【異世界令嬢コージーミステリ】第6話 作家令嬢の田舎逃亡推理日記〜「俺と結婚しろ」と言われましたが、逃亡先で探偵はじめます〜
前回の話
26
結局、エメが勝手に盛り上がりクリスの変装が決まらなかった。エメはクリスに騎士風、王子様風、文学青年風などの服を着せ、着せ替え人形化して遊んでしまった為だ。もっともクリス本人は満更でもなく、王子様風のスタイルに着替えた時は「俺と結婚しろ」とまた求愛モードに入り、エメがキャーキャー大騒ぎし、全く変装の服装が決まらず、陽が暮れてしまった。
クリスは別荘まで送ってくれたが、ちょうど管理人にパウラが夕食ができたと言う。みんなで食事をする事に。
別荘のダイニングテーブルを囲む。じいやが盛り付けてくれたシチューはほかほかの湯気が。心地よい気候とはいえ秋だ。朝晩は少し冷える。シチューのような煮込み料理が美味しい季節だろう。
パウラはすっかり元気だ。ニコニコとシチューを頬張り、管理人の仕事を楽しんでいる模様だ。今日はじいやと編み物もしたと言い、もう失恋で自暴自棄になる可能性は低そうだ。パウラの良い印象を持っていないクリスも、それにはホッとしたようで、みんな穏やかに夕食を食べていた。
「ところで、クリスさんとアンナって本当に婚約者?」
そんな中、パウラはこんな話題をぶっこみ、私はむせそうになる。じいやは相変わらずニコニコ。クリスはふんと偉そうに顎をあげていた。
「そうだよ。俺とアンナ嬢は結婚する予定さ。賭け事もしているが、おそらく俺が勝つ。アンナ嬢と婚約を賭けているんだ」
「何それ、クリスさん、強引〜。そんな賭けやるなんて本当は余裕ないんじゃない? やっぱり残念イケメンに見える」
本当にクリスはパウラが苦手らしい。ツッコミを入れられ、クリスはゴホン、ゴホンとわざとらしく咳払い。
「まあまあ、クリス。それにお嬢様、事件の進捗はどうなってます?」
この中でじいやはクッション役になってくれたらしい。穏やかな声で話題を変えてくれた。私もじいやの話題に乗り、今までの事件の進捗を全部報告。
「カツラが引っかかるのよね。ロドルフ先生、ジスラン支配人、セドリック料理長。それにトリスタン先生。何か共通点ってあるのかしら?」
そう言いながら、謎の少年についても何もわかっていない事も引っかかる。ロドルフ先生、セドリック料理長、トリスタン先生には少年と一緒にいた目撃情報があるが、ジスラン支配人にはない。どうも歯車が噛み合わず、機械がちゃんと動かないような。そんな違和感だけ残ってしまう現状だった。
ロドルフ先生の話題を出し、一瞬、表情が曇ったパウラ。そんなパウラを気遣うような表情を見せたじいやだが、何か思い出したらしい。
「そういえば入院中、ロドルフ先生の噂を看護師さんから聞きましたよ。相変わらず、ロドルフ先生の男色の噂も流れていましたけど、とある看護師さんによると、どの女性とも付き合うつもりはなかったそう。告白してそう断られる看護師さんが多かったみたいです。医者の仕事は忙しいですし」
じいやはパウラに気を使ってもいるのだろうが、嘘はつけないタイプだ。この話も事実なのだろうが、この話を聞く限り、ロドルフ先生はわざと男色の噂を流す事もあり得るのだろうか。以前、クリスが言っていたように、訳あり女性と付き合っている可能性は十分あり得る。
だとしたら、ロドルフ先生が密会していた少年はますます謎。シチューを食べながらも黙り込んでしまうが、パウラの口元がかすかに動いているのに気づく。
何か言いたげだ。でも、踏ん切りがつかない様子だったが、クリスに軽く睨まれ、ホテルのカウンター内で聞いた噂を教えてくれた。
「あのジスラン支配人も、少年に会っているとか、男色っていう噂聞いた事がある。すぐにそんな噂が消えたけど、これって関係ある?」
「パウラ! ありがとう!」
思わず感謝する。だとしたら、ジスラン支配人、ロドルフ先生、セドリック料理長、そして被害者のトリスタンに共通点がはっきりとするではないか。共通点は少年だ。この四人と小年の間でトラブルがあり、トリスタン先生が殺された。ようやく歯車が噛み合ってきた感覚がするが、肝心の少年が謎。それにカツラ、性的不品行などの共通点も、謎。
「しかしこの四人は社会的な地位がありますね。一人が男爵家の文芸評論家。もう一人は料理長、もう一人はホテル支配人、もう一人は医者。何か世間で言えない秘密がある」
「じいや、それって男色って事?」
どうもそれだけでは無いような?
「アンナ嬢、そんな机上で考えていてもわからないぞ。事件調査は、推理小説とは違うぞ。作家の思い通りに動かない。現場に行かないと」
クリスの指摘はもっともだ。ぐうの音も出ない。
翌日、クリスと一緒にジスラン支配人の尾行をする事に決まった。クリスは一応メガネとダサいセーターで変装し、私は潜入用の野暮ったい主婦とし、仕事終わりのジスラン支配人を追う。
「まったく呑気だな、あの男。まだ正式に決まっていないとはいえ、あのホテルは俺に買収されるのに」
「ちょ、クリス。静かに」
ホテルの裏口で壁に隠れつつ、ジスラン支配人の背中を追う。私はともかく、クリスは背が高く、髪色も目立つのに、全く相手は気づいていない様子だった。服だけでも、案外、人の印象は変わるらしい。
ジスラン支配人は、村の中央まで歩き、そこから別荘地に向かって歩きはじめた。もう夕方で観光客も少ない。村人もさほど歩いていなかったが、ジスラン支配人は一度も振り返る事なく、早歩きだった。
「あの人、どこ行くのかしら?」
「わからんな。しかし、この四人の男は全員怪しい。ま、大方犯人はあのスケベな料理長だ。で、俺の賭けが勝ちって事で、俺と結婚しろ」
「その自信はどこからくるの?」
相変わらず左手の薬指の指輪を外していないクリスだった。その事はあまり考えたく無いが、ジスラン支配人の後を追う。
「え?」
しかし、その行動は驚いた。ジスラン支配人は別荘地近くのシビルのバーに入店したから。
「うん? シビルとジスラン支配人?」
ここでジスラン支配人が謎の小年と会っていたら、実に都合いい展開。実際は意外な人物の店に行ってしまった。
「どういう事だと思う? クリス?」
確かにトリスタン先生はシビルのバーに支援していた仲だったが、これは予想外。
私はバーに入店したかったが、もしジスラン支配人が犯人だったら怪しまれると、クリスが警告。結局、隣のカフェに向かい、コレット店長に何か知らないか聞いてみた。
「え、シビルの店に支配人きてるの? へえ、私はセドリック料理長がバーに来ているのよく見たけどね。去年ぐらいだったかしら」
コレット店長は実に楽しそうに、例のノートを捲る。
「どういう事?」
手がかりはとっ散らかってる状況だ。ここにきてシビルも容疑者として浮上してきたが、どういう事?
カフェの椅子に座り、考え込んでしまうが、クリスはたったまま、ニヤニヤと笑ってた。
「だから言っただろ。セドリックが犯人だ。おそらく動機は痴情のもつれ。トリスタンがシビルに一方的に懸想したんだ。で、困ったシビルがセドリックに相談し、殺した。あるいは支配人も共犯かもしれない。ほうら、俺の推理は筋が通るだろ?」
「だったら謎の小年は何ー? 筋通ってないわ。穴があるわ。あなた、見かけによらず、残念イケメン?」
コレット店長のツッコミはもっともだ。クリスはそれでも、俺の賭けが勝ちだと、穴がある推理に自信満々だったが。
「っていうか、発注ミスして小麦粉いっぱい買ったんだよね。腐るとよくないし、クリスもアンナも後で小麦粉少し持って帰ってくれない?」
私は推理について考え過ぎていた。おかげでコレット店長の声が遠くに聞こえる。
27
翌日のホテルの仕事は、早朝から昼間までだった。比較的短いシフトとはいえ、いつも以上に忙しく、立ちっぱなしで脚もパンパンになるぐらい。
なお、セドリック料理長は仕事に集中し、事件への隙は何も見せないどころか、賄いも私達のような下っ端に振る舞い、慕われている様子だった。まさかセドリック料理長を犯人だと疑い、事件調査しているとは言えない雰囲気。
「という事で賄いも食べてきましたけど、セドリック料理長は怪しい素振りは無いですね」
私は仕事が終わると、その足でコレット店長の店へ。今日はカフェに他に客はなく、カウンターのコレット店長に事件について話しながら、愚痴も溢れていた。
「そうか。進展なし。ま、紅茶でもお飲みなさいって。推理にも休暇は必要ね」
コレット店長は暖かい紅茶を出してくれた。カップソーサーの端にクッキーが一枚。おまけらしい。最近、コレット店長は小麦粉を多く発注し過ぎてしまったらしく、こうしておまけのクッキーを作り、在庫を減らしているという。古い小麦粉はうっかり食べてしまうと命の危険性もある。推理小説を書く時に調べた。その事もコレット店長に忠告したら、かなり感謝されてしまったが。
「そうは言ってもね。なんか事件が解けそうで解けないようなモヤモヤ感が気持ち悪いのよ」
「そんな悩まないでよ。私みたいに自由に好きな事していたら、はっと何か閃くわ」
笑顔のコレット店長を目の前にし、少し肩の力も抜けてきたが、彼女は甘いだけではなかった。例の噂を集めたノートを引っ張り出し、白警団も謎の小年について調べている噂もあるという。
「え? 本当?」
「そうよ。もちろん、休んでもいいけど、気は抜かないでよ」
そしてまた紅茶を淹れ、いつも首にかけていた望遠鏡も貸してくれた。
「な、なにこれ?」
「アンナ、あなたもこれで噂を収集してごらん。何かわかる」
「そうかな?」
「私は小麦粉の処理もあるし、あんたは代わりにやってよ。休憩がてらやったらいいんじゃん。気分転換になるんじゃない?」
コレット店長はケラケラと笑う。この人も事件を面白がっているらしい。
「まあ、そうしてみるかな」
「いいね。あと、今日はクリスは?」
「今日は仕事よ」
私はそう言い、紅茶をすする。香り高く、砂糖もミルクも入れていないのに美味しい。
「毎日一緒にいたから、寂しいんじゃない?」
「そう?」
確かにこの村に来て、毎日のようにクリスと一緒にいた。私に執着心を見せてくるのは、正直怖いが、こうしてちょっと離れてみると、確かに少し何かが足りないような感覚もした。
その感覚がソワソワさも与えてくる。妙に落ち着かなくなり、私は咳払いをすると、代金を払い、望遠鏡を首にかけ、店を出た。
今日も良い天気だ。空は水彩絵みたいに透明感もある。秋の風は心地いいし、少しだけ、推理の休暇をとってみる事にした。今からは事件や推理について考えないと決める。他、クリスや恋愛小説の事も一旦、忘れてみよう。
こうしてカフェを出ると、別荘周辺の森へ入る。残念ながら、蒼い鳥は見つからなかったが、望遠鏡で野鳥観察をするのも面白い。オスに派手なダンスを踊りながら求愛する鳥を見た時は、クリスの顔がよぎってしまったものだが、ヒナに餌を与える親鳥に感動もしてきた。普段気にも止めない野鳥も、必死に生きているらしい。
それは人間も同じだろう。誰もが一生懸命に生きている。その権利を他人が奪って良いはずない。事件の事を忘れようとしていたが、犯人への気持ちはより悪化中。クリスと事件をネタに賭けをした事を反省した時だった。望遠鏡でマーガレット嬢が見えた。
少し距離があったが、森の中を走り、彼女を捕まえた。
マーガレット嬢も首に望遠鏡をかけている。私と同じく野鳥観察中かと思ったが、予想は外れた。
「蒼い鳥を探していたのよ」
その声は蚊の鳴くよう。
私はマーガレット嬢が蒼い鳥を探していた理由は聞かない。おそらくクリスへの恋愛成就のためだろう。私へ嫌がらせもしていたマーガレット嬢だったが、その気持ちを暴いたり、指摘するのは推理作家といえどもマナー違反だ。私はこれ以上、マーガレット嬢に蒼い鳥について質問しなかった。
そんな私の態度に、マーガレット嬢も態度を和らげてくきた。一緒に蒼い鳥を探そうという事になり、森の中を一緒に歩く。
清楚な令嬢に見えたマーガレット嬢だが、今日はヒラヒラとしたスカートではなく、ズボンを履き、足腰もしっかりしていた。編み上げブーツも案外似合ってる。
「毎日のように蒼い鳥を探していたから、歩くのにも慣れてしまったわ。王都では蝶よ、花よと甘やかされていたけど」
そう語るマーガレット嬢は、貴族令嬢らしい嫌らしさも消えていた。以前はどことなく鼻にかけている空気があったのに。
「もう私はアンナ嬢に嫌がらせとかはしないし。少しは自分の努力で頑張ってみる」
その努力が蒼い鳥を探す方向なのは、どうかと思ったが、今のマーガレット嬢の目はすっきりしていた。
「私、アンナ嬢には負けないし。クリス様への気持ちは私のほうが深いし」
口を尖らせ、拗ねているように見えるマーガレット嬢。でも、少し可愛く見えるから困ったものだ。クリスへの気持ちは、一生懸命で嘘偽りはないはず。
これは私もなにも言えない。パウラのように恋のせいで変な行動をとってしまう事もある。一方、こんなマーガレット嬢のように、健気な表情を見せる事もある。
たかが恋。それでも人を良くも悪くもかえてしまうのだろうか。恋愛偏差値ゼロの私は全く想像もできないが、恋の全てが悪いものではない。それだけは理解できる。
「マーガレット嬢、今のあなたは可愛いわね。一生懸命で」
「はー? そう!?」
唐突に私に褒められ、顔を真っ赤にするマーガレット嬢。きっと根は悪い子ではないと思うと、私も気が抜けてきた。少し笑えてくる。
「な、何笑ってるのよ、アンナ嬢!」
「まあまあ、良いじゃない」
「っていうか推理は進んでるの?」
森を歩きながら、マーガレット嬢とも打ち解けてしまったらしい。今は事件について考えたくなかったが、それでも一応、マーガレット嬢に進捗をいう。
「全然わからないのよね。もう、さっぱりよ」
「へぇ。っていうか、動機から調べたら? アンナ嬢、トリックとか方法とか、そういう小手先ばっかりに気を取られてない?」
マーガレット嬢の指摘はもっともだった。本格推理マニアの私は、犯人の動機よりも、トリックに気が取られがち。これは大きな欠点だ。タラント村でもそんな感じだった。もしかしたら、今回の事件の謎が解けないのも、何か重要な点を見落としている?
「アンナ嬢、まずは原点回帰だよ。被害者のトリスタン先生についてちゃんと調べた?」
耳が痛い。それはスルーしていた。謎の少年を追うより、トリスタン先生を調べほうがいいかもしれない。
「幸せは案外、死角にあった。アンナ嬢、自分の作品ではそう書いていたじゃない。事件もそうでは?」
「た、確かに……」
森も匂いを吸い込みながら、もう一度原点に戻ろう。トリックや殺害の方法より、動機だ。そのためにはトリスタン先生の事をよく調べないと。
「ちなみにトリスタン先生で何か知っている事ない?」
隣のマーガレット嬢に聞いてみる。マーガレット嬢とトリスタン先生は同じ男爵家で、親しいとも聞いていた。何か知っている可能性もある。
「そうね……」
マーガレット嬢は左上を見つめつつ、何か思い出していた。
「あ、そうだ。トリスタン先生、あなたのデビュー作読んだらしいわ」
「ええ。評論文をトリスタン先生に書いてもらったわ。酷評だったけど」
「なんか本当にアンナ嬢の小説について怒ってたわ。女の癖に推理小説書くなとか、女の癖に偉そうな作家だとか顔真っ赤にしてた。普段、先生は温厚なのに珍しくすっごい怒ってた」
「えー?」
それは初耳だ。トリスタン先生の評論文は、とても論理的。文壇サロンのおじ様と同じような発言をしていた事に、ショック。
「トリスタン先生、アンナ嬢の小説を投げ捨てた。『こんな女作家、推理なんてやめろ』って怒ってたけど、何? アンナ嬢、何かした?」
わからない。トリスタン先生に恨まれる記憶はない。文壇サロンのおじ様のように会った記憶もない。もっともおじ様達が私の悪い噂を吹き込んだ可能性もあるが、私怨で酷評した可能性もあるか?
私のデビュー作「探偵公爵の優雅な推理事情」は、貧乏令嬢が公爵に変装し、事件調査をする話だ。新人賞の審査員、トリスタン先生以外の文芸評論家からは概ね好評ではあった。
「マーガレット嬢、この話でトリスタン先生が怒る要素ある?」
「さあ。単に我が国特有の男尊女卑じゃない? いやね、私怨で評論文を書いたとしたら」
28
その夜。私は一人、机に齧り付き、恋愛小説の企画書を書いていた。明日、編集長のエドモンドがやってくる予定もあったし、少しは進めておきたいところ。
パウラは管理人室で休み、じいやも部屋で休んでいる。窓の外の野鳥も、夜は静か。時々フクロウの鳴き声が遠くから聞こえてくるのみ。
正直、恋愛小説は書きたくないが、我が国で売れているのなら、仕方ない。なんとか企画書を書き上げ、次は事件調査の結果をまとめる。
いままで得られた手がかりを一つ一つ書いていくが、トリスタン先生が私の小説に怒っていたのは謎だ。
私は例のデビュー作を取り出し、あらためて読んでみた。貧乏令嬢が公爵に男装しながら、謎を解く本格ミステリだ。密室トリックや時刻表を使ったトリック、自殺に見せかける毒物トリックなど、我ながら凝った。自信作だ。
一方でヒロインの心理描写、犯人の動機の描き方はぬるい。トリスタン先生に指摘された通りだが、この小説で彼が怒る要素はなんだろう。
トリスタン先生は、大衆受けを狙った娯楽小説やヒロインに都合が良いだけの恋愛小説、試練が甘めな冒険小説などに批判的だった記憶があるが、推理小説を酷評したのは、私が初めてだ。それにベテランの男性作家も酷評していたから、文壇サロンのおじ様と同様の理由で私の作品を酷評したとは考えにくい。
「なんだろう? どういう事?」
それが事件と関係あるか謎だが、読者目線に立てば何かわかるかもしれない。以前、編集部から送ってもらったファンレターを引っ張り出す。たまたまだが、この村にも持ってきて良かった。
あらためてファンレターを読んで気付いたが、トリスタン先生が酷評した私のデビュー作「探偵公爵の優雅な推理事情」は、案外、本格推理トリックがファンに受けていない。それよりも、貧乏令嬢が男装し、スラム街、パーティー、野球場、バーに潜入している様子が受けているらしい。
「バーに男装して潜入調査……?」
何かふっと閃いた。トリスタン先生も、男装している人が周りにいて、秘密を共有していた。あろう事が男装ヒロインの推理小説が発売され、秘密が暴かれそうになって怒った。私怨で酷評もした。
「一応筋は通るけど。もしかして謎の少年が実は女だった……。男装していた……。え、ありえる?」
だとしたら、エメの店のカツラの件も意味がある。謎の少年の正体が全く分からない事もそう。あの噂好きの未亡人二人も少年が誰か分からない。
「少年の正体は、女だった。あ、これは筋が通るわ」
急に目の前が開けていく感覚がした。これは少年だけ追っていたらわからない。私しか知らない手がかりだろう。
「ロドルフ先生、セドリック料理長、ジスラン支配人も少年が女って事は知っていそうよね。でも、その女の正体って……」
頭にシビルの顔が浮かぶ。ロドルフ先生とシビルの繋がりは確認できていないが、他は全員シビルと関係がある。バーの常連だとコレット店長の証言がある。トリスタン先生とシビルの繋がりも深い。謎の少年の正体、男装したシビルか。シビルは男達と何股もしていた?
村の噂を恐れて男装をしていたのだろう。トリスタン先生はじめ、他の男も全員、社会的地位がある。そしてシビルが何股もしている可能性も大。痴情のもつれにも発展し、シビルはトリスタン先生を殺した。あるいは関係する男たちに頼んで殺した。だとすれば、女の力でもトリスタン先生を殺すのは可能だ。
「第一容疑者はシビルね」
そう大きく調査ノートに書きこむが、証拠はない。それでも余裕が出てきた。セドリック料理長など他の男達が関わっている可能性もあるが、主犯はシビルだ。クリスとの賭けは私が勝ちそう。最新のタイプライターは私のものと自信が出てくる。
「それにしても……」
他のファンレターも読んでいたが、匿名で送られている妙な手紙があった。懺悔とか、罪を告白するという文もあり、妙だ。アンチの手紙かと思ったが、その割には悪意はない。字も丁寧で、タイプライターで印刷したかのように綺麗だった。
この手紙も事件に関係があるだろうか。考えてもわからない。まだシビルが犯人だという大きな証拠もない。明日からはシビルを重点的にマークしながら調査する方向でいこう。
もう眠くなってきた。窓の外から聞こえるフクロウの声。それを子守唄にしながら、今夜は眠っても悪くない。
ベッドの上で目を目を閉じると、なぜかクリスの顔が浮かぶ。クリスにあったら、真っ先に第一容疑者がわかった事を伝えたい。今日はクリスに会えなかったから、余計にそう思う。クリスのいない日常はに違和感を持ってしまうから、困る。
29
「なんだって!? シビルが第一容疑者か!?」
クリスの大きな声が響く。耳がキンとした。
翌日、エドモンド編集長がやってくる予定があり、別荘の客間を準備し、彼の到着を待っているところだった。ちょうど昼過ぎで少し眠くなった時、なぜかクリスが訪問してきた。今日は仕事が休みなのだという。ちなみにじいやとパウラは買い出しの為、外出中だった。
一応ダイニングルームにクリスを呼び、一緒に紅茶を飲みつつ、事件の進捗を話す。シビルが第一容疑者の可能性大だと話すが、悔しがっていた。大きな声を出し、下唇を噛んでいる。
「これだと俺の賭けは負けじゃないか」
よっぽど悔しいのだろう。目も少し赤くなっていたが、私も余裕はない。
「でも、この推理は大きな欠点があるわ。証拠がない事ね。シビルが男装している様子の証拠はない。シビルがトリスタン先生はじめ、何股もかけていた証拠もないわ」
「なるほど」
ここでようやくクリスが紅茶を飲み、ほっと安堵していた。
「ところでクリス。何しに来たの?」
「いや、セドリック料理長だよ。俺はあいつが怪しいと思ってるからな。あいつをマークしていたら、ジスラン支配人とホテルの裏にいたんで報告しに来たわけ」
「なるほど……」
謎の少年、いや暫定シビルを巡り、何か二人で共闘している可能性もあるのだろうか。もっとも二人とも同じホテルで働いている。二人が会っていたところで、大きな証拠にもならないが、これは怪しい。シビルが主犯だが、他の男達が共闘し、トリスタン先生を殺した可能性は多いにある。
「ありがとう、クリス。推理に協力してくれて」
口から出る言葉は、やけに素直だ。自分でもわからない。思えば、クリスは経営者だ。自分の仕事もあるのに、推理に協力してくれている。賭けを持ちかけてくるのはどうかと思うが、推理なんて別にしなくてもいいのに。
「ちょ、アンナ嬢? 今日はなんでそんな素直なんだよ」
クリスはこんな私に戸惑い、顔も赤くしていたが、私もマーガレット嬢の想いが伝染してしまったのだろうか。今は、なぜかクリスと毎日会って、推理ができる事は、面白いとすら思ったりもする。
こんな自分に戸惑う。私の方こそ、顔が赤くなりそうだが、エドモンド編集長がやってきた。
さっそく、客間に案内し、紅茶とクッキーを出す。クッキーはパウラが作ったものだ。コレット店長から分けてもらった小麦粉を使って焼いたものだが、サクサクで甘くて美味しい。コレット店長の小麦粉発注ミスに感謝したいところだ。
甘いものに目がないエドモンド編集長は、これだけでご機嫌だ。おかげでエドモンド編集長は太っているが、私と似たような成金商家出身のためか、男尊女卑もしない。仕事もできる。その変わり数字にはシビアで、売れない作品は容赦ない。それでもデビューから気にかけて貰い、私との関係も良好だった。タラント村の事件後も仕事ができるのは、エドモンド編集長が陰で色々とフォローしてくれたからだ。
なぜかクリスもこの場に同席していたが、エドモンド編集長は、クリスの噂も耳にしているのだろう。極悪経営方針などで二人は盛り上がり、なかなか本題に入らない。
「ちょっと、編集長。何しに来たんですか?」
思わず咳払いし、私はツッコミをいれた。エドモンド編集長も咳払いし、色々と書類を見せてくれた。
まずは、この別荘の利用状況だった。トリスタン先生の利用頻度がかなり高い。最近はホテルに泊まる事も多かったが、数年前は毎月のように来ている。
「おそらく、トリスタン先生、合鍵を勝手につくっていただろうね。この記録に載っていない時に来てた可能性もあるな」
エドモンド編集長は呆れつつ、クッキーをボリボリと齧っていた。予測通りだが、これで密室トリックの謎も解けてしまった。この事もエドモンド編集長は白警団に報告済みというが、ここで彼は急に声のボリュームを落としてきた。
「実はな、アンナ嬢。トリスタン先生は隣のフィリ村にある別荘もよく仕事で使っていたんだ」
「え、本当?」
てっきりこの別荘かホテルだけかと思ったが、編集部は他にも各地に別荘を所有し、スランプ中の作家や評論家に提供しているという。
「色々と新人作家や、大御所先生の新作も秘密裏に読んでもらったりしてたからね。先生にはフィリ村の別荘も貸してたわけ」
フィリ村はアサリオン村と違い、観光業に乗り気でなく、過疎化中だ。その一方で、アサリオン村より仕事に集中できると、作家達に好評らしいが。
「この事は白警団に言いました?」
クリスの質問に、エドモンド編集長は首を振る。
「言うわけないじゃん。大御所先生の秘密の原稿とかもあるし。あの白警団もいけすかない。エリート意識丸出しで嫌な男だったよ。だから黙ってやった。わざわざトリスタン先生の事を言わないだけだ。別に隠しているわけじゃない」
倫理的にどうかと思うが、エドモンド編集長はフィリ村の別荘の鍵を貸しててくれるという。最後に使ったのはトリスタン先生なので、まだ原稿やメモ類なども残されている可能性があるという。
「ありがとうございます。エドモンド編集長、これで事件の証拠や手がかりが見るかるかもしれない」
そう言うが、エドモンド編集長は鍵を見せるだけで、渡してくれない。私の鼻先に鍵を見せつけ、「その代わり恋愛小説の企画書を出せ」とせっついてきた。
そのエドモンド編集長の顔は極悪だった。クリスによく似てる。二人とも大股で脚を組んでいたし、偉そう。通りで二人は気が合うはずだと思ったが、鼻先ににんじんをぶら下げられている。渋々、恋愛小説の企画書を持ってエドモンド編集長に見せた。
「ほぉ、なるほどな」
エドモンド編集長はちゃんと目を通してくれたが、眉間に皺がよってる。反応は鈍い。今まで没にされた推理小説の企画と同じような反応だった。これは芳しくない。またストレスで髪が抜ける未来が予測できてしまう。
「全部没だ。もっと練ってこい」
「う、分かりました。で、鍵は?」
それでもエドモンド編集長は、別荘の鍵を貸してくれない。困った私を見てニヤニヤしている。クリスも同様の笑顔だ。嫌らしい。二人とも双子みたいだったが、クリスは冗談を言い始めた。
「俺は若き極悪経営者と作家志望の貧乏令嬢のラブストーリーが読みたいぞ。経営者は貧乏令嬢に執着し、手紙やタイプライターを貢ぎ、身分差を乗り越えていくのさ」
「ちょっと、クリス。またそのネタ? 編集長の前で冗談やめて。ふむふむと笑わないで。そんなクリスモデルにした小説なんて書きたくない」
「いいや、これがいいね。俺をモデルにして恋愛小説を書けよ。手取り足取り、恋を教えてやるよ。覚悟しとけ」
「どうしてそうなるの……」
鼻の穴を膨らませ、胸も張り、いつもより偉そうなクリス。エドモンド編集長の前でも、こんな調子なので、さすがに頭が痛くなってきた。
しかしエドモンド編集長はこんなクリスに腹を抱えて大笑い。目に涙が滲むほど笑ってる。私は余計に居た堪れない。
「そのネタいいじじゃんか。採用だよ、クリスさん!」
「ちょ、編集長、何をおっしゃているの? まさか、この恋愛小説採用? これを書けって事!?」
「いいじゃないか、アンナ先生。クリスさんに手取り足取り教えてもらいなさい。それでリアルな恋愛小説を書きたまえ。この設定だったら王都での人気小説にも似てるし、売れる可能性もある」
「そ、そんな……」
情け無い声しか出ない。どうしてこうなった。しかし、無事別荘の鍵が手に入り、調べにいく事が決まった。なぜかクリスも一緒についていく事になり、本当に逃げられない模様。
「しかし、クリスさんは面白いよな。アンナ嬢より面白い男だな。いっそ、クリスさんが恋愛小説家になったらいいんでは?」
「そうですか? 編集長、アンナ嬢が恋愛小説書けなかった場合、俺が代わりに書いてもいいですかね?」
「全然、いいぞ。共著として売る出すのもいいな。話題性があって売れるかもしれん」
「共著か。いいな!」
クリスとエドモンド編集長は勝手に盛り上がり、私はついていけない。
「なんなの、もう……」
エドモンド編集長から鍵は入手できたものの、クリスが提案した恋愛小説を書く事が決定してしまった。さっそく「プロットも出せ」とエドモンド編集長に凄まれた。もっと髪が抜ける予感しかしない。
30
ガタン、ガタンと馬車が揺れる。
アサリオン村からフィリ村へ向かっている途中だったが、道はあまり良くないらしい。時々、石に躓き、馬車も止まってしまうが、徒歩よりはマシだろう。
あの後、さっそくフィリ村の別荘に行くことに。エドモンド編集長はアサリオン村の野鳥観察に出かけてしまい、しばらくホテルに泊まるというが、私達は捜査だ。クリスと共に変装もし、フィリ村に向かっているわけだが。
「また夫婦のフリして潜入調査す必要あります?」
思わず愚痴がこぼれる。クリスはフィリ村は誰が見ているかわからない、変装しようと提案し、なぜか夫婦のフリをする事になった。私はホテル潜入時と同様、野暮ったい主婦の格好をしたが、なぜかクリスも似たような田舎風の旦那に変装。ダサいセーターに汚いジーンズ、メガネもかけている。
カツラは被っていないが、これだけでも別人だ。相変わらず偉そうに脚を組んで座っていたが、遠目にはクリスには見えない。人は服装だけでも印象が変わるらしい。謎の少年の正体は女性で、シビルだった可能性は、大いにありそう。これはいいが、なぜクリスと夫婦設定で潜入調査しているのかは解せない。ため息が出そう。相変わらず、クリスは左手の薬指に指輪がある。私も変装用の指輪をしているものだが、タラント村と同じ事をしているのが解せない。
「いいじゃないか、アンナ嬢。俺と夫婦ごっこを大いに楽しもうじゃないか」
ため息をついている私と裏腹に、クリスは上機嫌だった。ふむふむと笑いながら、小説創作講座の本まで読んでいる。エドモンド編集長がプレゼントしたものだ。クリスを恋愛小説家にしようとしているのか。冗談ではなかったのかと思うと、頭が痛い。事件は進展中だが、口元が引き攣ってしまう。
別に恋愛小説に恨みはない。読む分には好きだが、自分に書けるのかと思うと、頭が痛くなる。推理小説の添え物としての恋愛描写は書けるが、全編恋愛小説は一度も書いた事がない。果たして恋愛偏差値ゼロで初恋もままならない私に書けるテーマだろうか。
「だったら、俺をモデルにすればいいだろう。愛を手取り足取り教えてやるって」
私の不安を察したクリス。歯を見せて笑っているが、楽しくて仕方ない模様だ。ずっと口元がゆるんでる。
「というか、私はクリスの事、良く知らないし。それでモデルなんて難しいわ」
「それはそうだな?」
クリスは一旦、真面目な顔を作ると、生い立ちから話し始めた。
ドラクメ村という小さな田舎の出身。田舎で常に貧乏だった。父は浮気性で、母はおかげでヒステリーを起こし、家事も代わりにクリスがしていた。兄弟はいない。いつか田舎の連中を見返すため、金持ちになる事が夢だった。奨学金でなんとか学校に入った後は、経営学を学び、人脈を作り、努力に努力を重ね、今の地位を得た。
「という生まれさ。他に何か質問は?」
「意外と苦労してきたのね。私は生まれた時から成金令嬢だったから、なんの不幸もなかったけど」
「まあ、親父とは縁切ってるしな。安心しろ、アンナ嬢。面倒な義父はいないし、母だけだ」
「結婚前提で話を進めるの、やめてくれない?」
とは言いつつ、クリスの生い立ちがわかり、彼のキャラクターが見えてきた。常時偉そうなのも、生まれのコンプレックスの裏返しだったかもしれないし、母親との関係は良好そう。根っからの悪人ではない。
こうして本人の証言の元、クリスの生い立ちはわかったが、なぜ、私にこんな執着をしているのか謎だった。一体、私のどこに惹かれたのか、本当に謎。
親の命令で貴族界隈のパーティーにも出た事があるが、全くモテなかった。氷の成金令嬢だと陰でクスクス笑われた。そもそもいけすかない貴族の男は、私も苦手ではあったので、今まで気にした事はなかったが、それを本人に聞くのも野暮。推理して考えてみようか。でも、手がかりも何もない。
「アンナ嬢。俺と結婚したら、最新型のタイプライターも買ってやるし、会社一つ分ぐらいくれてやってもいいぞ。毎日美食していいし、服やアクセサリーもなんでも買ってやる。もちろん、推理小説を書いてもいい。仕事も好きにやっていいからな。もちろん三食昼寝つきで優雅な主婦をしても良いのだ」
上機嫌なクリスは、求愛モードにスイッチオン。プレゼンのように結婚のメリットを語る。さすが極悪経営者だ。こんな風に売り込むのは、プロだ。確かに私の心は揺れていた。
「俺を恋愛小説のモデルにしてもいい。はは、絶対幸せにしてやるぞ。いわば、俺はアンナ嬢にとっての蒼い鳥さ」
気障なセリフだ。ドヤ顔でふふんと笑ってもいたが、素直に頷けない。
「別に私は蒼い鳥がいなくても幸せになれるわ。周りに茶色い野鳥しかいなくても、別にいいわ。誰かに幸せにして貰わなくても、自分で笑顔になれるから」
我ながら可愛くないセリフ。氷の成金令嬢と言われてしまう理由も察してしまったが、なぜかクリスは余計にご機嫌だった。
「ははは、アンナ嬢、おもしれー女だな。いいぞ、そういう面白い所がアンナ嬢のいいところだ。貴族の甘やかされた令嬢とは全く違う」
「それ、褒めてるの?」
クリスは深く頷く。その目は案外真剣だった。青みがかった目に吸い込まれそう。
クリスは私が「おもしれー女」だから、気に入っているらしいが、単純に女の趣味が悪いのかもしれないが、それは口に出すのはやめておこう。
気づくと、馬車はフィリ村に入っていた。アサリオン村と違い、ホテルなどの宿泊施設はなく、畑や民家が多い。過疎化しているのは事実だろうが、風俗店も立ち並び、馬車から見える景観は、全く美しくない。パウラの事も思い出してしまい、私はさっきとは違う意味で口元が引き攣ってしまった。
「いやな景色ね」
「そうだな……。こんなもん、全部一掃されるべきだよ」
珍しくクリスの声は優しい。クリスも決して恵まれた生まれではない。こうした景色も、無視できない優しさは持っている。
根っからクリスは悪人ではない。見た目は偉そうだが、貴族の男達とは違う。貴族の男達だったら、ナチュラルに男尊女卑だが、クリスはそうではない。
単純にクリスを嫌えないから困る。この求愛も断りにくい。一瞬だけ、クリスと一緒に生活する未来も予測できてしまい、慌てて咳払いした。
次回はこちら
