見出し画像

【異世界令嬢コージーミステリ】第9話&番外編短編 作家令嬢の田舎逃亡推理日記〜「俺と結婚しろ」と言われましたが、逃亡先で探偵はじめます〜

前回の話


41

夢を見ていた。よりによってクリスとの夢だ。こんな時でも見たい夢は選べないらしい。ため息が出そうだったが、クリスとの初対面時の夢だった。

確か何かのパーティーに出た時だ。私は給仕のメイドを捕まえ、パーティーでも毒物を仕掛けるチャンスなどがないか聞いていた。もちろん、推理のトリックの為だ。

パーティーに参加中の貴族連中はこういったスタッフにあからさまに態度が悪いものもいるが、私はそういう事はしない。推理のトリックネタが聞き出せるかもしれないし、何より同じ人間だ。差なんてないはず。そもそも私は成金令嬢なので、全く偉くも何ともない自覚もあった。正直、着飾ってパーティーに出るより、部屋にこもって薬草や毒物の本を読んでいたいぐらい。

その時、なぜかクリスに声をかけられた。「おもしれー女」とも言われた。私のクリスの第一印象は最悪。

確かに顔は整っている。背も高く、声質も良かった。経営者として地位もあったが、パーティに参加中の貴族令嬢への態度が悪い。口も悪い。性格の悪さが滲み出ているクリスの様子に、良い印象は全くない。

両親と仕事の関係もあったので、その後、何度も会ったが、第一印象の悪さは待った変わらず、タラント村で事件に巻き込まれても同じだった。事件が解決した後は、確かにクリス確かの関係も変わってきたけれど、私のどこを気に入っているかわからない。どうも第一印象の悪さが尾を引いているらしい。

こんなクリスの夢なんて見たくない。頭も身体も痛いが、さっさと目を開ける。

身体はロープで縛られ、ほぼ身動きはできないが、死んではいないらしい。目も開く。息もできた。

どこかの別荘の中らしい。バンガローの中かもしれない。木の匂いが鼻につくが、間取りまでは確認できない。一体ここはどこだろう?

それに犯人達もご登場。三人とも、銃やナイフを持っている。これは芳しくない状況だ。目が覚めても状況は全く変わっていないらしい。

「女の癖に! おめー、ぶっ殺す!」

ジスランは目覚めた私を見て、顔を真っ赤にし、地団駄を踏んでいた。あら、この姿は見覚えがある。文壇サロンのおじ様達とそっくりだ。犯人といっても単なる汚いおじさんだ。セドリックやロドルフも同様。

冷静になってきた。縄で両手を両足もロープ縛られていたが、推理小説を書く時に、自力でロープを解く方法を調べ、護身術の先生に入門した事もある。脚はともかく、手の方は解けるかも。手首をゆっくりと動かしつつ、護身術の先生から学んだ事を思い出す。

「あなたがトリスタン先生やシビルを殺したのね?」
「そうだよ! あいつら、おめーの本を読んで罪悪感持って世間に全部公表しようとしてたんだ! おめーのせいだ! ぶっ殺す!」

ジスランは私が冷静な態度に余計に激昂し、銃を発砲。ヘタな鉄砲だ。全く私の身体にかすりもしない。

「あなた達は? 関与した?」

この際だ。お仲間にも一応事情を聞いておくか。それにロープもゆるくなってきた。これはいけるかもしれない。

「お、俺は見てただけ! ジスランに脅されて偽の検死しただけ! シ、シナリオを書いたのも俺だけど! あんたに罪を擦りつけるよう別荘に死体を投げるように提案はしたけど!」

ロドルフは怯えた様子。せっかくのイケメンも台無しに顔だ。顔も真っ青で幽霊みたいだ。この顔を見たら、パウラの恋も完全に目が覚めるだろう。しかしジスランと違い、罪悪感は持っているらしいので可愛げがある。一応ナイフは持っているが、指先は震え、私に向けてくる様子はない。

「お、俺は死体を運ぶの手伝っただけ! トリスタンとか、し、知らんし!」

同じくセドリックも怯えていた。イタズラがバレた後の子供みたいな顔。部下に好かれていた料理長の姿も消えていた。セドリックはいい歳なのに、子供みたいで情けなくなってきた。

残念ながら、この様子だとクリスの賭けは負けだ。最新型のタイプライターは私のもの確定だが、本当に手に入れる為には、この三人をまとめて捕まえる必要がある。

「お前ら! うるせーよ! お前らだって共犯者だろ! 自分だけ逃げるな!」

相変わらずキレているジスランだったが、逃げ腰の仲間達と、内輪揉めを始めていた。お互い罪をなすりつけ合い、シビルへの暴言も聞くに絶えない。犯人達、想像以上に女を馬鹿にしているらしいが、縛られたロープはゆるくなってきた。このままいけば九割解ける。このままずっと内輪揉めしてもらいたいものだ。

「うっさい! 全部おめーのせいだ! おめーが余計な小説を書いたから、トリスタンは公表しようとし、こんな事になったんだ!」

ジスランはまた下手な鉄砲を打つ。その音を聞くと、私の余裕も消えてきた。手のロープはあと少しで解けそうだが、このまま犯人達に殺されるのも一応覚悟しておこう。

「お前がコソコソ推理している事も知っているからな! 女のくせに! バカな女のくせに! 推理なんてやめろ!」

ジスランの茹タコのような顔を見ながら、私の中で何かが切れた。文壇サロンのおじ様達に何度も浴びせられたセリフだが、一切の同情はいらない。

ちょうど手のロープも解けた。脚のロープも素早く時、「護身術の先生、ありがとう!」と叫ぶと、ロドルフからナイフを奪った。

「うるさい! 推理やって何が悪いんです!? 汚いおじさんね!!!!」

私はナイフを握り締め、ジスランに凄んだ。向こは短足&背も低い。背の高いクリスの壁ドンに慣れているせいで、ジスランの体格からは全く威圧感はない。そのまま直行し、ジスランにメンチを切った。これは成金の父から教えて貰った睨み方だ。「もし令嬢として自尊心を傷つけられた時は、こう睨むんだ」と幼い頃に教えて貰った。

「は!? おめー、本当に女かよ!?」
「ええ、女よ。よくも推理なんてやめろって言ってくれたわね?」

さらにジスランを睨みつけたが、背中を取られた。

「黙れよ! クソ女が!」

セドリックに殴られそそうになり、目を瞑ったその瞬間。

大きな音がした。これは足音?

「アンナ! 助けに来たわ!」

コレット店長の声が響いたと同時だった。水で丸めた小麦粉を、コレット店長はバンバン投げている。

「アンナ嬢! いくよ!」

エメもノリノリで小麦爆弾を犯人達に投げつける。

意外と水で溶かした小麦粉は、ドロドロと粘着質だ。まるで沼。犯人達は、大量の小麦粉爆弾に足場を取られ、全く身動きができない。身体中真っ白で目も開けられない模様。三人ともまとめて小麦粉沼に捕まってしまったらしい。

攻撃しているのはコレット店長やエメだけでない。マーガレット嬢やパウラ、じいやもニコニコと笑顔で小麦粉爆弾を投げつけていた。

「汚いおじさん、これでもくらえ!」

特にパウラはジスランに恨みがある。倒れたジスランにも容赦なく小麦粉爆弾を投げつけていた。特に目を狙って投げるのは、やり過ぎでは……。

「きゃー、楽しい! 汚いおじさん、これ投げるわよ!」

マーガレット嬢のはしゃぎ声が響いた時、ようやく私の側にクリスがいた事に気づく。

相変わらず性格悪そうなクリスだ。小麦粉爆弾によって滅茶苦茶にされている犯人達を見下ろしながら「ざまぁだな」と言うぐらいだったが。

「なんで私がここにいるってわかったのよ?」
「俺はアンナ嬢の事はなんでもわかるんだ。俺がここを見つけてコレット店長に小麦粉爆弾を頼んだんだぜ?」

クリスは私を守るように抱き上げ、実に機嫌が良さそう。

恥ずかしい。でも今のクリスにはドキドキしてくるから困る。たぶん、クリスの第一印象が悪かったせいだ。その後は加算方式で好感度が上がってしまった。これは非常に困る。

「良かったですね。お嬢様。下手したら殺されていましたよ。もう犯人にナイフ向けるとかは、やめましょう。お転婆お嬢様ですねぇ」

じいやの呆れた声が響く。クリスに抱き上げられながら、これには全く反論できなかった。

42

コレット店長のカフェに、ピチの鳴き声が響いていた。

「ピチィ !」

今は元野鳥だった事が信じられないほど、人に懐いてる。すっかり看板鳥になったらしく、今は籠にいるより、カフェの中を自由に飛び回っている。時々羽根を落とすのが難点だが、バンガロー風で、切り株デザインの椅子やテーブルもあるカフェにピチはよくマッチしている。ピチは私にもよく懐き、カウンター席でお茶とケーキを楽しんでいたが、それどころでなくなってしまう。

「コレット店長、本当にピチは元気ね。野鳥でいるより、ここで飼われた方が幸せでは?」
「そうだろう。ま、看板鳥として可愛がるか」
「ピチ!」

コレット店長の言葉などわからないはずだが、ピチは元気よく返事し、カフェの窓際まで飛んでいく。綺麗な秋空も見える。二人も被害者を出した殺人事件があった事など嘘みたいだ。

ちょうど他の観光客もカフェから帰ってしまい、コレット店長と二人きりになった。これでゆっくりとコレット店長と事件について話せるだろう。

私の目の前にある皿、もうほとんどケーキを食べ終えて空だが、コレット店長はカウンターから温かい紅茶をそそぐ。ふわりとアールグレイの香りが漂い、なんとも平和。ようやく事件が解決した事を実感した。しみじみと飲んだ紅茶は、とても美味しい。

「白警団のオーレリアンは、捜査は無能だったが、取り調べは優秀らしいよ、アンナ嬢。主犯のジスラを締め上げ、共犯者のセドリックやロドルフも吐いているらしい」
「そう、良かったわ」
「結局、動機もアンナ嬢の推理通りだったね。トリスタン先生がシビルとの件を公表しようとし、ジスラン達が殺した。シビルも男達の様子を察し、白警団に話そうとししてジスラン達に自殺に偽装されて殺された」

改めて事件の真相を語られると、ため息しか出ない。シビルの自宅からは日記も発見され、売春の動かぬ証拠も出た。そこには疫病からのシビルの両親の自殺、困窮、トリスタン先生との売春契約、男装しながらの男達との売春の記録、事件への疑いも綴られてあったらしい。

「それしてもシビルは可哀想ね。運が悪かっただけだわ。今は男尊女卑なんてない場所に生まれ変わっていてほしいけど」
「まあ、アンナ嬢。そんな気にするな。この騒ぎで村の公園で立っている女もほとんどいなくなったそう。ホテルのレストランや清掃の求人に女達が押し寄せているらしいから」

それを知って少し救われた気分。それにコレット店長はクッキーをおまけしてくれた。空になった皿にクッキーが一枚盛り付けられ、甘い香りが鼻をくすぐる。それにコレット店長の笑顔を見ていたら、シビルの事は今は忘れてもいいかもしれれない。

「それにしても、クリスはなんで、あの時、私の居場所がわかったんだろう」

クッキーを食べながら、あの日の小麦粉爆弾を思い出す。私はロドルフの所有しているバンガローにいたらしい。ホテルからそう遠い距離ではなかったが、なぜ居場所がわかったのか謎。

クリスは事件後、仕事があると、さっさと王都へ帰ってしまったが、本当に謎。

それに賭けも結局、セドリックが共犯者だった為、どっちつかずになってしまい、引き分けとなった。昨日、クリスから手紙が届き、「悔しいが引き分けにする!」とあり、賭けの結末はなんとも消化不良。最新型のタイプライターは、印税が入った時に買うのが一番らしい。トリスタン先生から好評をもらう夢は潰えてしまったけれど、タラント村の事件をネタにした作品は、文芸誌の連載分がまとめられ、加筆修正の後、冬ごろに発売が決まった。

「ふふ、アンナ嬢。クリスがあの時、なぜ見つかったって?」
「そうよ。本当の謎。なんでわかったのよ」
「髪の毛よ」
「髪の毛?」

手に持っているクッキーを落としそうになり、慌てて皿に戻す。

「ホテルの裏手や公園にあなたの髪の毛が落ちてるにクリスは気づいたのよ。まあ、その後は匂いとか勘で探してらしいけど。あなたの香水の匂いもよく覚えていたわ、クリス」

コレット店長の声を聞きながら、呆れて声も出ない。私への執着はまるで犯罪者レベルではないか。いや、逆か。白警団で活躍している捜査犬みたい。髪や匂いで居場所がわかるなんて……。引く……。

「そんなドン引きしないでよ、アンナ。あなたのこと、よっぽど心配だったし、機転もきいた。小麦粉の在庫持ってこい、これを犯人に投げつけるぞって超楽しそうだった」
「あぁ、そう……。小麦粉爆弾も私の小説から思い出したっぽいのも引くわね……」

結局、事件を楽しんでいた事にも引いてしまったが、クリスに助けられたのも事実だ。あの時、別にそんなジスラは怖くなかった。怒りに任せて包丁も振り回すぐらいだったけれど、セドリックに背後を取られたのも事実だった。

「殺されそうだったんだよね、私」
「そーよ。クリスさんに助けられたのは、感謝ね」

コレット店長は今度はケーキもおまけしてくれた。プチチョコレートケーキだったが、濃厚な甘い匂いがし、思わずフォークを動かす。

同時にカフェにじいや、パウラ、エメ、マーガレット嬢までも遊びに来た。ピチも大騒ぎし、カフェの中は賑やかだ。ようやく事件が解決した安堵感もある。

それなのに、なぜか微妙。いつも隣にいたクリスがいないから?

それに気づくと、顔が赤くなる。チョコレートケーキの甘さも居た堪れなくなり、思わず下を向いた時。

エドモンド編集長がやってきた。甘いもの好きなエドモンド編集長は苺ケーキやフルーツパフェを注文し、実にご機嫌だったが、私に気づくと、目を光らせてきた。

「さあ、アンナ先生」
「げ、編集長。なんか嫌な予感がするんですが」
「実は編集部に事件を二回も解決した作家がいるとか、色々問い合わせがきているんだ。この機会にアンナ先生の小説を売り込む予定で」
「という事は……?」
「さあ、さっさと原稿を書いてもらおう。タラント村のカフェ店長の小説の加筆修正は来週まで、恋愛小説も今月中に仕上げろ。それに今回の事件もネタにして企画出せ」

予想外の無理難題を要求され、今から目が回りそう。翌日、エドモンド編集長は王都に帰るらしいが、私はアサリオン村で缶詰めになり、仕事しろという。

「そんな、スケジュールきつく無いですか? これはホテルの支配人の仕事は無理っぽいですね?」
「そうだな、作家業に専念しろよ。どんどん仕事入れるぞ」
「ひぃ」

エドモンド編集長の目は鬼のよう。スパルタだ。これは逃げられない。仕事するしかない。クリスへの事も思い出すが、今はそれどころでは無いらしい。もうや涙目だが、「推理なんてやめろ」と言われてきた過去よりはいい。むしろ、幸せだ。

「ピィ!」

ピチがカフェの中を元気よく飛び回る。ピチの元気の鳴き声を聞いていたら、やる気が出てきた。仕事も頑張れそうだ。

43

アサリオン村の事件から一ヶ月たった。

まだまだ事件の騒ぎは尾を引き、トリスタン先生の書物もいろんな意味で売れているらしい。おかげで私の男装令嬢の本格ミステリは、三回も重版がかかってしまい、最新型のタイプライターも購入できた。

タイプライターを手に入れたら、作業効率が全く違う。エドモンド編集長に吹っかけられた無理難題も、どうにかこなし、王都へ戻ってきた。ちなみにスケージュール的にホテルの支配人の仕事は無理という事になり、結局、クリスの部下がその職についたらしいが、仕事も効率化し、現場のスタッフからも慕われているという。

そして昨日、ストレスで抜け毛を落としながらも、ようやく恋愛小説の原稿ができた。それを封筒へつめ、王都の編集部へ行くところだ。

季節はもうすっかり冬だ。アサリオン村では気候が良く、その点では問題がなかったが、王都は比較的北に位置しているし、木枯らしが余計に身に染みる。

相変わらず王都では恋愛小説が人気らしく、出版社ではそのポスターが貼られ、何万部も売れていると景気のいい情報も目に入る。今、手にしている原稿。果たして人気恋愛小説と同じ棚に並べられるか。不安だが、まずはエドモンド編集長の意見を聞くしかない。

出発社の二階にある第一文芸編集部へ向かい、世話になっている編集者に挨拶後、応接室でエドモンド編集長と対面した。

エドモンド編集長もまだアサリオン村の人々と交流があるらしく、コレット店長やエメ、パウラの話題で盛り上がる。アサリオン村の人々は相変わらず元気で、事件の後遺症なく、元気に暮らしているらしいが、いよいよ本題だ。

エドモンド編集長は太い指で原稿を捲る。

無言だ。原稿を捲る音だけが響くが、序盤を読んでいるところから、眉間に皺が寄っていた。

冬だというのに、緊張で汗が出てきた。全く寒くない。心臓もドキドキと鳴ってしまう。

「まあ、いいだろう。プロット通りによく書けてる」
「本当ですか?」

ホッとした。初めて書いた恋愛小説だったが、どうにかエドモンド編集長のお墨付きはもらえたらしい。これで第一関門はクリアしたらしい。

「ただ、欠点がある。主人公がクールすぎるし、ヒーローも単なるストーカーに見えるぞ」
「あぁ、やっぱり……」

この作品のヒーロー、どうしてもいい感じに描けず、結局、クリスをモデルにしてしまった。ほぼ実話のシーンもあったりする。

「でも、まあ、そこは少し描写や語彙で直せるが。肝心はラストシーンだよ。パーティーに参加したヒロインに、ヒーローが抱きしめて、キスするが、なーんか描写がぬるいね」

ギグっとした。全部想像で書いたシーンだったが、確かにほぼ実話のシーンに比べたら、シーンもサクサクと飛んでいるし、語彙も少ないように見える。

「ふむ、どうしたもんかね。一応恋愛小説の文法に沿って書かれてはいるが、色々と作者の想像力の無さが出ている」
「うぅ」

エドモンド編集長の指摘は的確で、ぐうの音も出ない。この恋愛小説は最初から書き直しが決定した。

でも、悪いニュースばかりではない。タラント村の事件を書いたカフェ店長のミステリの初版は予想以上に増えた。それに当初の約束通り、宣伝費もかけてくれるという。アサリオン村をモデルにし、ホテルのメイドが探偵になる企画は一発でオッケーが出た。

それにマーガレット嬢がパーティー開くという。今度は野鳥研究家になったという記念パーティーらしいが、編集部にも招待状が届き、私達も参加する事に決まった。

仕事に追われながらもなんとか時間を作り、パーティー会場へ。マーガレット嬢の一族が持っている三つ星ホテルが会場だったが、想像以上に豪奢な場所で緊張してきた。

その上、マーガレット嬢の一族が経営しているホテルの支配人が事件を起こした。もうホテルは買収されたわけだが、マーガレット嬢に悪く言う人もいる。相変わらず貴族連中はいけ好かない。着飾っているだけで、マーガレット嬢の悪口三昧だった。しかし、壇上で野鳥の可愛さや特徴を語るマーガレット嬢は生き生きとしていた。将来は本格的にアサリオン村に移住し、野鳥道を極めると語るマーガレット嬢は輝き、同じく植物学者や動物学者のイケメンにモテているぐらいだ。この様子だったら、もうクリスへの恋を拗らすことは無いだろう。

一方、私はエドモンド編集長にせっつかれ、出版関係の貴族達に話しかけ、泥臭く営業もしていた。

相変わらず「女のくせに推理なんてやめろ」と鼻で笑われる事もあったが、殺人犯と対面するよりマシだ。ニッコリと微笑み、タラント村やアサリオン村の事件を語りつつ、人脈を広げていた。ベテラン恋愛小説家やルポライター、絵本作家などとも仲良くなり、今回の営業はまずまずといったところだろう。成金令嬢らしくピンク色のドレスに身を包み、派手なアクセサリーをつけてきた甲斐があった。

こうして賑やかなパーティー会場を浮遊しながら、なんとか生き延びていたが、どうも違和感を抱いていた。

優雅な生演奏もあり、美味しいチキンやケーキ、お酒もある。嫌味な貴族も多いとはいえ、気さくに接してくれる人もいる。天井のシャンデリアは綺麗だし、窓の外の夜空も綺麗だ。給仕してくれるスタッフだって優しい。今日のパーティーの主人公、マーガレット嬢だって美しいのに、なぜか違和感がある。

この違和感は、仕事に追われていたここ一ヶ月でも覚えているものだった。仕事も充実し、重版もし、念願のタイプライターだって買えた。じいやも優しく、成金の両親との関係もいいのに、何かがもの足りない。まるで一個だけ欠けているパズルだ。

そのピースはなんだろう?

推理作家らしく謎を解く事にした。このパーティー会場は騒がしいので、一旦出て、ロビーの方へ向かう。

受け付けのスタッフも撤収し、ロビーは静か。ふかふかなソファは座りやすいが、どうも落ち着かない。一度立ち上がって考える。

「欠けているピースは……」

考えれば考えるほど、頭の中にクリスの顔が浮かんで困る。

そういえば事件の後、ほとんど会えていない。両親の仕事関係で、一度、クリスが家にやって来た事はあったが、私の仕事も忙しく、少しだけしか会話ができなかった。

正直、クリスの第一印象は最悪。今でも性格が悪い男だと思っているが、アサリオン村の事件で毎日一緒にいるのは楽しかった。夫婦のフリをするのも、賭けをするのも。

いつの間にか、クリスとの日常は、私の中で重要なピースの一つになってしまったらしい。

こんな気持ちに戸惑いつつも、腑に落ちた。謎が解け、ちょっとスッキリとした気分だったが、クリスに会いたくなってきた。もっと色々話したかったし、クリスの仕事など聞いてみたい事もある。もっとクリスの事を知りたくなったから、本当に困る。

「アンナ嬢」

そんな時、目の前にクリスが現れた。信じられない。クリスの事を考えていたら、本当に現れてしまったが、今日はマーガレット嬢のパーティーだ。お互い共通の知人だ。ここで再開する事は別に珍しくないが、久々にクリスの顔を見たら、安心してくるからおかしなもの。

今日のクリスはパーティーのドレスコードに合わせ、髪もきちんとセットしていたが、家族みたいに安心感を持てるから、非常に困る。

「ねえ、クリス。賭けは引き分けじゃないわ。あの時、セドリックは私を殺そうとしてた。つまり殺人犯でいいんじゃない?」
「ほお、それは、つまり?」

クリスは今にも吹き出しそう。笑いを堪えるみたいに口元がモゾモゾしてる。

「つまり賭けはあなたの勝ち。私の負けよ。結婚しましょう、クリス」
「やった!」

クリスは子供のように無邪気だ。ガッツポーズを作るち、笑顔を見せた。

「まあ、推理も私よりあなたの方が頭が回っていたしね。いいわ、私の負けで」

特に最後、私の居場所を見つけた所は、本格推理作家の私も引くぐらいだ。

それに、今はクリスといても、誰といても、私は幸せという確信もあった。蒼い鳥がいなくても、茶色い野鳥しかいなくても、推理小説だけでなく、恋愛小説を書く事になっても、なんだかんだで幸せ。

「はは、まあ、賭けは俺の勝ちだな、うん。アンナ嬢」

さっきまで笑っていたクリスだが、少し背をかがめ、私に視線を合わせてきた。

「俺が幸せにするよ。うん? 違うか。もうアンナ嬢は幸せか。だったら、一緒に幸せになろう」

その言葉が途切れた瞬間、クリスに抱き寄せられた。まるで繊細なガラス細工を持つみたいな手つきだ。その上、一瞬、何か、頬や唇に触れたような?

「え、今の何!?」

一瞬の出来事だったが、クリスはチョコレートケーキを平らげたような顔をしている。その顔でなにをされたのか色々察した。さらに顔が熱い。今が冬なのが心底信じられない。

「いいか、アンナ嬢。覚悟しろ。リアルな恋愛小説が書けるよう、手取り足取り教えてやるからな」

耳元で囁かれ、クリスの香水の匂いも感じた。もう私のキャパシティは限界だ。

それでも不思議と嫌ではない。むしろ、もっとクリスを知っていきたい。私もクリスに知って貰いたい。そんな未来を想像するだけでも、楽しみで仕方なかった。


番外編短編・その後のタラント村

タラント村は寒い。冬は雪が降り積もる。毎年、村人にとって雪かきは憂鬱な作業だ。

現在、アンナ嬢の別荘で管理人の補助的な仕事をしつつ、タラント村のカフェでバイト、手作りのマフィンやアクセサリーなども販売し、生計をたてていたオルガ。一時は奴隷の身分として不遇ナ少女だったが、アンナ嬢に助けられ、今の生活は嫌いじゃない。

今日も管理人の仕事が終わったら、タラント村のカフェへ出向く。

まだ雪は降っていないが、風は冷たい。オルガの頬や鼻は真っ赤になり、夏の日焼けの跡も嘘みたいに消えている。

「リズ、カリスタ。遊びに来たわ」

カフェに入ると、暖炉の炎が目に入る。空気も温か。ホッとひと息しながら、元村長夫人のリズや現村長のカリスタと雑談。

特にカリスタは村長の仕事で忙しいが、時々、カフェの運営も手伝っていた。現在はカリスタは生き生きと仕事をし、とても楽しそうだったが。

「聞いてよ、みんな。アンナ嬢がまた事件を解決したそう」

カリスタがアンナ嬢の話題を出す。リズもオルガも身を乗り出す。

最近、アンナ嬢はアサリオン村で事件を解決したらしい。タラント村でも噂でもちきりだった。タラント村でもアンナ嬢は大活躍だったし、いなくなった今でも、いつまでも噂の的だったりする。

「しかもクリスともついに婚約したらしいわ」

リズはゴシップ誌まで取り出して、ニヤニヤ。元々は上品でお高くとまっているリズは嫌われていたが、嘘のようだ。

「本当? わぁ、しかも極悪経営者と成金令嬢が婚約ってスクープ出てる。こうして見ると、下品なカップルみたいだけど」

カリスタはゴシップ誌を眺めながら、笑いを噛み殺していた。結婚式も成金風に豪華にするという噂もあるらしく、誌面は派手だ。

リズやカリスタはこんな噂を多いに楽しんでいたが、オルガの表情は複雑。

カリスタが作ってくれた甘いココアやジンジャークッキーを楽しみながらも、どう笑っていいかわからない。

慕っていたアンナ嬢の婚約。急に遠くに行ってしまったよう。オルガは管理人のシャルルに片想い中だったが、こっちは何の進展もない。急に置いてきぼりにされたみたいで、あんまり笑えない。嫉妬とはちょっと違う感情。

その時だった。カフェにシャルルがやってきた。

カフェへの荷物を届けに来たという。シャルルも管理人の仕事をしていたが、今は村で宅配のバイトもしていた。おかげで軽薄な雰囲気もなくなり、村での女性人気はだいぶ落ち着いていた。宅配の作業着もだいぶ板につき、筋肉もついている。

「なんだよ、お前ら、アンナ嬢の噂中か? 全く暇だね」

口の悪いシャルルだったが、カフェでコーヒーを奢ってもらい、上機嫌。

「まあ、アンナ嬢もめでたいね」

そんなセリフまで飛び出す始末だったが。

「俺も結婚するかね」

たぶん、冗談のはずなのに、オルガの心臓は跳ね上がる。別にプロポーズとかされたわけでもないのに、ドキドキする。

「シャルル、そんな女関係にだらしなくて結婚?」
「そうだ、カリスタの言う通りだ。なんで、結婚?」

もっともカリスタやリズに突っ込まれ、シャルルもタジタジ。残りのコーヒーを一気飲みすると、風のように去っていく。

気づくと、窓の外はチラチラと雪が舞っていた。遠目には天使の羽のように見える雪。寒いのは嫌だが、オルガは窓の景色を見ながら、楽しくなってきた。

「お、オルガ。なんかご機嫌だね?」
「ええ、リズ。もうすぐ冬ね」

今のところ、シャルルとの関係は進展していないが、それも悪くない。こんな風にカフェでお茶をし、窓の景色を楽しむ時間は、別に恋が成就しなくたって楽しいものだ。

「さあ、ケーキももうすぐ焼けるわ。リズもオルガも楽しみにしていてね」

カリスタの明るい声も響き、カフェの中はより一層賑やかだった。


番外編短編・その後のアサリオン村

コレット店長の朝は早い。カフェの経営をしている為だが、最近はピチという看板鳥を飼い始めた為、世話で忙しい。

「さあ、ピチ。エサよ。こっちは水。たんとお食べ」
「ピチ!」

ピチはカフェの中を飛び回り、エサも水も興味がない。

「本当にあんたは自由ね」

呆れつつも、カフェの開店準備に入る。最近はこの村で事件があったが、発注ミスの小麦粉も処理できた。嬉しい。

それに未亡人として毎日が暇だった。カフェの仕事も道楽だし、「女のくせに!」という嫌味に抗うのが面倒だと感じていた時、ちょうど事件が起き、いい暇つぶしになった。被害者のシビルには悪いが、村の女達も改心し、真面目に働くようになり、何よりだ。

そんな事を考えながら、開店準備を完了。モーニング用のマフィンやクッキーも焼き上がり、厨房もいい香り。それにカウンターではコーヒーをハンドドリップし、自分のためにまず一杯。

「うん、最高に美味しいわ」

自画自賛しつつ、コーヒーを飲んでいると、親友のエメが来店。

「ねー、聞いてよ。コレット。白警団のオーレリアン、結局、王都に帰れなかったらしいわ」
「まじ?」
「ええ。調査の初動ミスやロドルフの検死報告を鵜呑みにした責任を問われ、結局、スタテル島って孤島に左遷っていう噂」
「はは、面白い」

そんな調子でエメと二人で盛り上がる。元々白警団アンチの二人は悪口も絶えなかったが、話題はアンナ嬢の事へ。

エメはゴシップ記事を取り出し、極悪経営者と成金令嬢が正式に婚約したという記事を見せた。この記事だけ見ると、相当趣味が悪いが、噂話にワクワクするコレット店長。

「結婚式は豪勢にやる噂だってよ、エメ!」
「まじ! だったらウチら呼ばれるべき!」
「そうよね! 私達恋のキューピットよ!」

カフェに二人の大声が響く。

エメはともかく、コレット店長はクリスにアンナ嬢と結婚するべきだと推していた。クリスのアンナ嬢を見る目は「恋愛感情ただ漏れ」だったし、二人がくっつけば良いと思っていたから。

「コレット、結婚式には肉は出るかしら!?」
「出るわ! 肉!」

さらに二人の大声がカフェに響き、噂話は止まらない。ホテルの新しい支配人や料理長の噂も楽しいし、マーガレット嬢がまたこの村に戻って来るのも楽しみだ。

「ピチ!」

ピチの鳴き声も響き、カフェの中はうるさいほど賑やか。今は冬なのに、真夏のように明るいカフェだった。


番外編短編・勘の良い男

季節は秋。

クリス・ドニエは社長室で仕事をしていた。忙しいクリスは社長室から見える窓の景色も無視。葉が赤や黄色に色づいていたが、クリスにとってはどうでもいい事だった。

社長室は骨董品や絵画も飾られ、品よくまとまっている。これもクリスには興味のない事だった。趣味は釣りぐらいしかない。料理は好きだが、実用も兼ねているので趣味というのは微妙。読書もそうだ。これも仕事を兼ねている。

ただ、仕事上で貴族連中との付き合いも多い。こんな風に社長室をデザインする事は、いろいろと意味はあった。主に威嚇、マウントなど。おかげで最近は若き極悪経営者とも呼ばれていたが。とにかく今は仕事だ。今日は主に事務業や細かい確認も多いが、後回しにするのは嫌だ。さっさと片付けよう。

こうして仕事をバリバリと終わらせて、少し休憩。ジャケットを脱ぎ、コーヒーを淹れて飲む。至福の時間だが、たいして喜べない。

アンナの顔が頭に浮かぶ。タラント村の事件も終わり、本気でプロポーズをしていた。先日も、マーガレット嬢のパーティー会場で壁ドンしたが、なぜか逃げられた。

「解せない。ちゃんと王都で流行っている恋愛小説を参考に壁ドンしたのに。うん? 頭ポンポンの方が良かったか? それとも、顎をクイっとした方がいいのか? いや、やっぱり壁ドンが一番いいのか?」

クリスの机の上には、仕事の書類だけでなく、恋愛小説もあった。付箋もびっちり貼られ、小口も真っ黒になるほど読み込んでいる。ここから学べばアンナ嬢も落ちるだろうと考えていた。

ハイスペ経営者で女に毒舌なクリスだったが、恋愛経験は乏しい。元々母親が不倫されて苦労していたからだろう。そんな経験のなさを誤魔化す為、必死に恋愛小説を読んでいるわけだが。

「解せない。なぜアンナ嬢は逃げたんだ?」

しかもアンナ嬢の居場所は不明。執事のじいやもいない。おそらく一緒にどこかへ逃げたのだろうが、行き先がわからない。

ちょうど仕事も終わってる。クリスはジャケットを着こみ、後のことは部下に投げ、社長室を出た。

向かった先は王都の出版社。アンナが小説書いているレーベルの編集部に向かった。期待して向かったものだが、編集長も不在で会議中だった。

その次にアンナが行きそうな書店、カフェ、博物館、公園、成金御用達の服屋やアクセサリーショップなどにも足を運んだが、アンナはいない。文壇サロンのティールームに向かったが、当然のようにアンナの姿はない。

次はアンナの家へ。正直ここまでするのは単なるストーカーだったが、アンナの両親とは親しい。仕事の話をしに来たという事にしておこう。これだったら合法的なストーカーなはず。

金ピカの成金風の門をくぐり、さらのド派手装飾が施された屋敷へ。庶民出身のクリスでさえ、趣味の悪い成金屋敷に引きながらも、客間でアンナの父を待つ。

「メイドさん。アンナの行き先は知りませんか?」

クリスはお茶を持ってきたメイドに聞く。大柄でそばかすだらけのメイドだったが、なぜか睨まれた。

「あんたね、こっちは忙しいんだよ。アンナお嬢様へ嫌がらせの手紙類がきたし、じいやさんもいない。お前のせいだね」

口の悪いメイドに辟易としたが、貴族の令嬢よりマシだ。嫌がらせの手紙の詳細などを聞き、犯人を一族もろとも買収し、よくよく可愛がってあげる事など妄想していると、メイドは引いて出ていった。

クリスは一人になり、客間の金色の猫や龍、カエルなどの趣味の悪い装飾品を見つめた。その時、何かピンときた。

「うん? アンナ嬢、アサリオン村にいるか?」

何の根拠もないが、そんな気がする。あの嫌がらせの犯人はおそらくマーガレット嬢だし、確かあの令嬢一族はホテルを持っていた。アサリオン村のホテルもそう。なんとなく、アサリオン村という言葉にピンときた。

ちょうどそこにアンナの父もやってきた。成金らしく、金色のスーツや指輪、ネックレスなどみているだけで、目がチカチカとしてきたが、元々体格もよく、顔も派手系なので、意外とよく似合ってる。

「お父さん、アンナ嬢はアサリオン村にいるんでしょ?」
「は!? クリスくん、よくわかったな!?」

父はお驚きだったが、クリスの口元はニヤニヤと笑みが浮かぶ。

「ええ。勘ですが、そんな気がしましたよ」
「全く勘が良い男だ、クリスくん。そういえば君、株でも儲けていると聞いたし、本当に運がいいね」
「ええ。という事で明日ぐらいから、アサリオン村へ行ってきます」

再び笑い、父とも仕事の話をして帰る。成金風のお屋敷から出ると、少々ホッとするものだが、呑気にしていられない。

「覚悟しておけよ、アンナ嬢」

そう宣言し、風のように走っていた。相変わら、秋の風景には目もくれていなかった。


本編まとめ読みはこちらから


いいなと思ったら応援しよう!