見出し画像

【異世界令嬢コージーミステリ】第8話 作家令嬢の田舎逃亡推理日記〜「俺と結婚しろ」と言われましたが、逃亡先で探偵はじめます〜

前回の話


36

「は? これが本当に蒼い鳥か?」

カフェにエドモンド編集長の声が響く。彼は太っているし、体格も良いので声も大きい。かなり響いていたおかげで、蒼い鳥(?)の鳴き声はかき消されてしまった。

籠の中にいる例の鳥。羽は茶色くくすみ、鳴き声も普通。確かに少しは可愛いが、先程一瞬見た時の鳥とは違う。

しかもこの鳥、鈍臭い。籠の中でもよくこけている。餌にも苦労していたと想像がつく。コレット店長が水や雑穀、青菜などを与えると、勢いよく食べていた。おそらく餌を見つけるのに苦労していた事だろう。

確かに光の加減で一部青く見える羽根もあったが、それも鳥籠の中で激突し、羽根を散らしている。やはり、どう考えても蒼い鳥に見えない。エメがカフェの野鳥図鑑を調べると、どこにでもいる種類だと発覚し、一同肩を落とす。どうやら、先程見た蒼い鳥は見間違いだったらしい。そういえばエドモンド編集長以外の面々は、村で事件があった為、緊張状態だった。見間違い、聞き違いが起きても仕方ない。

とりあえず、この鈍臭い鳥はカフェでしばらく面倒をみる事に決まった。この鈍臭さでは野鳥に帰っても不幸になりそう。勝手に捕まえた私たちのが、どう考えても責任がある。

その後、カフェにはがっかりムードが流れるが、鳥の鳴き声も響き、コレット店長がコーヒーやクッキーをみんなに振る舞い、みんなの笑顔も戻ってきた。

しばらくしてクリスやエドモンド編集長は仕事があると、ホテルの方に帰ってしまった。同時に、カウンター席にいたマーガレット嬢は、苦々しい声を出していた。

「蒼い鳥なんていなかったのかな?」

一番、蒼い鳥に執着していたマーガレット嬢。この結果には、目尻が涙で滲んでいるぐらいだ。想像以上に失望していたらしい。

「そか。悔しいよね」

パウラもマーガレット嬢の隣に座り、慰めていた。エメやじいやは例の鳥に青菜をあげ、意外と楽しんではいたが。

私もマーガレット嬢の隣に座り、一応「残念だったわ」と声をかけた。これ以上の言葉は思いつかない。

「恋もそうかもね。憧れている時は蒼い鳥に見えても、実際始めたら、地味な野鳥に見えるかもねー?」

コレット店長はカウンターの内で笑ってそう言う。恋に憧れがあったパウラやマーガレット嬢は、もう何も言えない様子だった。

「そうよ。恋なんてね、憧れている時が一番楽しいの。どうせ付き合ったり、結婚したら、それもいつか地味な日常になるからね」

エメもマーガレット嬢のそばにやってきて、励ましていた。

未亡人二人は人生経験のレベルが違う。マーガレット嬢やパウラの恋の悩みなど、米粒みたいに見えるのかもしれない。今日はエメの金色の髪の毛も、コレット店長の太ましい体型も、なんだか頼もしい。

「そうですよ。目の前に地味な野鳥しかいなくても、結局、毎日を楽しくするのは、自分ですよ。ねえ、マーガレットお嬢様?」

じいやもマーガレット嬢のそばにやってきた。じいやも人生のベテランだ。そんなじいやにも励まされ、マーガレット嬢の口角が少し上がっていた。

私も少し笑っていた。恋の謎が解けてきた気がするから。よく分からない恋だったけれど、どんな人と恋をするかより、自分が毎日楽しく、幸せでいるのが大事なのかもしれない。

「そうね。蒼い鳥がいなくても、野鳥の研究、やってみようかな。アンナ嬢も仕事楽しそうだしね」

マーガレット嬢はすくっと立ち上がり、あの野鳥に近づいた。青菜を与えながら声をける。

「あら、案外可愛いじゃない。こんな鈍臭い野鳥だけど、一生懸命、青菜を食べてくれるわ。ごめんね、勝手に捕まえて」
「ピチぃ!」

野鳥はマーガレット嬢の言葉がわかっていないだろうが、ご機嫌に鳴いていた。お腹いっぱいになり、野鳥も満足したのだろう。

その後、みんなで野鳥の名前を考えてみた。紅茶やクッキーを楽しみつつ、野鳥の名前の案を出し、一番呼びやすそうな名前に決まった。

野鳥の名前はピチ。ピチピチ鳴いているからとマーガレット嬢が案を出し、一同異論なく、これに決定。

「さて、ピチ。お前は今日からうちのカフェの看板鳥にもなって貰いますからね!」
「ピチッ!」

コレット店長の言葉もわからないはずだが、ピチは機嫌良く鳴き、みんなの笑い声が響く。地味な鳥でも悪くない。今、推理も仕事も進んでいないが、肩の力は抜けていた。

37

カフェでピチと遊んでいたら、もう夕方だ。マーガレット嬢は帰ると言うので、ホテルまで送って行った。

マーガレット嬢はすっかりと元気になり、そこは心配はなかったが、気になる事はホテルだ。

もうホテルへ潜入できないが、ジスラン支配人やセドリック料理長の様子が気になる。

「だから、そんなミスするんじゃない! 真面目にやれって言ってるだろ!」

ホテルに入り、ロビーでこっそりとカウンターの様子を伺ってみたが、ジスラン支配人は実に不機嫌そうだ。カウンターの女性スタッフに八つ当たりし、怒鳴り散らしているが、ロビーの方に私がいる事にも気づいていない模様。

パウラをいじめていた時よりもイライラしている。これはホテルがクリスによって買収され、クビになった事も影響しているだろう。ジスラン支配人の顔は真っ赤。こめかみの血管も切れそうではないか。

私はロビーのラウンジにコーヒーを注文して飲んでいたが、ジスラン支配人はシビルの死をどう思っているのだろう。ため息が出る。ジスラン支配人が犯人だと決まったわけではないが、自分の事しか考えてなさそう。元カウンター職のパウラによると、いかに客にクレームをつけられないかが目的の無駄な業務も多くあったという。「支配人は責任取りたくないだけ」ともパウラが証言していたが、あの怒号を聞いている限り、その可能性は多いにある。

現状、シビルが犯人で自殺に見えている事件だが、責任逃れ体質のジスラン支配人が、この結末をプロットを執筆したか?

実行犯かは不明だが、シビルに全部押し付けている事。いかにもジスラン支配人が考えそうじゃない?

実行犯かはともかく、シビルの殺害、あるいはトリスタン先生の殺害に関わっている可能性大だ。

本当にシビルもトリスタン先生の殺害に関与した可能性も高い。罪の意識はもてっていた。遺書らしき手紙も、本物だった可能性がある。一方、この事件の犯人は、何の罪悪感もなさそう。そこが気持ち悪く、急いでコーヒーを飲み込むが、クリスが現れた。

「アンナ嬢、何してるんだよ」
「ちょっとね。ジスラン支配人が犯人じゃないか考えていたところよ」

なぜかクリスは口元をふむふむとさせ、私の目の前に座る。同じくコーヒーを注文し、今日の仕事は終わったと、ネクタイを緩めていた。

「実はここのレストランで夕飯食べようかと降りてきたんだが、休みだってよ。トリスタン料理長がクビに決まったんで、怒り狂っているらしいね」

そんな事実を語るクリス。実にいやらしい目を見せていた。若き極悪経営者という二つ名は、まさしく正しい。

「ざまぁみろだな。アンナ嬢にちょっかいかけたし、このぐらいでは可愛いもんだろ」

脚を組み、実に偉そうなクリスだったが、私はため息が出てくる。完全に私怨じゃないか。

「そんな事はいいけど、事件よ。結局、誰が犯人?」
「アンナ嬢、声のボリューム落とせ。これ、誰か聞いていてもおかしくない」

はっとした。今、ラウンジは閑散としているが、ここで事件の話題はまずい。

「俺の部屋に来い」
「確かにそうね」

一瞬、クリスの部屋に入る事はどうかと思ったが、ラウンジで犯人の話をするリスクは犯したくもない。どうせすぐ帰る。

という事でホテルの南館まで歩き、クリスの部屋へ。近くにトリスタン先生の止まっていた部屋もあったが、今は白警団の監視の元、通常の部屋として戻ったらしい。確かに死人が使っていた部屋に抵抗がある客も多いらしいが、今はもう普通に観光客に提供されているらしい。

クリスの部屋は、トリスタン先生の部屋と同様、広く、見晴らしもいい。寝室や仕事で使っている部屋は見せてくれなかったが、クリスが通常、部下と打ち合わせする小部屋に案内された。

ソファとテーブルだけの狭い部屋だった。テーブルの上にはクリスの仕事の書類や書籍が積み上がている。

「正直、私の仕事部屋の机より綺麗よ」
「そうかね? ま、手短に今後の推理方針を決めようぜ」
「なんか、私より楽しんでません?」
「いいだろ。別にトリスタンやシビルの死を冒涜しているわけじゃねい。こんな状況でも、できるだけ楽しんだ方は得って事」
「そう?」
「そうさ」

ここでクリスは私のデビュー作「探偵伯爵の優雅な推理事情」を取り出した。付箋やしおりも挟まれ、小口が黒くなっている。どうやらちゃんと読んでいるらしく、私は下を向きたくなるが。

「アンナ嬢、この小説では、最後パーティーで犯人はボロをだす。そこで証拠が出てくる」
「ええ、クライマックスにパーティー会場にしたのは、本格推理小説で珍しくは無いわ」
「だったら、こうしよう。俺らもパーティーを開くんだよ」

さらにクリスは笑っていた。美味しいステーキでも食べたい後みたいな顔。

「新支配人の就任記念パーティーを開くんだよ。新支配人はお前だ。アンナ嬢だ」
「って私?」

その話題はカフェでもしていたが、クリスは本気らしい。私の目は丸くなっていた事だろう。そもそも男尊女卑の我が国で支配人だなんてアリか?

「そこだよ。ジスランやセドリックは女の癖にって怒りでボロを出すんじゃないか?」
「そうかしら」

本格推理作家の私。そんな怒りで犯人がボロを出すか不明だったが、事件の証拠が何一つ上がっていない今だ。この計画に乗るのもアリ?

どうせこの田舎は無法地帯。フェアプレイなど無意味。本格推理小説では、読者にも情報を提供し、謎解きのフェアプレイの掟がある。例えば「被害者が実は犯人だった」とか「犯人が妖精で特殊能力で人を殺した」等は、読者への情報提供が不親切で、フェアプレイじゃないと言われていた。特に殺害方法などをファンタジー風にするのは御法度で、ちゃんと科学的かつ客観的なトリックを書けと言われている。

無法地帯の田舎で、本格推理作家らしいフェアプレイにこだわるのも、美しい結末が書けないかもしれない。どうせ、この事件もタラント村の時と同じだ。本格推理要素など最初から無いのだ。だったら、この事件のプロットも自由に書いてみようか。私の思い通りに行くかは、何の保証もないが、もう良い子ちゃんは辞めよう。本気でいこう。

「そうね。証拠がないなら、ボロを出させるのが一番ね。そのプラン、乗ったわ」
「よし!」

クリスはガッツポーズを作り、実に楽しそう。私も楽しくなってきた。今は蒼い鳥が見つかったような気分だ。

38

事件は進展がないまま、数日が経過。村の森の紅葉も濃くなり、落ち葉も降り積もっている中、私は恋愛小説のプロット作りにも追われていた。エドモンド編集長のダメ出しは容赦なく、私のストレスはマックス状態。連日連夜、髪を掻きむしりつつ、どうにか恋愛小説のプロットも書き終えた時、決戦の日がやってきた。

パーティーだ。あのホテルの新経営陣のお披露目パーティーだ。夕方から夜にかけて行われる予定。クリスとの計画通り、犯人はボロを出すだろうか?

「どう思う、エメ。ボロは出すかしら?」

ホテルの控え室で、私はエメにヘアメイクをやってもらっている。元々、今日のパーティーの服や靴、アクセサリーのコーディネートもエメに監修してもらった。ヘアメイクもお任せして貰う事になった。

ピンク色のヒラヒラ系ドレスに、ヒールつきの赤い靴。アクセサリーは元々私が持っている成金風のものでまとめたが、案外、強そうな令嬢ルックスに変え、メイクもエメにより強気にしてもらった。

「わあ、ちょっとメイク濃い?」
「大丈夫よ、エメ。今日は犯人のボロを出させる為だから、強気で」
「そうか、なるほどね」

エメはそう言い、私のまつ毛にマスカラも塗り、最後に顔全体にパウダーもはたき、メイクは終了。

「しかし、あんた、髪質は弱めだね。ストレスにくるタイプだろ」
「そうなのよ。嫌になっちゃう。仕事で苦手な事しているから、ストレス溜まってね」
「面白いもんだな。さて、だったら、ボリューム出す感じでふんわりとセットするか」
「よろしく」

エメが手際よく、私の髪をセットし、最後に悪趣味な成金ネックレスをつけた。アクセサリーボックスの中にはクリスと変装中につけた指輪も入っていたが、今日はつける必要はないだろう。相変わらずクリスは左手の薬指に指輪をはめているが、どういうつもりなのかは、謎。

「しかしアンナ嬢。ずっと支配人やるわけにはいかないだろ?」
「そうなのよね。まあ、クリスとも一時的にという約束だけど」

鏡で自分の顔をチェックする。良い感じに戦闘力が高めのルックスに変身できたものだが、話題がクリスとなると、エメは笑っていた。おそらく噂のネタにできるから、笑っているのだろう。ゲスっぽい目の笑みは、決して上品ではなかった。

「アンナ嬢、クリスと結婚したら良いじゃか」
「ちょ、今、そんな話する?」
「嫌いではないだろ?」
「そうだけど」

明らかに揶揄われ、鏡の中の私の顔は真っ赤だ。少しむせそうになり、コップの水も飲んだ。

「いいじゃないか。好きな男ではなく、嫌いじゃない男と結婚するのが、長く続くコツさ。好きな男と結婚すると、日常の些細な事にイライラするからね。食べ方とか、言葉使いとか」
「そんなもん?」
「落差がきついんだよな」
「逆に嫌いじゃない程度の男と結婚したら、嫌なところがあってもそういうもんかって思うしね。ちょっと良いところ見ただけで、きゅんともする」
「そうかしら」
「そうだよ。結婚生活は恋愛小説ではなく、現実だからねぇ」

さすが人生のベテランのエメだ。ちっとも甘い事は言わないが、頭の中でクリスとの結婚生活が浮かんで困った。

元々、極悪経営者として性格悪いクリスの印象は最悪だ。ただ、その分、彼が少しまともな言動を見せれば、好感度が上がるのも事実。それに事件を通して一緒にいるうち、彼との日常は馴染んでしまった。こんな風にクリスと一緒にいるのは、嫌じゃない。むしろ、少し楽しい。

そんな事実を自覚してしまったら、もうクリスの事が好きみたいじゃないの。

「これって恋なの?」

恋愛偏差値ゼロの私は全くわからず、エメに聞いてしまう。

「アンナ嬢、推理作家だろう。その謎も自分で解いてみたらいいじゃないか?」
「そうかしら?」
「それにアンナ嬢の気持ちなんて私にわかるわけないぞ。自分で推理するしかないね」

エメの言葉はいちいち正論。それにこんな恋愛相談したら、あっという間に噂が広がり、クリスの耳にも入るだろう。エメへの相談はこれぐらいで辞めておこう。

ちょうどパーティーが始まる時間だ。会場の方からは、ザワザワとうるさい音も聞こえてきた。まずはクリスの会社の経営陣の挨拶の後、私がこのホテルの新支配人だと挨拶もある。

「さて、エメ。もう行くわ」
「ええ。会場で見ているわ。がんばれ」
「ええ」

私は控え室を出て、パーティー会場の裏手で待つ。クリスも壇上で挨拶しているらしく、若い女たちの歓声も響いていた。

「解せない。あんな性格が悪いのに」

思わずこぼれた独り言。まるで嫉妬しているみたいじゃないの。ぶんぶんと首を振り、水を飲み、壇上にあがる為に準備を整え、時間になった。

パーティー会場は想像以上に広い。壇上から見た限りは、ロドルフ、セドリック、ジスラン容疑者三人組は確認できないが、私が新支配人だと挨拶すると、会場はどよめいていた。特に着飾った貴族連中がギャーギャー騒いでる。

「女のくせに支配人か?」
「あいつ、女だよな?」
「あの女、作家じゃなかった?」
「なんなんだ?」
「クリスに股を開いたんじゃないの?」

聞くに耐えないブーイングもあったが、私は平然と挨拶を続ける。文壇サロンのおじ様たちからの暴言に比べたら、いくらかマシだ。

それに会場の隅にジスランも発見。一応ジスランもパーティーのドレスコードに合わせて着飾ってはいたが、顔真っ赤。ゆでダコみたい。口もなんか言ってる。口の動きから「女のくせに」と言ってうるのがわかる。あら嫌だ、何千回もこのセリフを浴びせられているから、口の動きも覚えてしまったわ。

それにロドルフやセドリックもいる。二人とも女囲まれ、満更ではなさそうだったが、壇上の私を睨みつけていた。これは怪しい。クリスが考えた計画は、案外上手く行ったのか?

「我が国は女性の立場がとても低いです。騙されて売春に行ってしまう女性も珍しくありません。少しでもそんな世界が終わりますように。支配人としてもできる限りの事もしたいです」

私の挨拶の言葉は、こんな形で締め括ったけれども、ジスランは「売春」という言葉に、さらに目が真っ赤になっていた。これは怪しい。シビルを思い出したのか?

壇上を降りて、パーティ会場に紛れ、ジスランをさらに観察するが、真っ赤な顔は相変わらず。こめかみの血管も切れそうじゃないの。

私もパーティー会場で色々とブーイングを浴びせられていたが、もう気にしない。ジスランもボロを出した気がする。典型的な男尊女卑だもの。シビルの扱いも酷かったのだろう。想像がつく。

「あれ? 私も私怨で調査してる?」

そんな気もしたが、まあ、いいか。どうせ田舎は無法地帯だ。もう良い子は辞めたんだ。私らしい推理で挑もうではないか。

39

パーティー会場を見回すが、お酒や食べ物を楽しむ来客者ばかり。

エメだけでなく、コレット店長もパーティーに参加中だが、二人はむしゃむしゃと肉を食べつつ、噂話に興じている。自由な立食パーティーだったが、傍若無人な二人にちょっと恥ずかしくなってきたところ。

「お嬢様、素晴らしい挨拶でした!」

じいやは側に駆け寄り、褒めてくれた。ブーイングが飛び交った後は、胸がじんわりと温かくなる。

「アンナ、良かったよ。しかし、ジスラン支配人は相変わらずだね。あ、元支配人だけど」

パウラもやってきた。今日はパーティー会場の給仕として働いている。そんなパウラから、裏方の様子などを聞くと、新しい料理長は人格者であっという間に職場で好かれてるいるらしい。おかげで元料理長のセドリックの評判は相対的苦手悪くなっているという。

「セドリック料理長は、案外嫌われているってことね」

パウラはそう言い、仕事へ戻っていく。

その後、私は貴族連中に絡まれたりもしたが、じいやのおかげで何とか難を逃れ、せっかくなので出版の営業もしていた。この会場に来ていたエドモンド編集長にせっつかれたというのもある。

「アンナ嬢、何やってるのよ。は? 営業!?」

マーガレット嬢もこのパーティーに参加中。エメやコレット店長に誘われたらしいが、今日は清楚な令嬢バージョンだった。薄いイエローのドレスはヒラヒラとし、化粧も控えめだ。今日は百合の花のような清楚な雰囲気。一方、笑私は典型的な成金ルックスで格の違いを見せつけてられていた。

「一応営業よ」
「そこまでする? っていうか、今日は犯人捕まえるんじゃないの?」
「あ、ちょっと忘れてたわ」
「もう、アンナ嬢ったら」

そう笑うマーガレット嬢は楽しそう。もうクリスへの想いは断ち切った模様だが、一緒についていたじいやは、チラリとクリスの方を見る。クリスが令嬢に囲まれていた。

クリスの服装はパーティー仕様の礼服だ。髪もきちんとセットし、いつもよりルックスに磨きをかけている。おかげで令嬢に囲まれているが、クリスは全くの不機嫌。

「俺は甘やかされていた貴族のお嬢さんなんかに興味はない。俺はアンナ嬢みたいな成金で太ましく、おもしれー女が好きなんだよ」

令嬢達は、顔が凍りついていた。クリスと令嬢の周辺だけが水を打ったように静か。

「何あの、クリス様。あの人、結局、女の趣味が悪いんじゃないの?」

マーガレット嬢は呆れながら、ジュースをちびちびと飲む。

かなり捻くれているとはいえ、こんな面前で褒められるのもどうなのか。居た堪れない。言葉自体は成金、太ましい、おもしれー女と悪口のオンパレードなのに、クリスの目は優しげで、これも恥ずかしい。それに令嬢達からの視線も痛い。

だからパーティーは好きじゃない。文壇サロンの次に嫌い。

「ちょ、ちょっと一人にさせて」

居た堪れない。私はパーティー会場の人混みを掻き分け、外に出る。

ホテルの裏手、従業員入り口側に来た時は、ほっとした。ここは人気もなく、静かだ。

ふと、見上げると月が出ていた。雲に隠れているから、さほど明るくはないが、星は見える。きらきらと光ってる。王都では見られない星空だった。

「さすがにこっちの方は星が綺麗ね」
「そうだろ?」

驚いた。独り言のつもりなのに、返事があった。クリスだ。一体、クリスはなぜここへ?

「容疑者ども、さほどボロは出さないな」

言葉と裏腹にクリスの声はご機嫌だった。

「なんだよ。せっかくこんな晴れ舞台を用意してやったのに」
「そう簡単に推理小説のようなプロット通りにならないってことよ」
「悔しいね。でも、犯人はセドリック料理長さ」
「その根拠は?」
「アンナ嬢が挨拶中に睨みつけていたからな。どう考えても、男尊女卑。シビルを買うことにも殺す事にも抵抗がなかったと見た」

独特な推理だが、その理屈だったら、ジスランの方が説得力がある。

「そうかしら。っていうか、クリス。近くない?」

気づくと、またクリスに壁の方まで追い詰められていた。今日もウッディ系の香水の匂いがする。

「賭けは俺の勝ち。セドリックが犯人だ」
「だから、決定的な証拠はある? 思い込みで推理をするのは単なる私怨だからね」
「ここは田舎だ。無法地帯だ。どんな推理をしてもいいはずだ」

クリスはさらに私に近づき、息遣いまで聞こえてきた。

これはいくら恋愛偏差値の低い私でも、限界だ。クリスからは何度もプロポーズされていたが、冗談やその場のノリみたいな事が多かった。

しかし今は違う。視線も熱っぽいし、口元も真剣だった。その上、吐息まで感じる状況は、限界だった。

「さ、最新型のタイプライターは私のものよ!」

そう言って逃げた私。恋愛偏差値の低さが恨めしい。大人の女性だったら、こんな時、どうするんだろう。全く想像もできない。

40

クリスは一体私のどこが好きなのだろう。心底謎だ。

私はホテルの裏手から、さらに奥の公園の方へ逃げる。さすがにクリスが追ってくる様子は無かったが、本当に謎だ。本格推理作家がどう取り組んでも解けない謎。もはやクリスの存在自体がミステリー。

そんな事を考えながら、ボーっと歩いていたせいだろう。公園に人影がいた事に、腰を抜かしそうになり、慌てて茂みに隠れる。

以前、この公園に来た時はパウラがおかしくなった時だった。今日はそういった女性はいないようだが、あまり居心地いい場所ではない。クリスには会いたくない。さっさとホテルに帰りたかったが、人影から声が響く。

「まったくセドリックもロドルフもつかえねーな!」

その声には聞き覚えがあり、息を飲んだ。ジスラン支配人の声だ。暗闇でよく見えないが、低めでしゃがれた声は間違いない。

セドリックやロドルフを使えないってどういう事だ?

彼らは有力な容疑者だったが、どういう事?

思わず唾を飲み込む。手のひらもじわっと汗が滲んできた。もしかして事件解決に近づいている?

私はさらに神経を張り詰め、微動だにせず、声を聞く。夜風の音も響くが、人影に全力集中!

「使えないって何だよ。俺はジスラン支配人、あなたの為にシビルの偽の検死報告をしたんです。お願いですから、シビルの件は一切口外しないでください」

これはロドルフの声?

ロドルフの声はよく覚えていないが、話の内容からして間違いない?

ロドルフが誰かから脅され、偽の検死報告をしたという推理は当たったらしい。この様子では殺害に関与はしていないようだが、諸々の余罪はあるだろう。私は思わず心の中でガッツポーズをとる。事件解決までもう少しだ。

「うるさい! 俺は機嫌が悪いんだよ! あんな成金作家令嬢が新しい支配人になるとか、聞いてない! 女のくせに!」
「ちょっとジスラン、悔しい気持もわかるけど、落ち着いて!」

また新しい声がした。怒り狂っているジスランを宥めているのは、セドリック料理長の声だ。これは間違いない。少し鼻に詰まったような声は聞き覚えがある。

私は一人、ニンマリとしていた。ジスラン支配人は、相当機嫌が悪いらしい。クリスの立てた計画が大成功したみたい。パーティーで新しい支配人として挨拶をして良かった。犯人が炙り出されたらしい。

「もうジスラン! 機嫌なおせよ。シビルは死んだんだ。あいつが全部罪を被って死んでくれた事になってる」

セドリックの声がした。たぶん、ジスランを宥めているんだろうが、もうこれは罪を告白したようなもの。

おそらくトリスタン先生を殺したのはジスランだ。トリスタン先生にシビルとの件を公表されそうになり、自分達にも芋蔓式で罪が露になる事を恐れたんだろう。ジスラン、セドリック、ロドルフもシビルのいい顧客だった。

もっとも、私の別荘に遺体を投げ込んだアイデアはセドリックやロドルフが思いついたのかもしれない。こうすれば私に濡れ衣を着せられるしね。

シビルも薄々、自分のせいでトリスタン先生が殺された事、犯人が顧客の誰かだった事は気づいていたんだろう。偶然、過去の罪が露わになる私の小説も読み、罪の意識の手紙、メモなどを書いたのは確か。

それを利用し、偽の検死もし、自殺に見せかけたんだ。本格推理作家の私としては杜撰なトリックだったが、いいじゃない。無法地帯の田舎らしい野生味のある真相だ。主要容疑者全員が犯人だったというのも私としては納得いかないが、つくづくフェアプレイでは解けなかった謎だと実感。

ジスランは我が国の一般的な男とはいえ、かなりの男尊女卑だ。私が新しい支配人になった事に納得行っていないらしく、相当不機嫌らしい。セドリックやロドルフに当たり散らし、大声で文句を言っている姿は実に情け無い。このままだと犯人同士で仲間割れもありうる。実際、ロドルフの声は相当のイライラが滲んでいる。

クリスの作戦が上手くいった事は喜ばしい。こうして不機嫌なジスランが仲間に当たり散らし、半分罪を告白したようなもの。

次はどうやって犯人達を捕まえようか。このまま大騒ぎしている所に白警団を呼ぶ?

あるいは村の皆んなを呼び、タラント村の時みたいに全員で捕まえる?

「さて、どうやって捕まえましょうか」

この様子では三人とも全く罪の意識はないだろう。同じ罪を犯していたトリスタン先生やシビルとは大違いだ。あろう事かシビルに罪を擦りつけているぐらいだ。この犯人達に一切同情はいらない。一刻も早く捕まえないと!

「うん? こっちの茂みから、気配がしないか?」

しまった!

ロドルフが私の方に近づいて来るではないか。

逃げないと!

そう思うが、足がもつれて動けない。舌ももつれて声も出ない。犯人が三人も近づいてくると思うと、身体が石になってしまった。

「こ、こいつ! 例の作家令嬢だ!」
「なんだと!」
「こいつ、俺らの話を聞いていたんか!?」

犯人達の声が響き、逃げ遅れている事を察した。

タラント村では犯人を追いかけ回した癖に、今はなぜか身体が動かない。タラント村の事件と違い、犯人が三人もいる!

「許せん! 女のくせに!」

ジスランの声と共に、頭を殴られた。目の前が真っ白になり意識もふわりと薄くなっていく。

消えかける意識の中、最新型のタイプライターの事ばかり頭に浮かぶ。主犯格はジスランだった。まっさきに私を殴ってくるような暴力性だ。トリスタン先生やシビルを殺しても全く不思議ではない。

クリスとの賭けは私の勝ちだ。それなのに、どうやら最新型タイプライター、手には入らないかもしれない。墓前に供えられる可能性はあるかもしれないけれど。


次回はこちら


いいなと思ったら応援しよう!