るために、対価を支払う。その後、税として回収する。
これは商品貨幣論に対する簡単な反証である。つまり名刺は文字通り単なる紙切れ(不換紙幣)であるにもかかわらず、子どもたちは集めようとする。この後、さらに兄弟間で、おやつのやり取りや宿題の手伝い、ゲームの貸し借りなどのために名刺が流通すれば、立派なモズラー家の紙幣の出来上がりだ。
この逸話は、またMMTの特徴的な言説である、
税は財源ではなく、国債は資金調達手段ではない。
の証左でもある。
税金を集めてから、行政サービスが始まるのではない。初めに貨幣を準備して、必要な行政サービス(あるいは財)を得てから(この例では家の片付け)、税を徴収する(スペンディングファースト)。モズラーパパは中央銀行などという面倒な仕組みを介さずに、貨幣(名刺)を発行している。つまりモズラーパパは統合政府である。
国定信用貨幣論(=表券主義=債券貨幣論)
ドイツのクナップは1905年出版の自著『貨幣国定学説』で表券主義を提唱した。ちなみに貨幣論という言葉を生み出したのも彼だという。その主張は下記の通り。
貨幣の価値は、物々交換の為の自発的な商品貨幣という意味合いよりも、国家による法制上の創造物であることに由来する…。
国定信用貨幣論という用語は中野剛志が『富国と強兵』で使い出した(ニコニコ大百科 国定信用貨幣論 より)。内容は表券主義と同義である。
MMTによる通貨流通のプロセスは以下の通りp40-p41(文言は簡略化した)。まさにモズラーの名刺のプロセスをなぞっている。
政府は計算貨幣、つまり通貨単位を決める。日本であれば円、米国であればドルである。
政府は人々に支払い義務を課す。典型が納税義務であり、行政サービスや手数料なども含まれる。
政府は通貨を発行し、政府に対する支払い手段に指定する。
民間の債務や資産、モノやサービスの価格も通貨単位で表示されるようになる。取引の際の支払い手段として用いられる。また貯蓄手段としても用いられる。
通貨が債権であるとはどゆこと?
著者 島倉によれば、通貨が証する債権と債務とは、下記の通りp41。
通貨の保有者にとって債権証書:通貨という債権を差し出すことで政府への支払い義務を解消するという「権利」が与えられる。
通貨を発行した政府にとって債務証書:支払い義務からの解放という「債務」を約束している。
たぶん、こういう説明は、多くの人が研究に参入し、研究が進むにつれてもっと洗練されていくのでは、と思う。ちょっとモッタリしてるよね、説明として。
債権証が貨幣になるまで:歴史的事実
著者 島倉は、MMTによる貨幣の起源や価値の裏付けを下記のようにまとめている。
…貨幣とは古来より債務証書(IOU)であり、その保有者にもたらされる債権(credit)こそが貨幣の価値を裏付けている…
MMTの専門家によると、債務者から債権者に発行された「割り符」と呼ばれる一種の手形が貨幣の走りなのではないか、と考察されているp35。
中世ヨーロッパではセイヨウハシバミの木、古代メソポタミアでは粘土といったように、地域や時代によって様々なものを素材としていた割り符は、世界各地で金属硬貨よりもはるか昔に導入され、商取引上の主要な支払い手段として何世紀にもわたって使われていた…
そして、割り符は、債権者が立場を変えて第三者からモノやサービスを購入する際の支払い手段などにも用いられ、世の中に転々と流通することによって、貨幣として機能していました。現代の手形と同様、割符の価値にとって重要なのはそこに記された債務者名や債務額や決済期日であり、素材の価値ではありませんでした。
つまり、歴史的事実として、債権貨幣論の証左が存在するのに対して、商品貨幣論の証左は見つかっていないのだ(「物々交換する中で価値がもっとも高いものが貨幣として流通した」という歴史的事実はない)。
銀行預金も銀行にとっては債務証書:私たちから見ると債権証書
「現代の紙幣すなわち銀行券の原型は、十七世紀にロンドンの金細工師が発行した「金匠手形」や、産業革命時に英国の銀行が発行した約束手形であったとされている」p35。さらに「割り符が貴金属硬貨よりも昔から存在していたという事実は、貴金属硬貨の次の段階として紙幣が導入されたとする、商品貨幣論に基づく主流派経済学の説明の矛盾を示す」p35ものと言えそうだ。
銀行は、古代から債権債務を集約して精算する役割を果たしてきたp37。銀行預金が債権であることを示すために、まず下記のような割り符(手形)を用いた商品取引を考えよう。取引の各過程については、画像の説明欄に記載した。

AさんとBさんの間で商取引が行われる。
Aさんは支払いを割り符で行う。
Aさんには債務が、Bさんには債権が渡る。
Bさんは債権を銀行に買い取ってもらう。
銀行は買い取りをこれまた割り符(手形ともいう)で行う。
銀行は自らに債務を発行し、Bさんには債権が渡る。
Bさんはこの債権を第三者であるCさんへ 支払いに使ったりできる。
(Aさんの手元には元々の債務が残り銀行はAさんへの債権を持っている)。
のちの時代にはBさんに渡るのは銀行貨幣となったり銀行預金となる。
銀行貨幣は銀行が発行する債権証書であり銀行預金は債権の残高記録である。
(銀行から見ると債務の残高記録)p37。
現代では、同じような取引が、銀行による割り符(手形)の買取ではなく、銀行からの貸出によって行われるp37。商品購入額に相当するAさん名義の預金を銀行の帳簿に記録するという形で、銀行からAさんに貸出が行われる。Aさんは振込などによって自らの預金をBさん名義の銀行口座に移動させて購入代金を支払う。Bさんは預金を使ってCさんへの支払を行う、といった具合である。
また、これは信用創造の過程でもある。英語のcredit creationは信用創造と訳されているが、債権も信用もcreditである。だから、この過程は信用創造であり債権創造である。この債権創造がのちに国家の貨幣創造となるわけだ。
上の例で、銀行は信用創造(債権創造;割符2の発行)を行なっているが、この債権(割符2)は、Aさんの信用創造(債権創造;割符1の発行)よりも信用として上位にくる。Aさんよりも信用がないのであれば、Bさんは銀行の債権(割符2)を受け取らないだろう。というわけで、債務にはこのようにピラミッド構造がある。
債務のピラミッド構造
さて、「現代の日本や米国のような国々では民間発行の貨幣も含むあらゆる金融債務が通貨を頂点とするピラミッド構造を形成している」p47。

【民間銀行と中央銀行】
「民間銀行は、銀行貨幣を通貨と交換することを約束したり、通貨を最終決済手段とする複数銀行間の決済ネットワークを形成したりすることによって、銀行貨幣の流通範囲を拡大するようになる」p48-p49。「反面、銀行貨幣がひとたび通貨との兌換性を確保できなくなると、債務不履行や取付け騒ぎ、ひいては銀行システム全体に及ぶ金融危機が生じるリスクを高める」こととなるp49。
そこで、「現代の多くの国では中央銀行が「最後の貸し手」として民間銀行の需要に応じて通貨を供給する役割を担うことによって、民間銀行の兌換性を支える仕組みが導入されている」p49。
【民間銀行と企業や家計】
「一方、銀行以外の民間企業や家系は、購入代金の支払いや借入金の返済といった広い意味での債務支払いの大半を、民間銀行債務である預金で行なっている」。「つまり、民間企業や家計の債務は、預金との交換が訳された者として、民間銀行債務よりもさらに下の序列となる」p49。
【政府債務より上位にくるもの】
「政府債務を政府債務以外のものと交換する約束をしている場合」。例えば「通貨を固定レートで貴金属や外貨と交換する固定為替相場制を導入している場合や外貨建て国債を発行している場合」は、貴金属や外貨が債務ピラミッドの頂点に立つことになるp50。
貨幣創造(信用創造)
「現代の銀行預金のほとんどは、貸出や手形買い取りをはじめとする、銀行による何らかの融資行為によって発生する」p38。これを貨幣創造、または信用創造という。これは銀行がそれまでどれだけ資産を持っているかに関係なく行われる。「つまり銀行は、自らの通貨保有額がゼロであっても、借り手の預金口座に融資総額相当の残高を記入するだけで、銀行預金を創出することができる」。これを万年筆マネーとか、キーストロークマネーなどという。万年筆でちょちょいと書いたり、キーボードをポチポチするだけでお金が生み出せる(もちろんそれには実体経済(お金の借り手の返済能力という担保)への見極めが必要なのであるが)。MMTと実務者はこのプロセスを肯定しているp38。
ではなぜ、銀行は自社に預金をしてもらいたがるのか?預金が貸出原資でないとしたら?それは、自銀行経済圏の拡大を図りたいからだ。自銀行経済圏が小さければ、さまざまな銀行間取引で自銀行が他銀行(日銀など中央銀行を含む)へ余分な金利などを払う必要が出てくる。それを避けるために多くの人に多くの預金をしてもらいたい、というわけだp74-p77。(そう解釈したけど合ってるかな??)
内省的貨幣供給と外生的貨幣供給
一方で、主流派経済学の銀行預金の考え方は「本質的には商品貨幣を預かった記録に過ぎない」p38。そして銀行融資は外部から預かった通貨を「又貸し」する行為であるとみなしている。そして預金引き出しに備えて手元に置く分を除いて、貸し出された通貨は再び預金され、再び又貸しされるp39。このように「銀行システムに外部から通貨が供給されると銀行預金が半ば自動的に増殖する」という考え方は外生的貨幣供給論と呼ばれている。
MMTはこれに対して「銀行の通貨保有額が増えても必然的に貸出や預金の増加につながるわけではない」p39。「経済システム内部の借入需要に応じる形で貸出と預金が増加する。すると預金引き出しに備えて通貨を入手しようという民間銀行の需要が発生し、中央銀行がそれに応じて通貨を供給する。こうして銀行システム内の通貨額が増加する」p39。これを内生的貨幣供給論という。
「銀行の通貨保有額が増えても必然的に貸出や預金の増加につながるわけではない」は至極真っ当なご意見だと思うけどなぁ。主流派経済学は何をしているんだろう?「お金を借りたい」需要(=借入需要)がなければ貸出も預金も増えない。こちらもごもっとも〜、なのだが…。主流派経済学の人が頑ななのはなぜだ〜??
国定信用貨幣論:ポジティブな心理
2つの貨幣観:商品貨幣論と国定信用貨幣論の項目で述べたように、国定信用貨幣論は「暗い」というイメージがあるようだ。商品貨幣論と国定信用貨幣論を比べている表の通貨を生み出す心理には、商品貨幣論が「…賞賛の心。ポジティブな感情が通貨を生む」。一方で国定信用貨幣論には「政府の徴税権力に対する恐怖心。ネガティブな感情が通貨を生む」とある。
確かにモズラーの名刺も、「パパにモールに連れてってもらえなくなる!」というネガティブな心理で名刺を集めていた。間違っても「キレイな部屋で気持ちよく過ごしたい」というポジティブな心理で集めたのではないだろう。
『負債論』では、通貨を流通させるために古代の政府がとったであろう典型的な政策を、架空の逸話で説明している(『負債論』p75)。村人には「通貨により税金を納める」ことを命じて、駐在兵士には「通貨を配った」。村人はこぞって通貨と引き換えに軍の徴用や調達品を用立てた。そして、このようにして市場が形成され通貨が流通していったのではないか?と推測している。市場と国家は不可分なのだそうだ。国家がないところには市場も生まれない(『負債論』p76)。
MMT講義ノートで著者 島倉は、さまざまな文献調査や考察を重ねながら貨幣と税の起源は神への供物なのではないか?と仮説を立ててるp55-p58。「税の起源である神への贈与という慣行に用いられた供物が貨幣に転化し、貨幣はそのまま納税手段となった」とp58。
さらに「近代以降の世俗的政治では…納税を受けることによって人々を保護する債務を抱えた政府が、財政支出を通じた公共サービスを提供することによってそれを履行する」という他研究者の洞察やp60、自身の「供物とは本来…神に対する貸しすなわち債権を作って見返りを引き出すための贈与の手段であった」という解釈からp61、「供物や税が政府に対する債権であることを前提とすれば、政府が納税に見合った公共サービスの提供を期待されている現代の状況を…明快に説明」可能であると結論づけているp62。
どうです?ちょっと明るくなりませんかね?
私たちは、政府に公共サービスの提供を期待できる債権=日本円を持っている!
「同様の前提に基けば、通貨とは単なる政府に対する債務の支払い手段にとどまらない、政府から公益的な見返りを引き出すことが可能な、保有者にとっての債権証書である」という見方が成り立ち、この見方を仮に「公益的債権貨幣論」と呼ぶことにする、と述べているp61。
だいぶ明るくなってきませんか?
おい、政府、増税する前に、きっちり公共サービス提供しろ〜!
ま、神への贈与だの神への債権だのは、ちょっと大胆すぎるかな〜とは思いますが…。
こういう解釈の分野は、西洋の一神教的価値観とは別の価値観を持つ東洋人の、そして日本人研究者の出番でもあるように思う。
引用内、引用外に関わらず、太字、並字の区別は、本稿作者がつけました。
文中数字については、引用内、引用外に関わらず、漢数字、ローマ数字は、その時々で読みやすいと判断した方を本稿作者の判断で使用しています。
また、文言の間違い、表現のわかりやすさなど、随時訂正しています。ご了承ください
おまけ:さらに見識を広げたり知識を深めたい方のために
ちょっと検索して気持ちに引っかかったものを載せてみます。
私もまだ読んでいない本もありますが、もしお役に立つようであればご参考までに。
島倉原の著作
国定信用貨幣論
クナップ
表券主義=国定信用貨幣論の生みの親です。
ランダル・レイ
MMT研究の第一人者だそうです。本書の著者 島倉原が監訳している。
ビル・ミッチェル
有料記事ですが…。
藤井聡氏との共著。
ステファニー・ケルトン
有料記事ですが…。
負債論
貨幣理解の文化人類学的アプローチ。文化人類学から見てもMMTが主流派経済学よりまともである、と言っているように見えるのだが…。
ムギタロー
いちばんコンパクトにまとまっているMMT。お手軽に理解したい人に。
中野剛志:富国と強兵
贈与の歴史学
『負債論』のデトックスになるような気が…。
通貨の日本史
『負債論』のデトックスになるような気が…。
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