【異世界令嬢コージーミステリ】第7話 作家令嬢の田舎逃亡推理日記〜「俺と結婚しろ」と言われましたが、逃亡先で探偵はじめます〜
前回の話
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フィリ村につき、目的地の別荘に向かう。フィリ村にも別荘地があるが、過疎化している為か、村人ともすれ違わない。別荘もポツンと離れた場所にあり、異様に静かだ。確かに仕事に集中するのには、悪くない環境だろう。
その別荘はレンガ造りの二階建てだった。管理人は雇っていないのか、庭は雑草が多い。人気もなく、静かすぎるのも不気味ではあったが、ようやく手に入れた手がかりだ。まさか死体もないはず。私はクリスと共に、別荘の中へ。
想像以上に埃っぽい。窓を開けて換気もするが、どこの部屋にも死体は無さそうで、私はほっと安堵した。
「アンナ嬢、考えすぎだ。まさか死体なんか無い。まあ、二階の書斎というか、仕事部屋っぽい所へ行こうじゃないか」
「そうね」
こんな時も偉そうなクリスは、私の前を歩き、スタスタと階段を登る。慌ててついて行き、書斎へ入る。
この部屋も埃っぽかった。すぐに換気し、部屋の灯りも入れるが、書斎の本棚は、文芸評論がみっちりと詰め込まれ、トリスタン先生も著作も多い。どうやらここでトリスタン先生は仕事をしていた模様。新人作家の投稿作や、大御所先生の未発表原稿も出てきた。亡くなった作家の貴重な原稿もある。エドモンド編集長がこの別荘を白警団に言わなかった理由を察した。ここは仕事上の機密情報ばかり。いくら白警団でも漏らしたくないのだろう。
「お、本棚見てみろよ。アンナ嬢の作品もあるぜ」
「本当?」
背の高いクリスが本棚の一番上にあるものをとってくれた。私のデビュー作だ。文芸誌で連載した作品もファイリングされてる。
どちらもよく読んでくれていた。付箋も貼り付けてられてる。
「よく見ろよ、アンナ嬢。なんで新作のゲラの方は、こんな涙の跡があるんだ?」
「え、どういう事?」
私はクリスからゲラを奪い、凝視した。タラント村の事件をモデルにして書いたミステリ。カフェ店長と未亡人が主役で、本格推理トリックは一切出てこないが、カフェ店長と未亡人がコツコツと聞き込みを重ね、過去に起きた行方不明事件を暴き、殺人事件も解決する話だ。
もちろん、全部がタラント村の事件を模倣している訳ではない。だいぶリアルと違う部分もある。特に、最後、犯人を大詰めるシーンは、全くの創作だ。未亡人が謎を暴き、犯人と直接対決するが、犯人は逆ギレ。殺されそうになった未亡人だが、カフェ店長が水と小麦粉を投げて犯人を撃退するのだ。これがクライマックスで、「明るみに出ない犯罪はないわ! 白状しなさい!」とカフェ店長の決めセリフもある。
なぜかこのセリフに、涙の跡がある。しかも赤ぺンで「懺悔したい。罪を告白したい」と書いてある。
はっとした。これ、私に送りつけて来たファンレターにもあった。しかも筆跡も同じ。タイプライターのように綺麗な文字だ。トリスタン先生は、何か、過去の犯罪を公表しようとしていた?
「どういう事? 私の作品がトリスタン先生を改心させたって事?」
「そうかもな。おそらくトリスタンは何か犯罪、後ろ暗い事を世間に公表しようとしていた。それが邪魔になった連中が殺したんだ」
クリスの声を聞きながら、休息に頭が回ってきた。トリスタン先生が殺された動機がわかった。光が見えた。今までは暗闇で手探り状態だったが、急に周りが明るくなったような感覚だ。
推理しろ、私。推理するんだ。トリスタン先生が公表しようとしていた罪は何?
今まで調べてきた事。気になった事。違和感を持った事も、全部思い出す。今はまだ証拠はなくてもいい。考えられる可能性は全部、思い出せ。
「もしかして、トリスタン先生。シビルを売春していた……?」
同じ女として考えたくなかったが、可能性は多いにある。シビルは十年前の疫病騒ぎで、トリスタン先生の支援を受けていたが、その時に愛人契約したのだろう。どちらが持ちかけたのかは不明だが、シビルがつけていたアクセサリーは成金風だった。ただのバー店長では買えないだろう。
それに、身体を売ろうとしたパウラの件もある。ギリギリでパウラは免れたが、追い込まれた女性は、判断力が低下し、似たような事をしても不思議じゃない。我が国は男尊女卑という現実もある。それにパウラを励ましたパーティーの件。あの時もシビルの様子が変だった。
ずっとシビルは男達と何股をかけていると思いこんでいたが、売春だったらしい。シビルが男装していたのも、社会的地位が高い顧客の名誉を守るため。何しろ、アサリオン村は噂好き未亡人もいる。変装し、別人になりきっていた方が噂から守られるだろう。
私のデビュー作に怒っていたトリスタン先生も思う。二作目の作品では、過去の犯罪が明るみに出る描写もある。トリスタン先生の立場に立てば、私の作品、神の預言みたくて怖かったかもしれない。単なる偶然だが、懺悔すると手紙を送ってきても筋が通ってしまう。
トリスタン先生の行動だけ見たら悪い。弱い女性につけこみ、売春していたとしたら、同情はできないが、罪悪感は持っていたらしい。公表もしようとしていた。残念ながら、我が国の法律では売春は合法になっているが、殺されていいわけない。
犯人はシビル。売春を公表されそうになり、トリスタン先生が邪魔になって殺した。実行犯は、セドリック料理長、ジスラン支配人、ロドルフ先生。この誰かか、あるいは複数犯か不明だが。
動機がわかったら急に推理が捗ってしまった。マーガレット嬢の言う通りだ。小手先のトリックだけに気を取られていたのかもしれない。
「どう思う? この推理は?」
私は早口で推理を説明すると、クリスは拍手。埃っぽい書斎にパチパチと音が響く。
「素晴らしい、アンナ嬢。もうシビルが犯人で確定だろ。さっそく犯人とご対面して、吐かせろ」
そして極悪モードにスイッチオンするクリス。いつも以上に目が据わり、口元はニンマリと嫌らしい顔だ。
「まあ、たぶん実行犯はセドリック料理長だろ。アンナ嬢、俺と結婚しろ」
「どさくさに紛れてプロポーズするのやめない? そう何度も言われると慣れたわ」
「く、くそ……」
クリスはその場にしゃがみ、顔を真っ赤ににして悔しそうだ。パウラの言うように、この姿はとてもハイスペ経営者に見えない。実に残念だ。
とはいえ、もう犯人は確定した。証拠は無いが、動機から考えればシビルが犯人なのは確信がある。
「まあ、アサリオン村に戻りましょう。そしてシビルに会いに行きましょう」
「そうだな」
クリスは深く頷く。別荘を後にし、アサリオン村へ帰ろう。
いよいよ本格推理小説のように犯人とご対面だが、シビルの事情も理解できる。こちらも責めるつもりはない。説得できる可能性が高い。このまま事件も解決に向かうはずだ。そう信じていた。
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私とクリスはアサリオン村へ急いでいた。
「早くしろ、アンナ嬢。シビルは逃げるかもしれん」
「わかってるわよ」
馬車から降りると、クリスと二人、別荘地の方へ走り、シビルのバーへ急ぐ。もう夕方だ。空はオレンジ色に染まり、野鳥ものんびりと鳴いていたが、私達は焦っていた。
「ちょっと、二人とも。変装してるけど、どうしたの?」
ようやくシビルのバーに近づいた時だった。隣のカフェ、コレット店長に声をかけられた。コレット店長は閉店準備中らしく、店の立て看板を片付けていたが、私達の様子に違和感を持ったらしい。
「え、なんなの? シビルが犯人だったの?」
事情を軽く説明すると、コレット店はニンマリと笑う。明らかに楽しんでいる。この噂にエメと喜んでいる姿が目に浮かぶが、今はそれどころじゃない。
「おいおい、コレット店長。事件で楽しむなよ。シビルはいるかい?」
「ちょ、クリス。自分の事は棚にあげてよくいうわね」
「まあまあ、二人とも。とりあえずバーに入ってみれば良いじゃん」
コレット店長が先頭に立ち、あっという間にバーに入ってしまった。バーには「準備中」とボードが出ていたが、おかまいなしだ。軽やかな足取りのコレット店長の後に続くが、バーの中は誰もいない。
カウンター席は八席で、広いバーでもない。カウンターのテーブルやスツールも古ぼけ、酒の種類も多くなさそう。成金の父が飲んでいたような酒は置いていない。壁紙も一部剥がれており、典型的な田舎の小さなバーという雰囲気だった。このバーの様子で確信した。シビルに成金風のアクセサリーを買うのは難しい。トリスタン先生や他の男達に貢がせていたとしたら、腑に落ちる。
「あら、残念。シビルはいないの。ねえ、シビルはどこに行ったのよ?」
コレット店長は勝手にカウンターの内に入り、適当にグラスに氷を詰め、一杯飲んでる。あまりにも自由過ぎる様子に、クリスも唖然としていたが、私も気が抜ける。
ここで酒を飲むつもりはないが、カウンターの内へ入る。何か手掛かりがあるかもしれない。
酒を飲み、さっそくクリスに絡み始めたコレット店長を無視し、適当に棚を漁る。カクテルやスイーツのレシピ帳、帳簿も見つかった。
「証拠が出てきたわよ」
私は帳簿を引き抜いてコレット店長やクリスに見せた。帳簿は二種類あった。一種類はバーのもので、お金の流れは綺麗だったが、もう一種の帳簿はいいものではなかった。
男達から貢がれたお金が全部記載してあった。お金だけでなく、アクセサリーやバック、服などの貢物の記録もあり、げんなりとした。
「わお! これ、トリスタン先生、ジスラン支配人、セドリック料理長、ロドルフ先生から受け取ったお金やプレゼントの記録! やっば! シビル、一体いつからこんな……」
最初は騒いでいたコレット店長だったが、腐っても女だ。同じ女として思うことはあったのだろう。言葉に詰まらせていた。
クリスも複雑な表情だ。「俺だったら女をこんな扱いにしない。理解できねぇ」と小さく呟いている。クリスも案外、潔癖だったらしいが、これは大きな証拠だ。一旦、コレット店長に帳簿を預け、シビルを探す事に。
バーを出て、別荘周辺の森を探すが、シビルの姿はどこにもない。
「どこ行ったのよ、シビル」
さすがに焦ってきた。帳簿は細かかった。カツラの経費もちゃんと計上し、女性の自立支援団体に寄付している箇所もあった。シビルも我が国の男尊女卑に思うところがあったらしい。根っからの悪人には見えない。
「焦るなよ、アンナ嬢。そう遠くには行っていないはずだ。バーの鍵もかけていなかった。それにどこか逃げるんだったら、あの帳簿も持っていくだろう」
「確かに」
「こんな時こそ冷静になれよ」
言葉は命令系だったが、クリスの声自体は優しく私も冷静になってきた。
「アンナ嬢、私も協力するし。この村人の噂だったら、私よ」
それに再びコレット店長と合流した。カフェの閉店準備の為、一旦私たちと離れていたが、事件が気になって仕方ないらしい。首には望遠鏡もぶら下げ、右手には噂のノート。どうやら、私達よりやる気満々らしい。
これは頼もしい味方だ。私はコレット店長にシビルがいきそうな場所を予想してもらう。
「そうね。湖じゃない」
「なんで?」
「アンナ嬢の言う通りだよ。なんで湖か?」
ここでコレット店長は噂ノートを見せつけて、自信満々に胸も張る。
「湖周辺で蒼い鳥を見たっていう目撃情報があるのよ。シビルは探しに行ったんじゃない? あの子、案外、蒼い鳥の行方が気になっていたからね」
これはコレット店長の予想を信頼してみるか。クリスも賛成し、三人で湖へ向かう。
夕方とはいえ、湖周辺は観光客も多い。私達は観光客に聞き込みをしながら、シビルの行方を追う。今のクリスは野暮ったく変装はしていたが、見た目の良さは隠せないらしい。特に女性の観光客は顔を真っ赤にさせながら、警戒心をといていた。
すぐには目ぼしい証言はなかった。シビルは男装している可能性もあり、その事も聞き込みで聞くが、なかなか思い通りの証言は無い。
「その少年っぽい人? なんか昼間、湖の森の方に入っていくの見た気がする」
そんな中、観光客に一人から証言を得た。どうやらシビルは男装バージョンの時に行方不明になったらしい。
もう陽は暮れかけていた。空はオレンジ色から藍色に変わっていくが、ここまで来て帰る選択肢はない。クリスとコレット店長と共に、湖の奥の森に入る。
この森、夕方のせいか余計に薄暗い。人気もなく、しんと静か。
「確かにこの森は、幽霊が出るっていう噂もあるからね。地元民でもあんまり近づかないのよ」
コレット店長はノートを捲りつつ、全く怖がってなさそう。ずんずんと森へ直行。私も特に怖がっていないが、クリスはなぜか私の前に立ち、全く先を歩かせてくてない。
「もう、なんなの」
クリスの背中を見ながら、仕方なく、ついていったが。
「あれ!」
コレット店長は望遠鏡を覗き、大声を上げた。同時に野鳥の声も響く。可愛い野鳥の鳴き声ではなかった。むしろ、子供も泣き声にも似たような音だった。
なぜか鳥肌がたつ。嫌な予感がする。気づくと、手のひらに汗で滲んでいたが、コレット店長が走り出し、クリスも追う。
「ちょっと、みんな、どうしたの?」
わけもわからず、二人についていくが、嫌な予感は増していく。コレット店長やクリスの様子がいつもと違うからだろうか。
「アンナ嬢、ここからは見るなよ」
「そうね、アンナ。見ない方がいい」
二人は急に壁になってしまった。なぜか前方は全く見えない。
「どういう事?」
状況が掴めず、私の声は情け無い。
「アンナ嬢、見るな。シビルの遺体がある。男装姿だがな」
「え?」
我が耳を疑う。クリスの言葉は全く信じられない。
「この様子だと、自殺かしら……」
コレット店長の声は、震えていた。こんな事は珍しい。あんな噂好きで、勝手にバーでお酒を飲むようなコレット店長が、こんな弱い声を出すなんて。
「ど、どういう事……」
クリスが壁になっているせいで何も見えない。何が起こっているのかわからない。それでも一つわかる事がある。
どうやら犯人は死んだらしい。
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その後のことはよく覚えていない。駆けつけた白警団に連行され、クリスやコレット店長と共にみっちり取り調べを受けたが、全部正直に話した。
白警団のオーレリアンは、なぜか取り調べ中、余裕だった。この事件はすでに解決したと言わんばかり。その上、当初、私に濡れ衣を着せた時と違い、取り調べが終わると解放もされた。
これにはコレット店長は憤慨。元々、白警団のアンチだったとはいえ、「適当に調査しているんじゃない?」とぶつぶつ文句を言っていた。
クリスもそうだ。彼も元々白警団に良い印象は持ってない。「この杜撰な対応はなんだんだ?」と違和感が強いらしい。私もそう。
とはいえ、まだシビルがどういう経緯で亡くなったか不明だ。自殺か他殺かもわからない。一旦冷静になり、コレット店長はカフェへ、私は別荘へ帰る事に。
クリスも送ってくれたが、「白警団は当てにならん!」と怒り、なぜかホテルではなく、そのまま別荘に泊まってしまう。部屋がないので、別荘のリビングのソファで寝ていたが、翌朝、事情を知ったパウラは大笑い。
パウラは「アンナが心配なんだね!」と揶揄い、クリスの不機嫌さはマックス状態。じいやも宥めていたが、もうパウラとクリスの相性の悪さは上限がない模様。こんな事件の後、不仲なクリスとパウラを見るのもストレスが溜まり、私は別荘を抜け出し、コレット店長の店へ。
店は開店したところで、他に客がいないらしい。窓辺から野鳥観察する気分でもなく、カウンター席に座り、紅茶とトーストを注文。私は犯人が死んだ事にショックだったが、コレット店長は全くそんな事はない。むしろ鼻歌を歌いながらトーストを焼き、ジャムも盛り付け、私に提供していた。
こんな時だが、トーストは美味しい。苺ジャムの甘味が身に染みる。紅茶の優しい香りも、全力で私を励ましているらしい。少し気が抜けてきた。それに相変わらず元気そうなコレット店長が目の前にいれば大丈夫そう。朝の野鳥の鳴き声は可愛らしく、余計にほっとしてきた。
私は朝食を全部平らげると、コレット店長に昨日の状況を聞く。朝からする話題ではないが、今聞かないと、永遠に逃してしまうだろう。
「ちなみに、シビルはどんな感じで亡くなってた?」
「あら嫌だ。せっかくクリスがあなたに見せないように庇ってたのに。わざわざ聞く?」
コレット店長はおかわりの紅茶を注ぎながら、呆れていたが、噂ノートを開き、当時の詳細を教えてくれた。
望遠鏡に人影が見え、怪しいと思い、追いかけたという。クリスも何か察したらしい。そして近づくと、シビルの遺体があった。しかも首吊り。踏み台も置いてあり、自殺体に見えたという。
「本当に自殺だった?」
思わず突っ込む。本格推理小説では、自殺体がそうであった試しがない。それに人為的な絞殺とロープでの首吊りでは、身体に残る跡も違う。医者がちゃんと検死すれば、こんなトリック、一瞬で論破できるはず。
「おそらく検死医、ロドルフ医者よ」
「え、そうなの?」
コレット店長は噂ノートをめくりつつ、とんでもない事実を暴露。ロドルフ医者は王族の隠し子らしい。しかもかなり上位王族で、たとえ偽の検死をしても、揉み消されるんじゃないかという。
「え、なんで?」
そんな事があったら嫌だが、過去の疫病騒ぎの時も、ロドルフ先生は適当な検死をしたという噂もあった。そもそも医者免許も王族のコネでとったもので、その腕は悪いらしい。
「そんな……」
呆れて声も出ない。
「田舎ではあるあるよ。いわば無法地帯だからね」
噂収集を生き甲斐にしているコレット店長の言葉は説得力がある。それに、ちょうどクリスもカフェにやってきた。クリスも、田舎の生まれだ。こんな話を聞いても微動だにしない。
「ロドルフが偽の検死報告をする可能性があるのか。ロドルフも犯人だろう」
クリスは、堂々と言い放つが、私は混乱。そんな田舎って無法地帯?
これでは本格ミステリのようなフェアプレイも通用しないらしい。だったら、一旦、そんな品行方正さは捨てるべき?
そんな事を考えていたら、今度はオーレリアンが入店してきた。コーヒーとドーナツを注文し、鼻歌混じりで食べていた。嫌味っぽい。私達が見つけた犯人が死に、嘲笑っているみたい。オーレリアンのメガネがきらりと光り、余計に嫌味っぽい。
もっともコレット店長は田舎でキャリア組から転落して可哀想とか言い、向こうもムッとしていたが。オーレリアンには悪いが、少し胸がスッとしたところ、また彼は笑い始めた。
「あはは、残念だな、アンナ嬢。シビルは自殺だ」
「は?」
思わず令嬢らしからぬ声が出るが、オーレリアンは畳み掛けた。
検死結果も自殺。シビルの服のポケットから遺書も発見。遺書にはトリスタン先生の殺害も告白され、自殺だと疑いようがない。
「遺書には、アンナ嬢の小説を読んで逃げられないと懺悔していたぞ。なんだよ、間接的にお前が殺した?」
「うっ……」
オーレルアンの声は、ナイフみたい。私の心にグサグサ刺してくるが、クリスもコレット店長も味方になってくれた。シビルが他に客がいた事。ロドルフの検死結果は不正の可能性がある。事件の関係者か、あるいは脅されて偽の検死をした可能性があるとクリスは訴えるが、オーレルアンは無視だ。むしゃむしゃとドーナツを貪り、これ以上ないぐらいにニコニコ笑っていた。私はなんの反論もできなかった。
「これでトリスタンの事件は解決だ」
「女のシビルがトリスタンの遺体を運べるか?」
クリスの冷静なツッコミもオーレリアンは無視。今回の事件が早期解決した為、もう王都に戻り、キャリア街道にも復帰できるという。
「だ・か・ら! もう俺の邪魔するなよ! 犯人はシビル。はい、論破」
「何の論理も推理もしてないでしょ。自分の思う通りの結末に、勝手に捻じ曲げただけよ。杜撰な結末ね。つまらない。それには反対するわ」
コレット店長の発言を無視し、オーレリアンはずっと黙っていた私に凄んできた。
「ホテルの潜入調査もするなよ。我々は全部お前達の行動を把握してるからな!」
目の前で凄まれ、これ以上、声も出ない。相手は唾も飛ばしてきたが、汚らしくてむせそう。
「アンナ嬢、推理なんてやめろ。女と子供が喜ぶような恋愛小説でも書いとけ。そしてこの極悪経営者の奥方にでもなって、家で子育てでもしてろよな!」
そう吐き捨てたオーレリアン。お金を支払うと、もう一度私を睨みつけ、帰って行ってしまったが。
「うん? だったら俺と子育てすっか?」
カフェの空気は最悪になったが、クリスのボケに私もコレット店長も、苦笑してしまった。
状況は最悪だが、容疑者は絞られてきたかもしれない。どうやらシビルも売春に罪悪感を持っていた。公表しようとしていたかもしれない。だとしたら、犯人はもっと絞られる。公表されて一番困る人物が犯人だ。トリスタン先生とシビルを殺した犯人は同じだろう。
ジスラン支配人。ロドルフ先生。セドリック料理長。
全員、シビルと関係があった人物だが、売春を公表されて一番困るのは誰?
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シビルが亡くなった事。そしてトリスタン先生を殺したとされる事は、あっという間に村に広まったらしい。オーレリアンが王都に戻るという噂も流れ、一応は村に平和が戻ったかのように見えたが、私はちっとも笑えない。
シビルが自殺したとはどうしても考えられない。ロドルフ先生が死因を改竄しても不思議ではない。犯人の可能性、または犯人に脅されてやった可能性もあり、この事件は解決した気などしない。
その上、村に滞在中のエドモンド編集長にせっつかれ、貧乏令嬢と極悪経営者の恋愛小説のプロットも作成中だが、うまく書けない。ストレスで髪が抜けてきた。
潜入調査でホテルの仕事をしていた時は、いいストレス解消になっていたが、今はそれもできない。オーレリアンに釘を刺されていたし、実際、ホテルに問い合わせると白警団経由で私の正体がバレている模様。潜入調査もできなくなった。
こうして部屋で一人、推理と恋愛小説のプロットに格闘していたわけだが、どちらもぜんぜん進まない。
「お嬢様。気分転換しましょ。コレット店長のカフェにでも行ったらどうです?」
「そうね……」
紅茶を持ってきたじいやからアドバイスを受けた。もうすっかりじいやは元気そうだった。
「そうね、まあ、カフェでやりますか。じいやも一緒にくる?」
「ええ。お供しましょ」
という事で事件の調査ノートと恋愛小説のプロット帳も持参し、別荘からコレット店長のカフェへ行くことに。パウラも管理人の仕事が手隙になったらしく、結局、三人でカフェへ。
いつもは空いているカフェだったが、今日は満席らしい。コレット店長によると、シビルの噂で持ちきりらしく、村人が大勢、おし寄せているらしい。カフェの外からも村人達の噂が響く。
カフェの前で待っている私達にも、噂の内容が耳に入ってきてしまう。中にはシビルに批判的な噂も多い。溜飲を下げている部外者も多いらしい。腐っても令嬢の私は、この土地の田舎らしさにため息が出てきた。
「そんなもんだよ、アンナ。田舎は下品だし、無法地帯」
パウラはそんな田舎も普通に受け入れていたが、「やっぱり噂たつと面倒だから、身体売るのはやめよ」とまで言っている。
「調子いいわ、パウラ」
「ええ。ま、田舎ではこのぐらいタフじゃないと生きていけないかも」
舌を出し、悪戯っ子のような表情を見せるパウラ。
「お嬢様、確かにそうですよ。推理も品行方正でなく、もうフェアプレイはやめましょう。ルールの隙をついて推理したら、犯人が捕まるかもしれません」
じいやがそう言い終えた瞬間だったが、カフェの客が何人か帰り、私達も入店する事ができた。
カフェにはコレット店長はもちろん、エメ、エドモンド編集長もいる。他、観光客もいたが、エメがコレット店長と噂で盛り上がり、若干引き気味に帰って行ってしまった。
「まあ、いらっしゃいよ」
もっともコレット店長に迎えられ、私もホッとしたのも事実。窓辺の席に座り、じいや、パウラだけでなく、野鳥観察しながらパフェやコーヒー、サンドイッチも楽しみ、最高の私のストレスも軽減されていく感覚がした。
カウンター席のエドモンド編集長は新聞を読みながら、コレット店長とも親しくなっているようだ。事件の詳細を聞き、「犯人が自殺? ありえんだろ。推理小説だったら、まず自殺はねぇ」と評していた。それは私も同意。コレット店長も「この人、面白いわー!」とエドモンド編集長とも打ち解けていたが。
そして、クリスもやって来た。ちょうどホテルの買収の件が片付き、現在の経営陣も一掃されたという。
「はあ、ようやく終わったぜ」
クリスも私達と同じテーブルにつき、シャツの上の方のボタンを雑に外していた。いかにも一仕事終えたという雰囲気だったが、気になる事がある。
「もしかして、ジスラン支配人やセドリック料理長、首にした?」
「もちろんだ。もうあそこは俺のホテルだしな。決定権は俺にある」
いつものように偉そうなクリスだが、ジスラン支配人もセドリック料理長も容疑者だ。この一件で何かアクションを起こしてくる可能性はある?
しかもクリスは、さらに予想外のことを宣ってきた。これにはエメ、コレット店長だけでなく、エドモンド編集長やパウラも困惑。じいやはニコニコ笑いながら、のんびりと野鳥観察にふけっていたが。
「アンナ嬢。お前、あのホテルの支配人をやれ」
「どうしてそうなの!?」
突飛な提案にまた髪が抜けそうだが、ジスラン支配人やセドリック料理も何かボロを出してくるんじゃないかという。いわばオトリ調査みたいなもの?
「クリスさん、そんなボロなんて出しますー? 突飛すぎますって。でも、まあ、ジスラン支配人も男尊女卑ですし、女のくせに新しい支配人なんててキレてボロ出す?」
「あら、パウラ。その可能性あるじゃない。いいじゃん、クリスさんグッドアイデア!」
エメの騒々しい声が響く。
意外にもクリスのアイデアにパウラもエメもノリノリだった。これにはクリスも鼻高で、さらに偉そうな顔を見せてきたが、私が支配人になったとして、本当にそんな理由でボロなど出すか?
「そんな事はいいから、アンナ嬢」
ずっとカウンター席にいたエドモンド編集長だが、ワチャワチャと事件を語る私達に呆れてきたらしく、こちらにやって来た。
エドモンド編集長の呆れ顔を見ていたら、ここに来た目的をすっかり忘れていた事に気づく。私は慌てて恋愛小説のプロット帳を取り出し、エドモンド編集長に見せた。
「はい、没」
一瞬で判断された。
「これ恋愛小説か? 何で冒頭でヒロインが殺人事件に巻き込まれてるんかね?」
エドモンド編集長のツッコミはもっともだ。これだと普通に推理小説だ。
「やっぱりクリスさんにモデルになってもらえ」
「そうでね、編集長。俺が手取り足取りアンナ嬢に恋愛を仕込みます」
「おー、クリスさん。頼もしいねぇ」
勝手に盛り上がっているエドモンド編集長とクリスに引く。私の口元はさぞ引きつっていた事だろう。
「さあ、みんな。クッキー焼けたわよ! もう発注ミスした小麦粉が余って仕方ないわ!」
コレット店長は無料でみんなにクッキーを振る舞っていた。カフェに焼きたてのクッキーの匂いが広がり、確かに別格の甘さと歯応えで美味しかったが。
こんな調子でカフェでワチャワチャと時間だけが過ぎ、推理も恋愛小説も全く捗らない。
「は? みんな、自由に騒ぎすぎでは?」
後で入店してきたマーガレット嬢は、カフェの様子を見ながら、心底引いていた。
どうやら田舎は無法地帯。このカフェも例外では無いらしい。
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カフェに入店してきたマーガレット嬢。王都では清楚な令嬢だったのに、アサリオン村に染まったらしい。今日は編み上げブーツ、黒皮のパンツ、白シャツというスタイルで右手には鳥籠。首には望遠鏡があり、蒼い鳥を探していた事は一目瞭然だった。
「はあ、疲れた。今日も蒼い鳥はいやしない。コレット店長、アイスコーヒーでもください」
カウンター席でクッキーをボリボリしつつ、コレット店長に絡むマーガレット嬢。初対面のエドモンド編集長とも話していたが、やさぐれていた。クリスがホテルの買収を成功させてしまった為、元々経営陣だったマーガレット嬢の一族は混乱にあるらしい。
「クリス様。あなた、本当に極悪ですね」
クリスにも絡んでいたマーガレット嬢だが、清楚な令嬢の姿が蒸発してる。恋愛を拗らせている雰囲気も消えていた。憑き物が取れたようにマーガレット嬢の雰囲気がさっぱりとし、これにはエメもコレット店長も大笑い。
「いいわよ、今のマーガレット嬢」
「エメの言う通りよ。もう残念なイケメンなんて追いかけるのはやめなさい。アンナ嬢にはかなり残念な姿よ? 追うなら蒼い鳥だけがいいわ」
エメとコレット店長に励まされ、マーガレット嬢は強く頷く。
「ええ。どうせ実家でも居心地悪そうだし、この村で野鳥観察家でもなろうかしら」
「えー、どういう事?」
マーガレット嬢の発言に、今度はパウラが食いついた。何でもマーガレット嬢、蒼い鳥を追ううちに野鳥に興味をもち、今は図書館で色々と調べたりしているそう。
「いいじゃない、マーガレット! 私も野鳥すき。一緒に蒼い鳥探そう!」
「パウラの言う通りです。野鳥観察も案外、奥が深いものですよ!」
パウラとじいやにも歓迎され、ますますマーガレット嬢は野鳥観察にやる気を見せていた。こんな姿のマーガレット嬢。クリスも距離が取れて、ほっとしている様子だ。確かに一方的に片思いされるのも辛いはず。私もクリスに妙なアプローチをされ続け、確かに戸惑う。
恋愛偏差値ゼロの私だったけれど、アサリオン村に滞在し、少しは恋が見えてきた。恋愛小説のプロット帳を取り出し、主人公の貧乏令嬢はとある伯爵家のイケメンに片思いしている設定を付け加え、彼に振られる所から物語をスタートさせよう。
「編集長、こっちのプロットはどうですか?」
「お、こっちはいいぞ。失恋から始めるっていいじゃないか。おお、失恋の痛みで風俗に入ろうとしたヒロインを極悪経営者が助けるのか。いいぞ、この路線でいけ」
書き直したプロットエドモンド編集長から太鼓判を押されてしまった。アサリオン村での体験から作ったプロットだったが、私の恋愛偏差値もゼロから微妙にあがった?
そんな事を考えている時だった。窓辺で野鳥観察をしているじいやが「あ!」と声を上げた。普段、滅多に大声を出さないじいや。皆が窓の外へ注目すると、前方の木々に蒼い鳥がいた?
間違いない。手のひらサイズの小さな鳥だったが、羽根は青空のような色。しかも、鳴き声も美しい。天使の子守唄みたいだ。
「いくわよ!」
これにマーガレット嬢も血相を変え、カフェを飛び出していく。
私達もマーガレット嬢に続く。エドモンド編集長は「興味ねぇ」と呟き、一人カフェで店番してくれる事になったが。
普段、蒼い鳥を探し続けたマーガレット嬢。一番、脚も早く、飛ぶように森の中に入っていく。
森に入ると、また死体があるような気はしたが、みんなで蒼い鳥を追いかけていると、すぐに忘れた。みんなと一生懸命走っていると、それだけで楽しくなってきた。
蒼い鳥、そのものが幸せを運ぶわけでは無いらしい。たぶん、こんな風にみんなと一緒に探しているから、楽しいんだ。それに簡単に蒼い鳥が手に入ってもつまらない。簡単に手に入ったものは、簡単に出ていく。だから、今はみんなと走る事、そのものを楽しんでも悪く無いはず。
これは推理も恋愛小説執筆も同じかもしれない。そう思ったら、肩の力も抜ける。私も笑顔になってきた。
その時、先頭を走っているマーガレット嬢が大声を上げた。
「やった! 捕まえたわ!」
マーガレット嬢はちょうど地面で水を飲んでいた蒼い鳥を、素手で捕まえ、鳥籠に入れた。一瞬の事だった。
「ピチッィ !」
捕獲された癖に、蒼い鳥は呑気に鳴いていた。その鳴き声は確かに可愛らしかったが。
「本当にこの子、蒼い鳥?」
私は鳥籠を見つめながら、困惑。私だけでなく、みんな戸惑っていた。
「ピッピ!」
蒼い鳥(?)だけが呑気に鳴いていた。
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